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「うわ……!」
書庫の中を見たステファンは言葉を失った。本が列をなして飛び交い、書架はアメのようにぐにゃりと曲がり、部屋全体が渦巻きのように歪んでいる。
「だから、まだ整理中なんだよ。危ないからステフはそこで待っていなさい」
オーリはそう言うと杖を取り出し、
「通してくれ!」
と叫びながら渦巻きの中に飛び込んでいった。
何分経ったろうか。書庫の渦巻きは一向に治まりそうもない。時折、稲妻のような金色の光が走るだけだ。ステファンが我慢しきれず、もう一度透視をしてみようか、と思い始めた頃、ゆらり、と影のようにオーリが姿を現した。
「先生! 大丈夫? 辞書はあった?」
「ああ、あったよ……」
古びた革表紙の辞書が、オーリの左手の中で禍々しい存在感を示していた。
「それで、お父さんは?」
オーリはうつむいたまま首を振った。
「ここにはオスカーの手掛かりは無いよ。バカだな、わたしは。ミレイユさんが記憶を取り戻したってことは、辞書の魔法が効力を失ったってことじゃないか。それに、この中にオスカーの意識が取り込まれてるんだったら、ステフが保管庫で真っ先に気付いたはずだものな。何を期待したんだろう……」
ステファンは膝の力が抜けそうになった。近づいたと思ったオスカーが、また遠くに行ってしまったような気がした。
じゃ、いったいお父さんはどこに居るの、と言い掛けて、ステファンは言葉を飲み込んだ。
長い髪が垂れて隠れたままのオーリの顔が、悔しさに震えているような気がしたのだ。
どうしていいのかわからないステファンは、空っぽのオーリの右手をぎゅっと握った。
「大丈夫だよ、先生」
ステファンは精一杯明るい声で言った。
「お父さんなら、きっとどこがで元気にしてるよ。なんでかわからないけど、ぼくそんな気がして仕方ないんだ」
思いつきや気休めで言っているのではない。父はとても遠いけど、確かにどこかに居る、はっきりと存在を感じる。ステファンにはそれを表す言葉がうまく出てこなくて、もどかしい思いだった。
オーリは長い髪の下からステファンをじっと見た。
「似てるな、そういう目をするところが……ああ、そうだな。君にわかるんなら、まちがいないさ。なんたってオスカーは、ステフの父親なんだからな」
そう自分に言い聞かせるように言って、オーリは二度、三度、ステファンと繋いだ手を振った。
「それ、見てもいい?」
ステファンは辞書を手に取ってみた。見た目よりもずっと軽く、拍子抜けするほどだ。が、そのページをぱらぱらとめくって、さらに驚いた。
「白紙だ。先生、文字がひとつも無いよ!」
「だから、効力を失ったって言ったろう」
オーリはやっと苦笑いのような表情を見せた。
「この辞書を作ったやつは、まさか十歳の子と魔力の無い母親に魔法を破られるなんて思いもしなかったろうな。たいしたもんだよ、君たちは」
「そ、そうなの? ぼく、とんでもないことしちゃった?」
「いや、いいんだよ」
辞書を受け取りながら、オーリは感慨深そうに言った。
「こんな物は存在しないほうがいい。オスカーの前に書き込んだ連中はとうにこの世に居ないし、記憶を奪われた人たちも、今ごろ墓場の中でホッとしてるんじゃないかな」
辞書の最後のページをめくったオーリは、うん? と怪訝な顔をした。
「ページが破れている。それに妙な焦げ跡だ」
「先生、それ! その焦げ方って、ぼく見たことあるよ!」
ステファンに指をさされて、オーリはハッと顔を上げた。
「オスカーの手紙か!」
二人は再び同時に走り、アトリエに向かった。
本棚に積まれた本ががなだれを起こすのも構わず、オーリは一冊のファイルを取り出した。
ステファンの家で見せた、オスカーの半分焼けた手紙が挟んである。
「同じだ。ぴったり同じ」
オーリは手紙と辞書のページを突き合わせた。微かに手が震えている。
「普通の紙でないことはわかっていたけど、罫線が引かれていたから便箋だと思っていたんだ。この焦げ跡にしたって、焼けたんじゃなくて“焼き切った”という感じだな」
「でもなぜ? なんで辞書の紙なんか使ったの?」
パタン、と辞書を閉じてオーリは力強く言った。
「専門家の助けがいるようだな。よし決めた。会いに行こう。ステフ、一緒に来てくれるな?」
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(どんだけ長引かせるんだ……)
次話はなぜかオシャレした二人の姿が見られるかも?
いや、ネタバレ自粛。
子供の力は、侮れんですよ~
まだまだステファンには暴れて(?)もらわねば。