1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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石畳の大きな街には、新旧さまざまな建物がひしめいている。
その間を縫って路面電車が走り、車が列をなして走り抜けていく。
「そんなにキョロキョロしてると自分で田舎者です、と言ってるようなもんだよ」
オーリが冷やかすように声を掛ける。ローブではなく、涼やかな細身のスーツを着て帽子を被る姿は、魔法使いというより洒落っけのある外国人紳士という風情だ。
「だってぼく、こんなに車が多いとこ見たことなくて……あ、あれって信号だよね?」
今にも駆け出しそうなステファンの肩をエレインがつかまえた。
「だめよ、あんな変なのに近づいちゃ。大きな目玉ぎょろつかせて、なに考えてるんだか」
「別に取って喰われやしないよ。君たちこそ、信号機を壊したりしないでくれよ」
オーリはやれやれ、と疲れた顔をした。ステファンはまだ大人しくしているほうだが、エレインはさっきからしょっちゅう立ち止まっては、あれは何、これは何、といちいち説明を求めてくる。
とうとうオーリは苦情を言わねばならなくなった。
「もしもし守護者どの、君は自分の役目を忘れてるんじゃないのか? これじゃいつまでたってもユーリアンの家に着けやしない」
「なによ、だったらいつものように“飛んで”くれば良かったんだわ。そしたらこんな変な服着て汽車なんてバケモノに飲まれなくて済んだのに!」
エレインは広い帽子のつばを引き上げてオーリを睨んだ。薄い水色の長袖ブラウスに赤毛が映える。細く絞ったベルトの下は、いつもの短いズボンではなく、スカートを履いている。マーシャの見立てなのか、昔風のたっぷりした丈で、彼女のしなやかな脚を隠していた。
「さすがに三人で“飛ぶ”のは無理だよ。それにこんな機会でもないと、エレインのお洒落した姿なんて見られないしね」
オーリは眩しそうな目でエレインの手を取った。その手さえもレースの手袋で覆われている。竜人特有の青い紋様を隠すためとはいえ、さすがに窮屈だろうな、とステファンは同情した。
「ねえ先生、“飛ぶ”ってどうするの? アトラスだと街の人がびっくりするし、もしかしてホウキに乗ったりする?」
期待を込めてステファンが訊いた。
「まさか。都市部へのホウキ乗り入れは半世紀も前に禁止されてるよ。電線に引っかかる事故が後を絶たなかったそうだから。わたしの師匠は最後のホウキ世代だったから、乗り方くらいは教えてくれたけどね」
「じゃ、先生はどうやって?」
「例えて言うなら瞬間移動、みたいなもんかな。でも飛ぶのは一度に二人が限度だ。結構疲れるんだよ」
「教わらないほうがいいわ、ステフ。オーリなんかしょっちゅう着地に失敗するし、慣れないと酔って吐くわよ」
エレインの皮肉な笑いに咳払いして、オーリは道の向こうを指差した。
「ほら、あんまり遅いからユーリアンが迎えに出ている」
同じような二軒続きの家が並ぶ一角で、見覚えのある褐色の青年が手を振っている。青年の腕には小さな女の子、隣には大きなお腹の女性が立っている。
どこにでも居る、普通の幸せそうな家族という感じだ。この前会った時のような、強烈な火山のイメージは無い。
ローブを着ない時の魔法使いって本当に一般人と見分けがつかないな、とステファンは思った。
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
その間を縫って路面電車が走り、車が列をなして走り抜けていく。
「そんなにキョロキョロしてると自分で田舎者です、と言ってるようなもんだよ」
オーリが冷やかすように声を掛ける。ローブではなく、涼やかな細身のスーツを着て帽子を被る姿は、魔法使いというより洒落っけのある外国人紳士という風情だ。
「だってぼく、こんなに車が多いとこ見たことなくて……あ、あれって信号だよね?」
今にも駆け出しそうなステファンの肩をエレインがつかまえた。
「だめよ、あんな変なのに近づいちゃ。大きな目玉ぎょろつかせて、なに考えてるんだか」
「別に取って喰われやしないよ。君たちこそ、信号機を壊したりしないでくれよ」
オーリはやれやれ、と疲れた顔をした。ステファンはまだ大人しくしているほうだが、エレインはさっきからしょっちゅう立ち止まっては、あれは何、これは何、といちいち説明を求めてくる。
とうとうオーリは苦情を言わねばならなくなった。
「もしもし守護者どの、君は自分の役目を忘れてるんじゃないのか? これじゃいつまでたってもユーリアンの家に着けやしない」
「なによ、だったらいつものように“飛んで”くれば良かったんだわ。そしたらこんな変な服着て汽車なんてバケモノに飲まれなくて済んだのに!」
エレインは広い帽子のつばを引き上げてオーリを睨んだ。薄い水色の長袖ブラウスに赤毛が映える。細く絞ったベルトの下は、いつもの短いズボンではなく、スカートを履いている。マーシャの見立てなのか、昔風のたっぷりした丈で、彼女のしなやかな脚を隠していた。
「さすがに三人で“飛ぶ”のは無理だよ。それにこんな機会でもないと、エレインのお洒落した姿なんて見られないしね」
オーリは眩しそうな目でエレインの手を取った。その手さえもレースの手袋で覆われている。竜人特有の青い紋様を隠すためとはいえ、さすがに窮屈だろうな、とステファンは同情した。
「ねえ先生、“飛ぶ”ってどうするの? アトラスだと街の人がびっくりするし、もしかしてホウキに乗ったりする?」
期待を込めてステファンが訊いた。
「まさか。都市部へのホウキ乗り入れは半世紀も前に禁止されてるよ。電線に引っかかる事故が後を絶たなかったそうだから。わたしの師匠は最後のホウキ世代だったから、乗り方くらいは教えてくれたけどね」
「じゃ、先生はどうやって?」
「例えて言うなら瞬間移動、みたいなもんかな。でも飛ぶのは一度に二人が限度だ。結構疲れるんだよ」
「教わらないほうがいいわ、ステフ。オーリなんかしょっちゅう着地に失敗するし、慣れないと酔って吐くわよ」
エレインの皮肉な笑いに咳払いして、オーリは道の向こうを指差した。
「ほら、あんまり遅いからユーリアンが迎えに出ている」
同じような二軒続きの家が並ぶ一角で、見覚えのある褐色の青年が手を振っている。青年の腕には小さな女の子、隣には大きなお腹の女性が立っている。
どこにでも居る、普通の幸せそうな家族という感じだ。この前会った時のような、強烈な火山のイメージは無い。
ローブを着ない時の魔法使いって本当に一般人と見分けがつかないな、とステファンは思った。
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
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松果より
え~、舞台は変わりまして、森の中の一軒家を飛び出し、突然大きな街に出てきました。
本当は三人組の珍道中、を書きたかったんですがあまりにベタだし話が長くなりそうなので、はしょって信号機の話のみ。ステファンの反応は、誇張ではありません。1950年代、うちの母はまだ花も恥らう(?)乙女でしたが、初めて都会で「信号機」なるものを見た時には、友達と大騒ぎしたそうであります(どんだけ田舎モンだったんだ)
さすがにエレインみたいに、「大きな目玉」呼ばわりするこたありませんでしたが。
もうお気づきでしょうが、このお話では、土地に関する固有名詞が一切出てきません。
それが吉とでるか凶と出るかは完結してみないとわかりませんが。
モデルは一応あります。気候とか、街並みとか、食習慣とか。
ご自由に想像しながら読んでみてくださいね。
松果より
え~、舞台は変わりまして、森の中の一軒家を飛び出し、突然大きな街に出てきました。
本当は三人組の珍道中、を書きたかったんですがあまりにベタだし話が長くなりそうなので、はしょって信号機の話のみ。ステファンの反応は、誇張ではありません。1950年代、うちの母はまだ花も恥らう(?)乙女でしたが、初めて都会で「信号機」なるものを見た時には、友達と大騒ぎしたそうであります(どんだけ田舎モンだったんだ)
さすがにエレインみたいに、「大きな目玉」呼ばわりするこたありませんでしたが。
もうお気づきでしょうが、このお話では、土地に関する固有名詞が一切出てきません。
それが吉とでるか凶と出るかは完結してみないとわかりませんが。
モデルは一応あります。気候とか、街並みとか、食習慣とか。
ご自由に想像しながら読んでみてくださいね。
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