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1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。 ちょいレトロ風味の魔法譚。
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ここまで読んでいただいてありがとうございます。

毎日読んでくださる方、ブログ村経由で来てくれた方、検索ワードでたまたま引っかかったからちょっとのぞいてみようか、という方、皆さんに感謝です。

さて、今年の投稿分は、これでひとまず終わりです。
ステファンが書庫に立てこもってから出てくるまでが長かった!
やっとこさ年内に出てこられたので、わたしもホッと一安心、これで正月が迎えられます(笑)

じつは、「書庫」の話はもっと簡単にするつもりでした。
でも、自分の両親の物語を知ることは自分の原点を知ることにつながります。
だからNo.5の保管庫にダイブしてから迷走しまくりました。
本当はこういう「心の旅」というのは、もう少し上の年齢、12~3歳の思春期に入ってからのほうがいいんでしょうね。10歳のステファン君にはちときつい体験だったかもしれません。
でも年齢を引き上げると今度は、オーリとエレインの微妙~な恋模様(?)に別の感化を受けてしまいますので、父親と先生を同列視してしまうような、幼さを残した年齢に設定しました。

仮面のファントムは思った以上に良い道案内になってくれました。
(カタカナの台詞が読みづらくて申し訳ないですが)
彼、何者なんでしょうね。
次のお話あたりで正体がわかるかもしれません。

ミレイユのエピソードについては、キーワードをあちこちにちりばめておりますので、ファンタジー好きの方には元ネタがわかっちゃったかも知れませんね。興味のある方は「リーズ家の悪魔」もしくは「ジャージーデビル」でぐぐってみてください。

今後お話はどこに転がっていくんでしょう。わたしにもわかりません。
(んな、無責任な……)
明年は1月4~5日ごろには投稿開始したいなあ……できるように頑張ります。

それでは良いお年を。

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 いい匂いがする。
 
 午後のお茶のために、お母さんがスコーンを焼いているのかもしれない。
 いつのまにうたた寝してしまったのだろう。
 起きなきゃ。
「ステフ、ステファン」
 懐かしい声が、すぐ傍で聞こえる。
 大きなあたたかい手が、額に触れている。
 お父さん、帰っていたんだ――

 パチパチッ、と金色の火花が頭の中に飛んで、ステファンは目を開けた。
「や、おはよう。それともお帰り、というべきか」
 水色の目がのぞきこんでいる。
 そうだ、ここは黄色い田舎屋敷ではない。額に手を触れているのは、父ではなくオーリだ。
 途端に意識が鮮明になって、ステファンは慌てて起き上がろうとした。
「ああ、急に起きないほうがいい。頭痛がするだろう」
 確かに。頭の中で調子っぱずれの音叉が鳴り響いているようだ。再び枕に沈み込むしかない。
 オーリはクッションをいくつか抱えてきてステファンの枕の下や背中に押し込み、上体が起こせるようにしてからコップを差し出した。
「とりあえずは水だ。それから食事、と言いたいが三日ぶりじゃ胃にこたえるな。マーシャが今スープを用意してるよ」
「み、三日も寝てたんですか?」 
 コップの水を一気に飲み干してむせながら、ステファンはバツが悪そうな顔をした。
「正確に言うと、書庫に立てこもってから一日半、出てくるなり眠り込んで一日半。ファントムから聞いたよ。書庫でとんでもない透視をしてみせたって?」
「ええっと……」
 ステファンは思い出そうと試みたが、一度にいろいろな事柄が頭に浮かび、どれから話していいかわからなくなってしまった。
「……ぼく、謝らなきゃ。先生、約束破ってごめんなさい。No.5の鍵をひとりで勝手に開けちゃったんだ」
「そうだ、想定内の約束違反だ」
 オーリはニヤリとした。
「けど、保管庫に入ってからのことは思いもよらなかった。無茶というか、無謀というか、途方もないな――悪いけど、寝てる間に記憶を見せてもらったよ――教えてもないのにあんな危険な魔法なんてやっちゃダメだ!」
「あれって魔法、だったんですか?」
「やれやれ、無自覚にあんな力を出したってのか。いいかい、あれは同調魔法といってね、対象になるモノに刻み込まれた記憶に入り込んで追体験するやり方だ。訓練を積んだ大人の魔法使いだって、気をつけないと意識を引っ張られたまま戻れなくなることがあるんだよ。現にそれで廃人になった奴もいる。ファントムが道案内になってくれなかったら、君は今頃どうなってたか」
 ステファンはぞっとした。仮面のファントムに“今に壊れるぞ”と言われた意味が、初めてわかった。
「オスカーが居なくなったうえに君までどうかなってしまったら、残されたお母さんはどうなる? ――あんまり突っ走るなよステフ。何のために“師匠”がいるんだい」
 ベッド脇に腰掛けたオーリは、なぜか顔を向けずに、手だけ伸ばしてステファンの頭をがし、と捉えた。父と同じにおいがする。
「ごめんなさい」
 謝りながらもステファンは不思議な安心感を覚えた。

「ステーフ! 起きた?」
 赤いつむじ風のように、エレインが飛び込んできた。返事をする間もなく、オーリからステファンをひったくると、
「生きてる! 生きてる! 良かったぁ!」
 と、骨も折れんばかりに頬ずりしてきた。最初に会ったときと同じだ。ステファンは必死で突っ張った。
「痛い、痛い、頭が割れるっ」
「そのくらいは我慢しろステフ、みんなを死ぬほど心配させた罰だ」
 オーリは笑いながら両腕を広げ、エレインもろともステファンを抱きしめた。
「坊ちゃん、スープを……おやまあ」
 スープの盆を持ったマーシャが、子供部屋で大騒ぎする三人を見て呆れ、それから袖口でスン、と鼻をすすった。
 両親以外にも、自分をこんなにも思ってくれる人たちがいる。――ステファンはもみくしゃにされながら、今さらのように帰ってこられて良かった、という思いをかみしめた。
  
 
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 えー、新年あけましておめでとうございます。
(。。。って、もう6日じゃん)

 昨年暮れにステファンが無事帰還しまして、今年最初のお話はちょいとはしゃいでみました。
それよりとっとと話を進めろ、ってとこですが、まあ新年のニギヤカシですから。

今年の更新はちょっとペースダウンするかもしれません。
いや、今までだってあんまり筆が早いとはいえませんな。
その分、しっかりとお話を構成して完結まで持っていきたいと。。。いつになるやら知りませんが。

てなわけで、最新話「おかえり、ステファン」をお楽しみください。

本年もよろしくお願いします   松果

 マーシャは魔女ではないというが、不思議な力を持っているとしか思えない。あんなに酷かった頭痛も、彼女の作ったスープやお茶を飲むうちに嘘のように消えてしまった。
 
 翌日にはもう外に出たくてしょうがなかったのに、ステファンはベッドでおとなしくしているよう厳命された。
「なんで? ぼくもう平気なのに。前に熱を出したときだって、すぐ治ったでしょう?」」
 ふくれっ面のステファンに、オーリは苦笑いをした。
「あれだけ消耗したっていうのに自覚してないとはすごいな。この前のは知恵熱みたいなもんだったけど、今回は話が違う。体力も魔力も限界まで使っちゃったんだから。うそだと思うなら、ちょっと起きて片足立ちしてごらん」
 そんなことくらい、とステファンは飛び起きて、片足で立ってみせた。が、途端に世界が九十度回転して、気が付けば床にひっくり返っていた。
「あ、あれっ」
「ほらね。しばらく平衡感覚がおかしくなってるはずだ」
 オーリは軽々とステファンを引き起こして、ホイ、とベッドに戻した。
「少なくともニ、三日は外出禁止。書庫の出入りも遠慮してもらうかな」
「そんなぁ!」
 ステファンは不服そうな声をあげたが、すぐにしゅんとして目を落とした。
「そうだよね、ぼく、約束を破ったんだもの。罰は受けなくちゃ……先生、これ返します」
 ベッド脇に掛けてあった服のポケットから鍵束を取り出そうとするのを、オーリが制した。
「持っていなさい。そもそもわたしに鍵なんて必要だと思うかい? “開錠”なんて初歩の魔法だよ」
「ええ? じゃ、なんのためにこれを……」
「君のために決まってるじゃないか」
 オーリはニヤッとして答えた。
「ステフならきっと、旺盛な好奇心で保管庫の探検に出かけると思っていたんだ。ファントムも居るし、まさかあんな高度な魔法を使うとは思っていなかったから、油断してた。あとでエレインにさんざん叱られたよ」
 自分の首を絞める仕草をしておどけるオーリに、ステファンは笑いながら同情した。エレインに昨日みたいな“ハグ攻撃”をされるのだって恐いのに、叱られたらいったい……
「だから次からはあんな事にならないように保管庫を整理したいんだ。でもちょっと時間をくれないか」
「あ、なんだそういうこと」
 ステファンは胸をなでおろした
「それにしても、あの保管庫ってすごいや。いったいどんな魔物が作ったんですか? 会ってみたいな」
「もう会ったじゃないか」
「え、どこで?」
「書庫の中だよ。君は、いったい誰に道案内してもらったんだ」
 あ、とステファンは目を見開いた。
「ファントム! あのファントムが、魔物だったの?」
「その通り。ファントムという名前は、わたしが勝手につけたんだ。彼は古い時代から生きてるらしい。あの仮面に封じ込められて長い間古魔道具屋で埃を被ってたんだが、わたしが取引をもちかけると喜んで書庫の主になってくれたよ」
 書庫の主。確かに、そういう感じかもしれない。自由きままに飛び回る仮面の姿を思い出して、ステファンは可笑しくなった。
「でも彼は今眠ってるよ。本来は人間に知識を与える存在じゃないのに、何度か君に助言を与えたりしただろう。だから疲れたって」
「そうなんだ。お礼を言いたかったのにな」
「十一月の花火祭にはまた会えるさ。それよりわたしも質問していいかな」
 ステファンは緊張して姿勢を正した。
「君はそうしようと思えば他のNo.の保管庫の扉だって開けられたのに、開けなかったね。なぜ?」
「え、だって。お父さんの保管庫を見て、ぼくわかったんです。あれってコレクションと一緒に思い出をしまっておく部屋でしょう。だったら、鍵を持ってるからってぼくが勝手に踏み込んじゃいけない。あの部屋は、先生のものだ」
 オーリはまじまじとステファンの顔を見ていたが、やがて笑い出した。
「すごい! 教えてもないのによくわかってる。 お母さんの手紙の件といい、君は小さくても紳士だな!」
 お母さんの手紙? 首をひねっていたステファンはみるみる真っ赤になった。
「あーっ先生、ぼくが泣いてたとこの記憶まで見たんでしょう! ひどいや!」
「ごめんごめん。だって手当てしようにも何があったか知らなくちゃいけないだろう。それにしても生真面目なやつだな、誰に似たんだろう。オスカーはいい意味で“適当な”ところもあったんだが」
 オーリはまだ笑っている。
「どうせぼくはお母さん似ですよだ」
 口を尖らせたステファンの頭を、オーリの手がポンポンと叩いた。
「不満そうな顔するんじゃないよ。男の子が母親似なのは悪いことじゃない。そして君は幸運なことに、オスカーにもよく似てる」
 なんだかうまく丸め込まれちゃったな、そう思いながらも、ステファンはちょっと誇らしい気持ちになっていた。

 
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 ステファンが起きて歩き回れるようになった頃、一通の手紙が届いた。
「お母さんからだ!」
 明るい出窓のそばに陣取り、ステファンは食い入るようにして手紙を読み始めた。ミレイユの文字は相変わらず几帳面で細かい。文面を目で追ううちにステファンの顔つきは真剣になり、けれどやがて笑い出した。
「先生、みてよこれ」
 ステファンは笑いながら、居間でお茶を飲むオーリに手紙を差し出した。
「“わたしの大切なステファンへ どうしても言っておかなければならないことがあります、驚くとは思いますが冷静に読むように”……これ、わたしが読んでもいいのかな?」
 ステファンはまだ笑いながらうなずいている。手紙の続きを読み進めたオーリは、うーん、とうなった。
 そこにはミレイユの兄姉の“妙な力”のことが、まるで重大な秘密を告白するかのように綴られてあった。しかもミレイユ自身はなぜかそのことをしばらく忘れていたというのだ。
「これによると、お母さんは君が保管庫で見たのとそっくり同じ光景を夢で見て、昔を思い出した、ってことだね。しかも日付は三日前……ステフが書庫から出てきた日じゃないか」
「ね。おかしいよね。でも、伯父さんたちのことならぼくもう知ってるよ、って言ったらお母さんどんな顔をするかな?」
 おかしそうに笑うステファンの顔を見ながら、オーリは感嘆するように言った。
「不思議なものだね。ステフ、君のお母さんは魔力なんてなくても、ちゃんと君と心がつながってるんじゃないか」
「でもさ、お母さんたら、自分からリコンを言い出したくせにお父さんに言った言葉まで忘れてたっていうんだから呆れるよね。ぼく、あんなに泣いて損しちゃった」
「忘れた、か。ああもしかしたら!」
 オーリはパシッと手紙を指で弾いた。
「ステフ、これはもしかしたらオスカーとつながるかもしれないぞ」
「どういうこと?」
「これは多分、忘却魔法のひとつだ。相手が眠っているあいだに掛ければ、特定の言葉や出来事に関する記憶を忘れさせることができる。オスカーは独力で魔法を使えたわけじゃないけど、魔道具を使いこなすのは上手かったから、不可能ではないはずだ」
「お父さんがお母さんに魔法を掛けたってこと? そんな道具があるの?」
「だめだよ、保管庫に探しにいこう、なんて思ったら。それにあくまでこれは憶測なんだから」
 オーリはステファンの心を見透かしたようにたしなめた。
「でも確かにおかしいとは思っていたんだ。君の話によれば、昔ミレイユさんはオスカーに向かって“兄たちのようにはさせない”と言ってたそうじゃないか。つまりその頃は、ステフの力をはっきり“魔力”だと認めて恐れてたってことだ。けど、思い出してごらん。君の弟子入りの話をした時はそんな態度じゃなかった。漠然と不愉快には思ってても、君の力がなんなのか、わかってない様子だったろう」
「じゃあ、ええと」
 ステファンはこんがらがりながら、懸命に思い出そうとした。

 
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 保管庫で見たオスカーの記憶の中で、ミレイユが“決定的”なひと言を告げたのは、あれは確かステファンが八歳の秋だった。暖炉の薪がはじけた音まで覚えている。
「あんまり思い出したくないな……でも間違いない。あの時、お母さんは魔法なんて存在しない、って言ったんだ」
「逆に言えば、二年前まではステフの力が何なのかを認識してたってわけだ」
 オーリは居間の中を行ったり来たりしながら独り言のようにつぶやいた。
「二年前……オスカーが行方知れずになったのはその後か。十一月の聖花火祭の夜、ひょっこりうちに訪ねて来たのが最後だったな」
「お父さん、ここへ来たの?」
「ああ。わたしのコレクションを借りたい、と言ってね」
 オーリは悔しそうにコツ、と自分の額を叩いた。
「“忘却の辞書”という魔道具だよ。昔の魔女や魔法使いが忘却魔法で相手から奪い去った記憶が文字で記されている。知っての通り、オスカーは遺跡を研究していたからてっきり古文書の解読にでも使うのかと思っていたんだ。まさか彼が辞書本来の力を使えるなんて、それも自分の家族に魔法を掛けるなんて思いもしなかった。もしもあれを使ったとすれば……」
 そこまで言って、オーリは急に難しい顔をして黙り込んでしまった。
「使うと、何かまずいことでも起こるの?」
「まずいさ。辞書というのは、言葉の海だ。言葉には人の思いが込められている。まして忘却魔法で奪わなくてはならないような記憶なんて、どんな強い力を持っているか知れやしない――ステフ!」
 オーリは急に顔を上げた。
「オスカーは君と同じように“同調魔法”を使えはしなかったか?」
「ええ?」
 ステファンは驚き、首を振った。
「まさか。お父さんは僕の力を使う遊びをいろいろ教えてくれたけど、自分で魔法を使うところなんて見たことないよ。先生だって言ったじゃないか、独力では魔法を使えなかったって。だから魔道具なんてコレクションを……」
 コレクション? 二人は同時に顔を見合わせ、同時に居間を飛び出した。
「ステフ、保管庫の中にあの辞書があるなんて、まさか思っていないだろうな?」
「先生だって! お父さんがぼくみたいに意識を取り込まれたとか、思ってるんじゃないの?」
 二階に上がるだけの短い階段が、こんなにまだるっこしかったことはない。書庫の前に来るや否や、オーリはドアノブに触れるだけでバチッと大きな火花を散らし、鍵を開けてしまった。

 
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「うわ……!」
 書庫の中を見たステファンは言葉を失った。本が列をなして飛び交い、書架はアメのようにぐにゃりと曲がり、部屋全体が渦巻きのように歪んでいる。
「だから、まだ整理中なんだよ。危ないからステフはそこで待っていなさい」
 オーリはそう言うと杖を取り出し、
「通してくれ!」
 と叫びながら渦巻きの中に飛び込んでいった。
 
 何分経ったろうか。書庫の渦巻きは一向に治まりそうもない。時折、稲妻のような金色の光が走るだけだ。ステファンが我慢しきれず、もう一度透視をしてみようか、と思い始めた頃、ゆらり、と影のようにオーリが姿を現した。
「先生! 大丈夫? 辞書はあった?」
「ああ、あったよ……」
 古びた革表紙の辞書が、オーリの左手の中で禍々しい存在感を示していた。
「それで、お父さんは?」
 オーリはうつむいたまま首を振った。
「ここにはオスカーの手掛かりは無いよ。バカだな、わたしは。ミレイユさんが記憶を取り戻したってことは、辞書の魔法が効力を失ったってことじゃないか。それに、この中にオスカーの意識が取り込まれてるんだったら、ステフが保管庫で真っ先に気付いたはずだものな。何を期待したんだろう……」
 ステファンは膝の力が抜けそうになった。近づいたと思ったオスカーが、また遠くに行ってしまったような気がした。
 じゃ、いったいお父さんはどこに居るの、と言い掛けて、ステファンは言葉を飲み込んだ。
 長い髪が垂れて隠れたままのオーリの顔が、悔しさに震えているような気がしたのだ。
 どうしていいのかわからないステファンは、空っぽのオーリの右手をぎゅっと握った。
「大丈夫だよ、先生」
 ステファンは精一杯明るい声で言った。
「お父さんなら、きっとどこがで元気にしてるよ。なんでかわからないけど、ぼくそんな気がして仕方ないんだ」
 思いつきや気休めで言っているのではない。父はとても遠いけど、確かにどこかに居る、はっきりと存在を感じる。ステファンにはそれを表す言葉がうまく出てこなくて、もどかしい思いだった。 
 オーリは長い髪の下からステファンをじっと見た。
「似てるな、そういう目をするところが……ああ、そうだな。君にわかるんなら、まちがいないさ。なんたってオスカーは、ステフの父親なんだからな」
 そう自分に言い聞かせるように言って、オーリは二度、三度、ステファンと繋いだ手を振った。
「それ、見てもいい?」
 ステファンは辞書を手に取ってみた。見た目よりもずっと軽く、拍子抜けするほどだ。が、そのページをぱらぱらとめくって、さらに驚いた。
「白紙だ。先生、文字がひとつも無いよ!」
「だから、効力を失ったって言ったろう」
 オーリはやっと苦笑いのような表情を見せた。
「この辞書を作ったやつは、まさか十歳の子と魔力の無い母親に魔法を破られるなんて思いもしなかったろうな。たいしたもんだよ、君たちは」
「そ、そうなの? ぼく、とんでもないことしちゃった?」
「いや、いいんだよ」
 辞書を受け取りながら、オーリは感慨深そうに言った。
「こんな物は存在しないほうがいい。オスカーの前に書き込んだ連中はとうにこの世に居ないし、記憶を奪われた人たちも、今ごろ墓場の中でホッとしてるんじゃないかな」
 
 辞書の最後のページをめくったオーリは、うん? と怪訝な顔をした。
「ページが破れている。それに妙な焦げ跡だ」
「先生、それ! その焦げ方って、ぼく見たことあるよ!」
 ステファンに指をさされて、オーリはハッと顔を上げた。
「オスカーの手紙か!」
 二人は再び同時に走り、アトリエに向かった。

 本棚に積まれた本ががなだれを起こすのも構わず、オーリは一冊のファイルを取り出した。
 ステファンの家で見せた、オスカーの半分焼けた手紙が挟んである。
「同じだ。ぴったり同じ」
 オーリは手紙と辞書のページを突き合わせた。微かに手が震えている。
「普通の紙でないことはわかっていたけど、罫線が引かれていたから便箋だと思っていたんだ。この焦げ跡にしたって、焼けたんじゃなくて“焼き切った”という感じだな」
「でもなぜ? なんで辞書の紙なんか使ったの?」
 パタン、と辞書を閉じてオーリは力強く言った。
「専門家の助けがいるようだな。よし決めた。会いに行こう。ステフ、一緒に来てくれるな?」

 
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え~何がなんやら・・・の強引な展開になってまいりましたが、
ちょっとここらで過去記事を振り返りまして、ちょこちょこ推敲&訂正しております。
すでに読んで頂いた方には申し訳ないんですが、フォントがばらばらとか~、
視点がコロコロ変わって読みにくいとか~、日本語の使い方間違ってまっせ、とか~。
ようするに文章のお粗末さが目に余るところから手を入れているんです。
これって気にし始めるとドツボにはまりますから、ほどほどにしないと先に進めないんですが、
どうしてもど~お~しても直したいっ!というところから。

コメントを既に書き込んでくださった方、すみません。もちろんコメントはそのままにしています。
表現が変わっただけでストーリーは変えてませんからお許しを~!

てなわけで今日明日は工事中の見苦しいページをお見せしてしまうかも・・・
なるべく早く終わらせて、次話に進めるように頑張りまっす!

過去記事の訂正、ちゅうか修整工事、一応終わりました~

どこを直したかって?

ほとんど全部っ!

なんてね。投稿サイトの文章をコピペしただけですが。

この機会にトップページも修整し、目次の整理やらサブタイトルの変更やら一部済ませました。本当はも少し変えたいけど・・・キリがないっ。うん。

ではお待たせしました。次話更新→「三人、街に出る

ガラッと舞台を変えて、オーリ、エレイン、ステファンの三人組がお洒落して街に出ます。

 石畳の大きな街には、新旧さまざまな建物がひしめいている。
その間を縫って路面電車が走り、車が列をなして走り抜けていく。

「そんなにキョロキョロしてると自分で田舎者です、と言ってるようなもんだよ」
 オーリが冷やかすように声を掛ける。ローブではなく、涼やかな細身のスーツを着て帽子を被る姿は、魔法使いというより洒落っけのある外国人紳士という風情だ。
「だってぼく、こんなに車が多いとこ見たことなくて……あ、あれって信号だよね?」
 今にも駆け出しそうなステファンの肩をエレインがつかまえた。
「だめよ、あんな変なのに近づいちゃ。大きな目玉ぎょろつかせて、なに考えてるんだか」
「別に取って喰われやしないよ。君たちこそ、信号機を壊したりしないでくれよ」
 オーリはやれやれ、と疲れた顔をした。ステファンはまだ大人しくしているほうだが、エレインはさっきからしょっちゅう立ち止まっては、あれは何、これは何、といちいち説明を求めてくる。
 とうとうオーリは苦情を言わねばならなくなった。
「もしもし守護者どの、君は自分の役目を忘れてるんじゃないのか? これじゃいつまでたってもユーリアンの家に着けやしない」
「なによ、だったらいつものように“飛んで”くれば良かったんだわ。そしたらこんな変な服着て汽車なんてバケモノに飲まれなくて済んだのに!」
 エレインは広い帽子のつばを引き上げてオーリを睨んだ。薄い水色の長袖ブラウスに赤毛が映える。細く絞ったベルトの下は、いつもの短いズボンではなく、スカートを履いている。マーシャの見立てなのか、昔風のたっぷりした丈で、彼女のしなやかな脚を隠していた。
「さすがに三人で“飛ぶ”のは無理だよ。それにこんな機会でもないと、エレインのお洒落した姿なんて見られないしね」
 オーリは眩しそうな目でエレインの手を取った。その手さえもレースの手袋で覆われている。竜人特有の青い紋様を隠すためとはいえ、さすがに窮屈だろうな、とステファンは同情した。
「ねえ先生、“飛ぶ”ってどうするの? アトラスだと街の人がびっくりするし、もしかしてホウキに乗ったりする?」
 期待を込めてステファンが訊いた。
「まさか。都市部へのホウキ乗り入れは半世紀も前に禁止されてるよ。電線に引っかかる事故が後を絶たなかったそうだから。わたしの師匠は最後のホウキ世代だったから、乗り方くらいは教えてくれたけどね」
「じゃ、先生はどうやって?」
「例えて言うなら瞬間移動、みたいなもんかな。でも飛ぶのは一度に二人が限度だ。結構疲れるんだよ」
「教わらないほうがいいわ、ステフ。オーリなんかしょっちゅう着地に失敗するし、慣れないと酔って吐くわよ」
 エレインの皮肉な笑いに咳払いして、オーリは道の向こうを指差した。
「ほら、あんまり遅いからユーリアンが迎えに出ている」
 同じような二軒続きの家が並ぶ一角で、見覚えのある褐色の青年が手を振っている。青年の腕には小さな女の子、隣には大きなお腹の女性が立っている。
 どこにでも居る、普通の幸せそうな家族という感じだ。この前会った時のような、強烈な火山のイメージは無い。
 ローブを着ない時の魔法使いって本当に一般人と見分けがつかないな、とステファンは思った。
 
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 二棟続きの赤茶けたレンガの家は、左側がユーリアンの家になっており、隣は別の家族が住んでいるようだ。玄関のランプ飾りが魔女の形をしているのが可愛らしかった。きっと夜には、この魔女が灯りを抱いて出迎えてくれるのだろう。
「あなたがステファンね? ユーリアンがさんざん誉めてたわよ」
 お腹の大きな女性に微笑みかけられて、うわ本物の魔女だ、とステファンは緊張した。黒い服など着ていなくてもわかる。切れ長の目と艶やかな黒髪は美しいが、どこか油断のならない恐さがある。
「順調そうでなによりだ、トーニャ。次も女の子なら、ユーリアンの立場はますます弱くなるな」
「その通り!」
 快活に笑いながらユーリアンは三人を招き入れた。
「トーニャはオーリのいとこなのよ。この前の手紙でしゃべってた魔女の娘」
 エレインに耳打ちされて、ああそうか、とステファンは思い出した。虚像伝言だったとはいえ、あの威圧感たっぷりの魔女の娘――どうりで恐いはずだ。

 狭い玄関と廊下の先は、涼しい風が吹き抜けるダイニングに続いていた。
「狭いけどゆっくりしてってくれ。今は夏休みだから隣の悪ガキも居ないし、この辺りは静かなもんさ」
 ダイニングの向こうは縦長い芝生の庭だ。庭の外れには林檎の木が、隣家との境には蔓バラが、目隠しのように植えられている。田舎にくらべると確かに狭いが、街中の家はこんなものなのだろうか。
「アーニャ、見るたびに大きくなるね。ほら、お土産だ」
 オーリはユーリアンの腕の中に居る女の子の目の前でパチンと指を鳴らした。
 どこから現れたのか、色とりどりのキャンディーが花びらのように宙を舞う。
 女の子は歓声を上げると、小さな手を伸ばして全てのキャンディーを引き寄せて捕まえてしまった。
 ステファンは茫然とそれを見つめた。あれはオスカーに教えてもらった遊びと同じだ。けれどステファンが小さいときは、吹けば飛びそうな軽い紙のハトを捕まえるのが精一杯だった。まだオムツがとれたばかりのようなニ、三歳の子が、キャンディーのような重みのあるものを、しかも複数同時に捕まえている――はっきり言って、この光景はショックだ。
「アーニャ、今日はひとつだけよ。オーリおじちゃまにありがとうは?」
 トーニャに言われて、アーニャは床に飛び降り、オーリに駆け寄った。 おじちゃまと呼ばれてオーリは苦笑しながらも、頬に小さなアーニャのキスを受けて満足そうだ。
 アーニャはエレインとステファンにも駆け寄って来る。勘弁してくれ、とステファンは首をすくめた。小さい子は苦手だ――思ったとおり、キスのついでに水っ鼻をつけられてしまった。
 うへえ、と思って必死に頬をぬぐっているステファンをよそに、大人達は談笑を始めている。
 
 さっさと辞書のことを聞けばいいのに。
 オスカーの手紙の謎を解きに来たんじゃなかったのか。
 バラの香を運ぶ涼しい風も、トーニャが出してくれた炭酸のジュースも、今のステファンにはちっとも楽しめない。ユーリアンが季節を問わず熱いお茶しか飲まないとか、トーニャのベビーがいつ生まれるかとか、エレインのスカート姿がどうしたとか、そんなことはどうだっていい。
 じりじりしながらうつむくステファンの手に、ふいに柔らかいものが触れた。小さいアーニャの手だ。黒ぐろとした真ん丸い目を向けて、じーっと顔をのぞきこみに来る。
「な、なに?」
 わざと不機嫌な声を出してステファンは追っ払おうとした。ところがアーニャは手を離すどころか、とろけるような笑顔を向けてきた。
 なんて顔をするんだ、と思う。意味もわからず魔力を使うチビのくせに。水っ鼻をつけてるチビのくせに。けれどアーニャは、その邪気のない澄んだ目を向けたまま、舌ったらずの発音で呼びかける。
「あとぼー(遊ぼう)!」

 大人達の会話は今や、エレインに化粧をさせるかどうかというくだらない話題で盛り上がっていた。
「トーニャ、うちの守護者には人間の価値観を押し付けないでくれないか……おや?」
 オーリは庭に続く窓に目を向けた。アーニャに手を引かれたステファンが、どうしてよいかわからずうろたえている。
 くくく、と笑ってオーリはエレインに耳打ちした。
「了解! トーニャ、靴脱いでいい?」
 答えを待つ間もなくエレインは靴を放りだしていた。
「ま、待てエレイン! 何も裸足になれとは、おいっ」
 オーリが焦って止める間にも、手袋と靴下までがポイポイと宙を舞った。
「“はしたない”って言うつもり? エレインには人間の価値観を押し付けないんじゃなかった?」
 トーニャは面白そうにオーリの表情を眺めている。
 その間にもエレインは裸足で庭に駆け出し、高々とスカートをたくし上げながらアーニャと追いかけっこを始めてしまった。
「ステーフ! ぼんやりしてないで一緒に遊ぶよ、ほらっ」
 エレインに急きたてられて、ようやくステファンも追いかけっこに加わった。
「ま、いいんじゃないか? 裏庭なら通りから見えないし。あれだけあっけらかんと脚を出すんなら、こっちも気を使わずにおくさ」
 ユーリアンはさっきから笑いすぎてティーカップをひっくり返しそうだ。
「面目ない。まったくうちの守護者は大人なんだか子供なんだか……」
 ひとり、オーリだけが顔を赤くして頭を抱えている。
「童心だよオーり、“童心”。僕らの師匠が一番重んじたことだろ? エレインには充分それが残ってるってことさ」 
「だから困るんだよ」
 オーリはぼそりとつぶやいた。  
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「それよりオーリ、例の“竜人管理法”のこと。何か対策は考えてるの?」
 トーニャが声をひそめた。
「ああ、エレインとはいろいろ議論してるよ。けど、わかってもらえなくてね。“野蛮なる竜人は竜に順ずる扱いとす”――希代の悪法だ。要するに竜人を隔離して、都合よく管理しようってわけだろう。ばかばかしい、なにが“管理”だ。もともと人間と竜人は対等なはずなのに。それに野蛮な迫害をしたのはむしろ人間のほうだろう!」
「落ち着け。悪法でも法は法、ってやつだ。お前がここで憤慨してても何も変わらないぞ、オーリ」
「わかってるさ! ああ、魔法使いなんてのはこの国じゃ無力だ。いいように振り回されて、何も意見できやしない」
 オーリは腹立ち紛れなのか癖なのか、テーブルの隅にあった紙にぐしゃぐしゃを描いている。ユーリアンはそれを目で追いながら思い出すように言った。
「他の奴らはどうしてるのかな。屈強な竜人と契約している魔法使いは多いから、皆なにかの抜け道を考えているだろうけど。確か、一定の職業に就いて申請すればいいんじゃなかったっけ」
「でも守護者は“職業”としてどうなのかしら。魔法使い自体、公(おおやけ)には認められていないんだから、その“守護者”というのも有り得ない、と言われたら」
「ガルバイヤン家全体の守護者、ってのはどうだ?」
「いいよ。職業なんて適当にみつくろって申請書類をでっちあげる。それより問題はエレインのほうだ。彼女には“金(カネ)の意味がわからない。何度説明しても、わかってくれないんだ。申請のときには役所でいろいろ聞かれるだろうから……困ったな。まさか“報酬は魔力です”なんて言えないし」
「なあオーリ」
 ユーリアンは大きな瞳でじっとオーリの表情を伺いながら言った。
「いっそ、結婚しちまえば?」
 
 ポトリ。
 オーリの手からペンが落ちて転がる。
 石像のように固まったまま、その顔がみるみる赤くなる。
「な、な、なにを急に……なんでそんな話に」
「急に、じゃないだろうが。法的にはどうなるか知らんが、考えたことくらいあるだろう」
「ばかな! そんなつもりで契約したんじゃない!」
 今や耳まで真っ赤になったオーリは、立ち上がって机を叩いた。
「ひと目惚れだったくせに」
 ユーリアンは落ち着き払って、オーリの心を見透かすような口ぶりでいる。
「いいかオーリ、覚悟を決めろ。エレインを守るためなら手段を尽くせ」
「そんな……無茶いうな」
 オーリは力なく椅子に座った。
「それこそ、エレインには理解しがたい話だ。いいか、竜人フィスス族を滅ぼしたのは人間だぞ。その人間と守護者契約をするってだけで大変だったんだから。それにあの一族は、普段は母親集団と父親集団が離れて暮らしてたんだ。“結婚”なんて考え方はもともと無い。ましてエレインなんて巫女みたいな育てられ方してたから……」
「何を言ってるんだか。どうして魔法使いってそういう考え方をするのかしら」
 トーニャは冷ややかに言って新しいお茶を注いだ。
「仮にエレインが理解したとして。身分を保証するための結婚、なんて誇り高い彼女が納得すると思う?」
「……どうすればいいんだ?」
「自分で考えなさい。まったくいい年をして手のかかる」
 すまし顔でカップを口に運ぶ従姉を、オーリはまだ赤い顔のまま睨んだ。

 
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「二人とも、帽子を被った方がいいわね。取ってきたげる」
 エレインは汗を浮かべた前髪を跳ね上げると、家の中に戻って行った。 
 八月も終わりとはいえ、日中はやはり暑い。アーニャは追いかけっこに飽きたのか、涼しい生垣の下にしゃがみこんで花びらを拾い始めた。
「あん、とぅー、ぴー、ぽぉー」
 数を数えているのか、それとも呪文のつもりなのか。小さい指が動く度に、花びらがひらひらと舞い上がる。
 さっきキャンディーを捕まえたことを思えば、花びらを舞わせることなど何の苦も無いのだろう。
 この子は家の中でこんな遊びをしても、叱られたことなんか無いんだろうな、そうぼんやり思いながら、ステファンも無意識に花びらを捕まえた。
「だぁーっめ! め!」
 急にアーニャが立ち上がり、ドン、とステファンを突いた。
「な、なんだよ」
「め! アーニャがするの!」
 口を尖らせて小さなこぶしを振ると、つむじ風のように花びらが舞う。
 ステファンは鼻の頭にシワを寄せた。――生意気なチビだ。さっきちょっとでも可愛いなんて思って損した。
「ステフ、ちょっと入って。オーリが呼んでる」
 エレインの声に救われた。あと五分、このチビ魔女の子守をさせられていたら、ほっぺたをつねるくらいはしていたかもしれない。

 ダイニングではオーリが落ち着き無く歩き回っていた。トーニャもユーリアンも、懸命に笑いをこらえているのがわかる。ステファンはこっそりとエレインに訊ねてみた。
「ね、先生どうかしちゃったの?」
「知らない。さっきからああなんだもん。熱いお茶でも飲みすぎたんじゃない?」
 エレインはさっぱりわからない、という顔で肩をすくめて、再び庭へ出た。
「あー、ステファン、待たせて悪い。さっさと本来の目的を果たすとしよう」
 咳払いして座るオーリの頬は少し赤いように見える。なるほどエレインの言うとおりかも、と思いながら、ステファンはテーブルに目を留めた。あの「忘却の辞書」が置かれている。
「保管庫の中で見たことを、わたしたちにも話してくれる? どんな小さなことでもいいから」
 トーニャの声は優しいが、目は油断なくステファンを観察している。
 こんな目で見られるのはあまりいい気分ではないし、正直言って、保管庫のことはあんまり思い出したくない。けれどオスカーの手掛かりを少しでも見つけるためだ。ステファンはとつとつと語り始めた――もちろん、ファントムの前で大泣きした事は抜きにして。
 
 ステファンが語り、オーリが話の合間に補足をする。トーニャは二人から目を離さないままでメモを取っている。手だけが別の生き物のように動くさまは、オーリが羽根ペンで絵を描く時と似ている。
「面白い?」
 ステファンが不思議そうに手元を見ているのに気付いたのか、トーニャはペンを止めて微笑んだ。
「トーニャは魔女出版の記者なんだ。ほら、いつかのトラフズクを覚えているだろう」
「今は“もと記者”よ。最近はデスクワークばかりで面白くなかったから、こういうのは楽しいわね。で、それから?」
「それから……いや、それで全部だ」
 きっぱり答えるオーリに、ステファンは心の中で感謝した。ステファンが勝手に保管庫の鍵を開けたことや泣いたこと、しばらく起き上がれなかったことには、少しも触れなかったからだ。


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「ふ、まあいいわ。さて、この中から何か手掛かりが見つかるといいけど」
 メモ帳を繰るトーニャの表情は、笑いを含んでいる。心を見透かされているようでステファンは不愉快だったが、ここは我慢して力を借りるしかない。
「トーニャ、くれぐれも言っとくけど、これは仕事として頼んでるわけじゃないから」
 オーリは油断なく魔女の手元を見ながら、釘をさすように言った。
「当たり前よ。いくら魔女がゴシップ好きでも友人探しまで記事のネタになんかしない。そのくらいの節度はわきまえているわ。それより問題はオスカーの手紙ね」
「んー、わからないことだらけなんだよなあ」
 ユーリアンはさっきから辞書とオスカーの手紙を何度もひっくり返して見ている。裏表紙の見返しと一続きの余白ページが、綴じ代を僅かに残してきれいに焼き切られている。
「最初にオーリからこの手紙を見せられた時にもいろいろ調べたけど、おかしいと思ってたんだ。紙の繊維が、罫線に対して横目になってる。つまり本来なら縦長で使うべき紙を、わざわざ横にして使ってる。なぜだろう、とね。まさか辞書の余白ページを使ったとは思わなかったよ」
「ぼく、その手紙には続きがあると思ってた」
 ステファンは最初にこの手紙を見た時のことを思い出して残念そうに言った。
「わたしもだ。最後の行のすぐ下が焦げてるものな。ページを焼き切ったとは……普通に切ったり破いたりできなかったってことか?」
「それもある」
 ユーリアンは黒く大きな目で丹念に焦げ跡を透かし見た。
「トーニャが言うには、古い魔女が祭文に使った特種な紙だそうだ。ドラゴンの油を漉きこむそうだよ。この黒い焦げ色はその脂肪分が燃えた、炭素の色だ。この紙には言葉を守る力があると言われているが、手で引っ張ったくらいではもちろん破けないし、刃物を当てようとすると逆に呪いを受ける。オーリ、もう魔法は解かれたわけだし、辞書を分解してみてもいいかな」
「ああ、もちろん。ただ気をつけてくれ、ユーリアン」
 ユーリアンは杖を持ってくると、慎重に辞書に向けた。
 微振動が置き、ぱらぱらとページが開いて、辞書がひとりでに分解され始める。ステファンはごくりと唾を飲み込んだ。
「まず表紙だ。この革はカーフ(子牛革)に似てるが……違うかな。絶滅した一角牛の革かも……次に見返し部分……破かないように剥がしてと……ああ、やっぱりだ。ステファン、君なら読めるかな。裏に何か書いてあるだろう」
 ステファンは懸命に目を凝らし、滲むような薄い文字を読み上げた。
「“ただメルセイの熱針をもってのみ我を分かつべし”」
「よく読めるわね!わたしにはインク染みにしか見えないわ」
 驚きの声をあげるトーニャをよそに、オーリはユーリアンと顔を見合わせてニヤッと笑った。
「先生、メルセイの熱針って?」
「その昔メルセイという賢者が作った、熱を発する鉱物針だよ。主に呪い除けに使うんだ。オスカーはどこかで手に入れたのかな」
「熱で紙を焼いたってこと? 炎じゃなく?」
「ああ。紙を焼くには結構高温が必要なんだけど、炎だと辞書本体まで焼いてしまう恐れがあるからね。なるほど、紙を立てておいて熱針を横から当てて切り取った、ということかな、ユーリアン?」
 黙ってうなずくユーリアンは、指揮者のような手付きで杖を振っている。
「さて、本体ページは……魔法が解けた今となっては、どうってことのない普通の薄葉紙だな。タバコの巻紙にだって使えるよ」
 タバコ、と聞いてトーニャがテーブルの下で夫の足を蹴った。
「いや、例えだよ、たとえ。僕はちゃんと禁煙してるから、トーニャ。オスカーがこの辞書を借りた目的はやはり、忘却魔法と特種紙か……」
「ひどいな、お父さんたら」
 ステファンは沈んだ顔をした。
「先生から借りた本を勝手に切るなんてさ。それにどうせなら、って言ったら悪いけど、お母さんの記憶を消すなら、“離婚”て言葉も消せばよかったのに。なんでそうしなかったのかな」
「ステファン」
 オーリもまた、沈痛な顔でこぶしを額に押し当てた。
「オスカーが以前、わたしに言ったことがあるんだ。“ミレイユの最大の不幸を消してあげたい”とね。もしかしたらそれと関係するんじゃないかと思えてきた」
「最大の、不幸?」
 思いもよらない言葉に皆が固唾を呑んだ。
 
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 部屋の中がしんとしてしまった。聞こえるのは、陽射しの中で遊ぶアーニャの無邪気な声ばかりだ。
 沈黙を破って、ステファンがおずおずと訊ねた。
「ぼくのお母さんて……不幸なの?」
「あ、いや。オスカーがそう言っただけで、実際にそうだとは……」
「不幸って何? ぼくがこんな力を持っちゃったってこと?」
 ステファンはオーリの袖を引っ張って真剣な顔を向けた。
「ばかな」
 オーリは驚きながらたしなめるように首を振った。
「君のことじゃないよ。そんな心配をするなら、この話はやめよう。こら、離しなさい」
 だがステファンは鳶色の目を真っ直ぐオーリに向けて食い下がった。
「言いかけた話を途中で止めるのは男らしくないってお父さん言ってたよ。
それにぼくのお母さんのことなんだから、ちゃんと知りたい! 
手紙のことだって変だよ。封筒は? 一緒に焼けたんじゃないんだね? 
消印がどうの、って前に言ってたけど、なぜ一度も見せてくれないの?」
 たたみかけるように質問を浴びせるステファンの顔を、オーリはまじまじと見ていたが、やがて顔をしかめて銀髪をかきむしった。
「ああもう、そんなオスカーみたいな目をするな! わかったよ、順を追って話すから! まったく君ら親子ときたら……」 
「確かにオスカーとそっくりだ。いい弟子を持ったな、オーリ」
 茶々を入れるユーリアンをひと睨みして、オーリは目の前の冷めたお茶を一気に飲み干した。
「いいかステフ、まず謝っておこう。封筒なんて最初から無い。だから消印の話もでたらめだ。あの手紙は、オスカーがこっそり飼ってたガーゴイルが運んで来たんだよ」
「ええ?」
 すっ頓狂なステファンの声に、ユーリアンが身を乗り出した。
「じゃ、差出人の住所の話は?」
「それは本当にわからないんだ。少なくとも自宅近くからじゃない。オスカーと連絡を取れなくなって何週間も経って届いたし、ガーゴイルの足にあの近辺にはない泥が付いてたからね。だけど“使い魔” だの “ガーゴイル” だの、一般人に言って通じるかい? 納得させようと思ったら、ああいう言い方をするしかなかったんだ」
 それはそうだろう、とステファンも思った。特に、ミレイユが相手では。
「先生、その手紙を運んだガーゴイルって、 今も居る?」
「居るには居るけど、もうなにも教えてはくれないよ。手紙を置いた途端にこと切れたんでね。ほら、うちの庭でウロウロしてるやつ」
 庭でウロウロ――“男爵”のことだ。ステファンは姿が消えたり見えたりするガーゴイルを思い出してぞっとした。まさか、幽霊だったとは……
「それからお母さんのことだが。む……」
 オーリは言いよどんだが、相変わらずのステファンの目に急かされるように言葉を継いだ。
「ステフ、亡くなった六人の伯父さんたちのことを聞いたことがあるかな」
「ええと確か、戦争とか、病気とかで次々に死んじゃったって」
「そう。だが一人だけ、屋根からの墜落事故で亡くなった人が居る。ウルリクという人だ」
 オーリは窓の外に目を向け、苦い表情をした。

 
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 ウルリク……聞きなれない名前にステファンは首をかしげた。
「君が知らなくても無理はないよ。屋根から落ちた時、ウルリクはまだ十歳にも満たなかった。六人の伯父さんの中でも――伯父さんというのは可哀想かな、死者は年を取らないから――一番早くに亡くなったし、ミレイユさんもこの名を口にしたことはなかっただろう」
 オーリは言葉を切ると、トーニャに目を向けた。
「エレインに子守を任せてていいのか? ちょっと見てきたら?」
 ところがトーニャはちらっと庭を振り返ったただけで、席を立とうとはしない。
「人払いをするのが下手ね。それともミレイユの不幸話とやらが胎教に悪いとでも? ご心配なく、魔女はそんなにヤワじゃないから。さ、続けて」 
 オーリは諦めたように息をつくと、これは全てオスカーから聞いた話だけど、と前置きしてから語り始めた。
 
 ウルリクはミレイユより一つ上の兄だ。リーズ家の他の子供と同じく魔力を持ってはいたが、おとなしくて体が弱かったので、ミレイユとは似たような立場だった。上の兄姉にいじめられると、二人は花壇の隅だの屋根裏だのに逃げ込んでは、一緒に空想のお話を作って現実の憂さを忘れた。ミレイユにとってはただ一人の味方だったと言える。
 ところがウルリクが十歳になる直前、突然彼は空を飛んでみせると言いはじめた。またいつもの空想話だろうと思ったミレイユが飛ぶところを見せて欲しい、とからかうと、ウルリクは他の兄姉が寝静まった後、ミレイユを連れて屋根裏から外へ出た。そして――

「飛んだの?」
 ステファンは聞かずにはいられなかった。
「ああ。ほんの数秒間、確かにミレイユの目の前で飛んでみせたそうだ。でもその直後……」
「落ちたのね」
 あっさりと言葉を継ぐトーニャに、オーリは眉をしかめた。
「ミレイユさんは泣きながら他の兄姉を起こしたところまでは覚えているが、その後のことは覚えていないそうだ。気が付けば家族は嘆きつつも、勝手に結論を出していた。事故の前日に煙突掃除夫が屋根に上がるところをウルリクは面白がって見てたから、きっとその真似をしようとして、足を滑らせたのだろう、と。
ミレイユさんは何度も本当のことを告げたが、誰にも取り合ってもらえなかった。
ステファン、事故なんだよ。家族の出した結論はある意味正しかった。夢見がちな子供が空を飛ぶ真似をした、そして運悪く墜落死した。八歳の女の子がそれを止められなかったからといって責めを負うべきではない」
 ステファンはうつむいて膝の上でこぶしを握り締めた。 
「でもミレイユさんは自分を許せなかったんだろう。彼女はそれから、絵本やおとぎ話の本を全て捨てた。玩具の動物も、一つだけ持っていた人形も。彼女にとっては、兄が持っていた魔力はもちろん、子供らしい夢や空想ですら、罪悪と同じ意味を持つようになったようだ。彼女はわずか八歳にして、現実しか見ない、信じない生き方をするようになった。ウルリクを野辺に送った時、ミレイユさんは自分の童心も一緒に葬ってしまったんだね」
 窓のカーテンを揺らして風が吹いてくる。風が運ぶアーニャの笑い声に、ステファンは耳を塞ぎたくなった。
 
「そう、それが“最大の不幸”と言うわけ。珍しくもない。そんな話なら魔女の間ではザラにあるわよ」
 冷めた口調で言ってのけるトーニャをユーリアンは慌ててたしなめた。
「トーニャ! ステファンの前でそんな……」
「いいよ、ユーリアンさん」
 ステファンはやや青ざめた顔をキッと上げた。
「先生は、だからお父さんが魔法で嫌な記憶を消したって思うんだね。でもぼくのことは? ぼくの魔力とウルリクは関係ないでしょう」
 オーリは重い表情でステファンの頭に手を置いた。
「ステフ、君はウルリクに似たところがあるそうだ。その茶色い髪といい、本ばかり読んで空想癖のあるところといい、ミレイユさんは君が成長するにつれて、どうしてもウルリクの姿とダブってしまうようになった。やがて君に魔力があることがわかると、毎夜悪夢にうなされて、しばしばオスカーに泣きながら言っていたそうだ。あの子はきっと十歳まで生きられない、ウルリク兄さんのようにいつか手の届かない場所へ行ってしまうに違いない、とね」
 ステファンは唇をかんだ。母がヒステリックに叱る時、そんな思いをしていたとは知らなかった。
「ねえトーニャ。母親が自分の子供の成長を喜べず、むしろ恐れてしまう、そういうのは不幸とは言わないのかな?」
 オーリの問いかけに、トーニャは片眉を上げただけで答えなかった。
「わたしはオスカーに癒しの魔法をいくつか教え、医者に行くことも勧めたよ。だから七月にステフを迎えに行った時、ミレイユさんが別人のように元気にまくしたてるのを見てホッとしたぐらいだ。あれが忘却魔法のせいだったとは……」
「大変だ!」
 ステファンは突然立ち上がった。
「もう魔法は解かれちゃったんだ。お母さんはウルリクのことを思い出して、また泣いてるよ、きっと!」
「そうかしら」
 トーニャが指先の紅い爪をひらりと舞わせて、暖炉の上から手鏡を引き寄せた。
「その心配は無いようよ。ミレイユはもう行動を起こしてる。見なさい、ここはどこかしらね」
 手鏡を覗き込んだトーニャは、ステファンを手招きした。
 ステファンが手鏡を覗くと、そこにはパラソルを差したミレイユの姿が映っていた。強い意志を秘めた顔で、彼女は古い館を見上げている。
「ここはたしか……おじいちゃんの家だ。一番恐い伯母さんが住んでるはずだよ。なんでお母さんが?」
 
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「実家に行ったのか。戦闘開始というわけだ。やるじゃないか、ミレイユ母さん」
 オーリもまた手鏡を覗き込んで、ニヤッと笑った。
「戦闘って?」
「前に言ったろう、ステフ。誰だって辛い事を抱えている、けど自分で解決するしかないって。君のお母さんは八歳の時の記憶に立ち向かいにいったんだよ」
 ステファンは手鏡を見つめた。館の中から出てきたのは、母が一番恐れる、ステファンの一番嫌いな伯母だ。久しぶりに訪ねてきた妹を抱きしめもせず、相変わらず意地悪な目つきで見下ろしている。けれどミレイユは臆することなく細い顎を上げて真っ直ぐに階段を昇り、館の中に消えていった。
「お母さん、大丈夫かなあ」
 心配そうなステファンの肩をオーリがポン、と叩いた。
「あの様子なら心配ないよ。ステフ、優しいのはいいけど、君はそろそろお母さんから離れなくちゃ」
「え、今離れてるでしょう?」
「住む場所のことじゃないよ」
 オーリは笑ったが、ステファンは首を傾げるばかりだ。
 
 お茶のお代わりを、とトーニャが立ち上がりかけたが、ユーリアンはそれを止めて自分でポットを持ってきた。
「オスカーが辞書を使った目的は、おそらくオーリの言うとおりだろう。辞書に書き込めるのは一人一項目に限られている。オスカーは何にも優先して“魔法”に関するミレイユさんの悲しい記憶を消したかったわけだ。けどわからないのはこの手紙だ。文面からすると、自分が帰れなくなることを予測しているようじゃないか」
 慣れた手付きでお茶を淹れるユーリアンに、オーリはうなずいた。
「正直、この手紙を受け取った時は焦ったよ。オスカーの身に何があったのかと。あちこちに協力を求めて探索魔法も……ガーゴイルの足に付いていた粘土も調べてもらったよな?」
「百遍も調べたよ。でもオスカーにはつながらない。お手上げだ」
「あのう……」
 ステファンが顔を上げた。
「警察に探してもらうとか、しないんですか?」
 大人たちは互いに顔を見合わせ、笑いをこらえるような、悲しいような表情をした。
「ああ、一般の人なら当然そうすべきだろうな。でもできない理由がふたつある。
まずミレイユさんが望まない。意地になってるのかもしれないな。
そしてもうひとつ、オスカーの手掛かりを探すとなると、どうしても“魔法”がらみになる。ほら、この辞書も。でも“魔法”も“魔法使い”も表向きは存在しないことになってるんだから、そんなややこしいことには警察もタッチしたくないだろうね」
「我々の探索魔法のほうがが早い、とはっきり言っていいんじゃない? オーリ」
 トーニャが手鏡を爪で弾いた。ミレイユの映像は消え、変わりにゆらゆらと青白い光が踊り始める。
「さあ、じゃ時間を追って整理してみましょうか。オーリ、オスカーが辞書を借りに来たのは二年前の聖花火祭の夜、そうね?」
「ああ、間違いない」
「で、ステファン。オスカーが家を出たのは?」
 ステファンは無言でうつむいた。思い出したくない。けど、思い出さなければいけない。
「翌日だよ、十一月の六日。ぼくの九歳の誕生日だったから、忘れようがないもん」
 部屋の中が、また微妙な空気になってしまった。ステファンは慌てて顔を上げた。
「あ、でもお父さんはちゃんと誕生パーティをやってくれたよ。プレゼントもくれたんだ。大きな靴! 大きすぎてすぐには履けないって、お母さんが文句言って、それから……」
 それから。きっと夜遅くに一人、オスカーは出かけたのだ。愛用のトランクも持たず、家族にも何も言わず。翌日ミレイユは、玄関扉が開いたことすらわからなかったとこぼしていた。
「それから……」
「ステフ、もういい」
 オーリの手が肩に置かれた。あたたかい。ステファンはふと泣きそうになったが、息を吸い込むと、腹に力を込め、奥歯をかみしめた。もう泣き虫はいやだ。“かわいそう”なんて思われたくないし、だいいち保管庫の中でさんざん大泣きしたことは、オーリに――もしかしたらトーニャにも――知られている。両親のことを思い出すたびにメソメソ泣く情けない奴だとは思われたくない。
「まあ、なんだ、ステファン。考えようによっちゃ、オスカーは二年分まとめてプレゼントをくれたようなものさ。ミレイユさんはもう余計な不安に悩まされなくなったし、君はオーリに弟子入りできたんだから」
 かなり苦しいフォローだ。けれどユーリアンの言葉は嬉しかった。
「それで、手紙が届いたのが十二月ね。それ以降一切連絡は取れていない」
 トーニャの声はあくまで冷静だ。オーリは息をついて、ああ、とだけ答えた。
「さて、どこかに糸口はあるかしら」
 紅い爪がひらひらと踊る。鏡の光がいっそう明るくなると、トーニャは首にかけていた水晶のペンダントを掲げた。光は一本の筋となり、ペンダントの水晶に吸い込まれていく。
「ハイ、じゃあこれ。今まで集めた情報が全部入ってるから」
 トーニャはペンダントを外し、オーリに手渡した。
「なんだよ、分析してくれないのか? それをあてにして来たのに」
「甘えるのもいいかげんにしなさい。それに今のわたしじゃこれが限界。お腹のベビーの魔力が干渉して、難しい魔法は使えないの」
「え、お腹の中、って。生まれる前から魔力があるんですか?」
「当たり前よ。小さい子ほど魔力が強いの。それに子供は親とつながってるけど、人格は別。だから魔力のタイプが違うと、ぶつかって大変なのよ」
 不満そうにペンダントを見るオーリを赤い爪が指差した。
「ここから先は、私よりも適役が居るでしょう、辞書の前の持ち主が。逃げずに頼んでごらんなさい」
 オーリは観念したようにため息をついた。
「どうしても会わなきゃいけないか――大叔父様に」

 
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「大叔父様か。 来月誕生パーティをするとかいってたな」
「ああ。パーティは我慢するとしても苦手だな、あの人は……トーニャも人が悪いよ、こんなペンダントを渡してわざと大叔父に会わせようとしてるんじゃないだろうな」
「嫌なら手を引きなさい、駄々っ子」
 トーニャはぴしゃりと言った。
「あなたはオスカーの身内でも親族でもないんじゃないの。中途半端に騒ぎ立てて、折角チャンスを提供してあげても“苦手”とか言って逃げ腰になるんなら、いっそもう関わらないほうがいい。ステファンだって迷惑でしょうよ」
「そんな!」
 焦って立ち上がったステファンを手で制して、トーニャは続けた。
「オーリ、あなたはなぜオスカーを探しているの。親友だから、ステファンの父親だから、義務感で?」
「違う。心配でやむにやまれないからだ、他に何がある!」
 キッと睨んで言い返すオーリの周りで、青い火花が散る。
「そう、やむにやまれない力、わたしたちはいつもそれに動かされている。だったら、自分のプライドになんかこだわってる場合じゃないでしょう」
 ステファンは息をつめてオーリを見上げた。 
 青い火花はもう収まっているが、オーリは何か迷うように、テーブルに視線を落としている。
「気軽に考えろよ。僕は行くつもりだぜ、そのパーティとやらに」
 ユーリアンが足を組み替えながら明るく言った。
「おい本気か?」
「本気もなにも。トーニャを一人で行かせるわけにはいかないだろう。ああ、君たち北方移民の一族が植民地出身の僕を快く思っていないことくらい知ってる。結婚する時だってボロクソに言われたしね。だからって何だ? 僕だってれっきとしたソロフ師匠の弟子だ、北も南もあるか。悪口と嫌味の集中砲火を浴びたって、命まで取られるわけじゃあるまい」
 快活な笑い声が部屋に響いた。褐色の笑顔に白い歯が形よく並ぶ。トーニャは同志を見る目つきで夫に微笑み、オーリに向き直った。
「どうするの? ここであきらめるのも自由よ」
「まさか」
 オーリはひきつった笑みを浮かべた。
「オスカーのためだ。ここまで来てあきらめられるか。ああ、行こう、大叔父に会いに」
 ステファンはホッとして一同を見回した。
「ありがとう……」
「おいおい、礼を言うのは早いぜ。まだ何も解決してないんだから。オーリ、当然お前はエレインと一緒に参加するよな? ちゃんと正装しろよ」
「え、エレインと?」
 オーリはお茶を飲もうとしてむせかえった。
「パーティには女性をエスコートして行くのが常識だろうが。ああ今から言っておくか? おおーいエレ……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」 
 再び赤くなってオーリが立ち上がった。
 
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 一緒に庭を振り返ったトーニャが、突然顔をひきつらせて叫んだ。
「アーニャ! だめ!」
 庭先では、小さいアーニャがロバの縫いぐるみにまたがってフワフワと飛んでいる。まるで風船のようにたよりなく、それは屋根の高さに届こうとしている。
 ユーリアンは庭に飛び出し、豹のように高くジャンプして縫いぐるみごとアーニャを捕まえた。
「こーら、オテンバめ。ロバさんを飛ばしていいのはお家の中だけだって言ったろう」
「や! や! もっととぶの!」
 アーニャはそっくり反って暴れ、縮れっ毛の頭から帽子を振り落とした。
「ああごめん、あたしがちょっと目を離した隙にあんなに高く……でも魔女なんだから飛ぶのは普通でしょ? いけないの?」
「街ではいけないのよ。電線もあるし、先月なんか隣の男の子にパチンコ玉で狙い撃ちされたんだから」
 小さな娘をユーリアンから受け取って抱きしめるトーニャは、微かに震えている。
「アーニャ、パパはね、今にオーリおじちゃまみたいに田舎に家を構えるよ。そしたら好きなだけ飛んでいいから、それまではちょっとガマンだ。ごめんな」
 ユーリアンは膝を屈めて、自分に似た縮れっ毛の頭をなでた。けれどアーニャは口をとがらせていやいやをするばかりだ。
 せっかく飛ぶ力を持っているのに……ステファンはアーニャの中のはちきれそうな思いが見える気がした。
 帽子を拾って小さな頭に乗せてやると、アーニャはきょとんとして黒ブドウのような目を向ける。つまんないよね、とステファンは心の中でつぶやいた。するとアーニャはそれが聞こえたかのようにぱあっと表情を明るくし、トーニャの腕をすり抜けて、ステファンの手を引っ張った。
「アーニャ、おにいたんとあとぶ……」
 ステファンは思わず笑った。
「うああ変わり身の早いやつめ。パパと、じゃなくて“おにいたん”とかよ。よし、じゃ一緒に遊ぼう」
 
 四人が庭でボールを転がし始めたのを見て、トーニャはホッと息をつき、庭の見える位置に腰掛けた。
「あの様子じゃ、パーティの日のシッターを雇うのも一苦労だわ」
「まったくだ。おかげでこっちはユーリアンのおせっかいから逃げられたけど」
 オーリはトーニャのすぐ隣に立って苦笑いをした。
「魔女もいろいろ大変だな。人の心は平気で操作できるくせに」
「あら、なんのことかしら」
 トーニャは元の落ち着いた顔に戻って、しらっとして答えた。
「まあ、お陰でふんぎりがついたけどね、策士だな。さっきの手鏡だってタイミングが良すぎるよ。事前にミレイユの行動を調べていたとしか思えない」
「ふふ、どうだか。オーリこそ、人づてに聞いた話にしてはミレイユの記憶を随分細かく覚えてたのね。まるで自分が直接見てきたみたいに」
 ぐ、と言葉に詰まって、オーリは眉を寄せた。
「お察しの通り、オスカーに頼まれて直接、記憶を読み取ったんだよ。仕方がないだろう、オスカーにはそこまでの力は無かったんだから。親友の頼みでなけりゃ、あんな愚痴と悔恨だらけの記憶を読むなんて二度とゴメンだね。ステフがよく歪まずに育ったもんだ」
「子供はもともと、真っ直ぐに育とうとする力をもっているのよ。あとは関わる人しだい。自分もそうだったでしょ」
 トーニャは自分の隣に立つ背の高い従弟を見上げた。
「家族を失って泣いてばかりだった痩せっぽちの子が、今やガルバイヤン画伯、だものね。二十年前に誰が今のオーリを想像できて?」
「“画伯”ってのは嫌味か?」
 オーリは横目でトーニャを睨んだが、すぐに表情を和ませた。
「ああ、トーニャの両親にも、ソロフ師匠にも感謝しているよ。親代わりに守ってくれたし、鍛えてもくれた。おかげでオスカーやユーリアンのような親友にも出会えたんだ。だけど僕がステフに同じものを与えられるかどうかは――甚だ自信ない。正直、弟子なんて一生要らない、と思ってたからな」
「よく言うわ。うぬぼれ屋のくせに」
「うぬぼれてるって? 僕が?」
「そうよ。保管庫の件も、辞書の件にしてもそう。魔法使い以外の人間が高度な魔法を使えるなんて思ってもみなかったでしょ。ステファンやオスカーの魔力を甘く見てたせいで、騒動を起こしたんだって自覚してる?」
 容赦ない従姉の言葉にオーリは反論しようと振り返った。
「そうは言っても……いや、たしかに……あ、そうかもな。そういえばアガーシャが脱走した時も……」
 次第に小声になり、叱られた子供のようにしゅんとしてしまった。
「まあそれが悪いとは言わないわ。魔法使いは自信過剰くらいがちょうどいいのよ。少なくともステファンの前では堂々としてなさい“オーリ先生”」
 バシッと背中を叩かれて、オーリは目をしばたたき、改めてトーニャを見た。
「かなわないな、トーニャ姉さん。魔女ってのはどうしてこうたくましいんだろ」
 
 オーリは庭に出て、エレインに帰る時間が来たことを告げた。リンゴの葉陰で向かい合うオーリの銀髪とエレインの赤毛が綺麗なコントラストを描きながら風に揺れる。
「“姉さん”か。実の弟なら、お尻を蹴飛ばしてやるわよ。もっとしっかりしろって」
 トーニャはつぶやくと、まだ遊びたそうなアーニャの手を引いて部屋に戻った。
 
 
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 帰りの汽車は空いていた。エレインは来る時と違って緊張感がほぐれたのか、六人掛けのコンパートメントの窓際に陣取ると、他の乗客のいないのをいいことに、またしてもあれは何、これは何と質問の雨を降らせた。
 十何回目かの「あれは何?」の後、ふいにエレインが黙り込んだ。オーリの手が額に向けられている。ステファンが驚いている前で、緑色の目を閉じてがくりと首を垂れる。
「うるさいから眠ってもらったんだ。これでゆっくり本が読める」
 オーリは平然とそう言うと、文庫本を取り出して開いた。
 書庫から持ってきたのか、随分と古い本だ。黄ばんだページをめくるオーリに、ステファンは前から思っている疑問をぶつけた。
「それ普通の文字、だよね」
 問われた意味がわからない、という表情でオーリが目を上げた。
「魔法使いにしか読めない文字って、どんなの? お父さんの手紙を見たって普通のアルファベットにしか見えないんだけど」
 オーリはうなずいて、静かな声で答えた。
「そうだよ。普通のアルファベットだ。ただし、インクに魔法が掛けられているから魔力の無い人には読めない。うちではアガーシャが守っている、あの特種インクだ。昔、魔法使いが迫害されていた時代に、自分たちだけで秘密の連絡が取れるよう作られたのが始まりと聞いている。オスカーは万年筆に入れて使っていたな」
「迫害されてたって……むかーしの魔女裁判みたいに? じゃ、今は?」
 ステファンを安心させるように、オーリは笑みを向けた。
「大丈夫、君が心配することはない。この国は魔法使いを公式には認めない代わりに否定もしない。だからわたしの一族は、祖父の代に北方での迫害を逃れて移り住んだんだよ。オスカーは遺跡を調査しながらそういう近代魔法の研究もしていたな……そう、エレインの一族のことも、オスカーを通じて知ったんだっけ」
 オーリは眠るエレインを振り返った。
 眠ってしまうと、エレインは意外と幼い顔をしている。向かいの席からその寝顔を見て、ステファンは首をかしげた。女の人の年齢なんてよくわからないが、竜人となるとなおさらだ。大酒を飲んだりオーリと対等な口をきいたりしているから随分大人のように思っていたが、エレインはもしかしたらとても若いのかも知れない。たった一人で人間の中に居て、彼女は寂しくないのだろうか。
 
 汽車は瞬く間に街を抜け、青々とした丘に差しかかった。少し勾配があるせいか、眠るエレインの身体は危なっかしく揺れる。オーリはそれを支えて赤毛の頭を自分の肩にもたせかけた。
 窓の外に木立が現れる度に陽射しと影とが交互に降る。オーリは時々本から目を上げ、肩の上の寝顔を見て微笑んだ。
 見ているステファンのほうが気恥ずかしくなるような表情だ。どうにも居心地が悪くなってきた。もしかして、いやもしかしなくてもこの場合、自分はおじゃま虫じゃないのか?
 ステファンがどこかへ逃げたくなってきた頃、ゴトゴトと音がしてコンパートメントの扉が開いた。
「ああ、こちらは静かだこと。ご一緒してもよろしいかしら?」
 ピンク色のホイップクリームが、いや、ピンクの帽子とスーツを着込んだ太った老婦人が、大きな鞄と共に立っていた。
「もちろんですよ。ステフ、手伝ってあげなさい」
 ステファンは立ち上がると、老婦人が鞄を網棚に持ち上げるのを手伝った。
「いえね、さっき座ってたところは外国人客が騒がしくて……あら、失礼」
 老婦人はオーリの顔立ちを見て外国人とでも思ったのか、慌てて口元を押さえた。
 オーリは気にするふうもなくニコリと笑顔を向けて再び本に視線を戻す。
 なんとも間が悪い。ステファンは席を立つタイミングを失って隣をうらめしく見た。そんなことにはお構いなくハンカチで汗を押さえていた老婦人は、窓からの風を受けてクシャミをした。
「お大事に」
 すかさずオーリが言うと、老婦人は丸い顔いっぱいに笑顔を見せた。
「ありがとう。まああー、あなたのお国ではそういう長髪になさるの? 絵になるお二人ねえ」
 そしてエレインを見ながら楽しげに言った。
「奥様も、お綺麗で」
 オーリは本を落っことしそうになった。
「お、奥様って?」
 さっきまでの落ち着きが嘘のようにうろたえている。
 ステファンは思わず口をはさんだ。
「まだ式はこれからなんです」
 オーリは目を白黒させているが、ステファンは構わず続けた。
「ええと、今から田舎に帰って結婚式の準備をするとこ。ね、先生」
 自分でもよくすらすらとデタラメが言えたもんだと思いながら、ステファンは冷や汗を浮かべた。
 オーリはわかってないだろうけど、この二人が並んでいると嫌でも人目を引く。来る時だって、何度もじろじろ見られたし、そのうちエレインの正体に気付く人が居るのではないかとヒヤヒヤしっぱなしだった。ちょっと言い過ぎたかもしれないけど、ここは相手の勘違いに便乗しちゃったほうが安全じゃないのか、と思ったのだ。 
 老婦人は指輪のない二人の手に視線を移して納得したのか、ゆったりと微笑んで言った。
「あらあ、それはそれは。やだわね、早とちりしてしまって、ごめんなさいねえ。でも田舎のご両親はさぞお喜びでしょう?」
「はあ……」
 こういう時、いつもなら軽口のひとつも叩くオーリが、ただ顔を赤くして口ごもっている。ダメだな先生、とステファンは上目遣いに睨んだ。
 老婦人はピンクの帽子をかしげてまだつくづくと二人を見ている。
 窓からの風は涼しいのに、ステファンの背中には冷や汗がどっと出てきた。どうしよう、エレインってそんなに、普通の人間と違うのかな。
 けれど老婦人の興味は別のことに向いていた。
「当ててみましょうか。あなた絵を描いていらっしゃるでしょ」
 オーリはぎくりとして思わずステファンと顔を見合わせた。
「ええまあ、少し。よくお判りですね」
「ああやっぱり? うちの孫と同じ手をしていらっしゃるもの」
 子供のように両手を打ち合わせて、老婦人は嬉しそうに笑った。
「お孫さん、絵描きさんなんですか?」
「いえね、まだ画学生なんだけど、小さい頃から絵の上手い子で。街の大きな美術展で一等賞を取ったこともあるのよ」
 老婦人はそれからひとしきりじゃべり続け、あの子は天才だ、将来は絶対有名になる、などと孫をほめちぎった。目の前に座っているのがプロの画家だと知ったらどうするかな、と思うとステファンはおかしかったが、とりあえず話題がエレインから逸れたのはありがたい。オーリが面白そうに相槌をうっているので、それにならって黙って聞くことにした。
 汽車はその間にも、緑の牧草地を越え、渓谷を越え、夕風が吹く頃に着いた駅で老婦人は立ち上がった。
「じゃあさようなら、おかげで楽しい旅でしたわ。眠り姫さん、お幸せにね」
 まだオーリにもたれて眠ったままのエレインにも手を振って、老婦人は降りていった。

「ふう。参ったな」
 再び汽車が動き出してから、二人はやっと安心して息をついた。
「先生、今の人って魔女だと思う?」
「いや、そんなことはない。でもマーシャといい、今のご婦人といい、魔力はなくても勘の鋭い人ってのは居るもんだ。絵のことを言われた時は驚いた。エレインの正体まで見抜かれるかと思ったよ」
「そうだよ。なのに先生ったらモゴモゴ言うばっかりだしさ。焦っちゃったじゃないか」
 口を尖らせるステファンに、オーリは参った、という顔で笑った。
「そう、君の機転には感謝してるよ。“生真面目くん”としては上出来のホラ話だった」
 眠るエレインをよそに、二人は大笑いした。
 けれどもうじき三人の降りる駅だ。オーリは魔法を解くために再びエレインの額に触れながら、急いで言った。
「あ、ステフ。さっきからの会話は、エレインには内緒だ」
「いいけど……」
 別に内緒にしなくったっていいのに、とステファンは思った。老婦人にはとっさに言いつくろったが、そうなったらいいな、と思っているのも事実だ。両親がバラバラになってしまった今、せめてオーリたちにはずっと仲良しでいてもらいたいと、弟子のステファンが願ってはいけないだろうか。
 それにあの老婦人の言うとおり、二人は並んでいると本当に絵になるのだ。大叔父様のパーティでは、さぞかし周りの目を惹くことだろう。
  
 ステファンのとりとめのない思いに「終了」を告げるように汽車は汽笛を鳴らし、やがて田舎の駅に滑り込んだ。
 
 
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