1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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「二人とも、帽子を被った方がいいわね。取ってきたげる」
エレインは汗を浮かべた前髪を跳ね上げると、家の中に戻って行った。
八月も終わりとはいえ、日中はやはり暑い。アーニャは追いかけっこに飽きたのか、涼しい生垣の下にしゃがみこんで花びらを拾い始めた。
「あん、とぅー、ぴー、ぽぉー」
数を数えているのか、それとも呪文のつもりなのか。小さい指が動く度に、花びらがひらひらと舞い上がる。
さっきキャンディーを捕まえたことを思えば、花びらを舞わせることなど何の苦も無いのだろう。
この子は家の中でこんな遊びをしても、叱られたことなんか無いんだろうな、そうぼんやり思いながら、ステファンも無意識に花びらを捕まえた。
「だぁーっめ! め!」
急にアーニャが立ち上がり、ドン、とステファンを突いた。
「な、なんだよ」
「め! アーニャがするの!」
口を尖らせて小さなこぶしを振ると、つむじ風のように花びらが舞う。
ステファンは鼻の頭にシワを寄せた。――生意気なチビだ。さっきちょっとでも可愛いなんて思って損した。
「ステフ、ちょっと入って。オーリが呼んでる」
エレインの声に救われた。あと五分、このチビ魔女の子守をさせられていたら、ほっぺたをつねるくらいはしていたかもしれない。
ダイニングではオーリが落ち着き無く歩き回っていた。トーニャもユーリアンも、懸命に笑いをこらえているのがわかる。ステファンはこっそりとエレインに訊ねてみた。
「ね、先生どうかしちゃったの?」
「知らない。さっきからああなんだもん。熱いお茶でも飲みすぎたんじゃない?」
エレインはさっぱりわからない、という顔で肩をすくめて、再び庭へ出た。
「あー、ステファン、待たせて悪い。さっさと本来の目的を果たすとしよう」
咳払いして座るオーリの頬は少し赤いように見える。なるほどエレインの言うとおりかも、と思いながら、ステファンはテーブルに目を留めた。あの「忘却の辞書」が置かれている。
「保管庫の中で見たことを、わたしたちにも話してくれる? どんな小さなことでもいいから」
トーニャの声は優しいが、目は油断なくステファンを観察している。
こんな目で見られるのはあまりいい気分ではないし、正直言って、保管庫のことはあんまり思い出したくない。けれどオスカーの手掛かりを少しでも見つけるためだ。ステファンはとつとつと語り始めた――もちろん、ファントムの前で大泣きした事は抜きにして。
ステファンが語り、オーリが話の合間に補足をする。トーニャは二人から目を離さないままでメモを取っている。手だけが別の生き物のように動くさまは、オーリが羽根ペンで絵を描く時と似ている。
「面白い?」
ステファンが不思議そうに手元を見ているのに気付いたのか、トーニャはペンを止めて微笑んだ。
「トーニャは魔女出版の記者なんだ。ほら、いつかのトラフズクを覚えているだろう」
「今は“もと記者”よ。最近はデスクワークばかりで面白くなかったから、こういうのは楽しいわね。で、それから?」
「それから……いや、それで全部だ」
きっぱり答えるオーリに、ステファンは心の中で感謝した。ステファンが勝手に保管庫の鍵を開けたことや泣いたこと、しばらく起き上がれなかったことには、少しも触れなかったからだ。
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
エレインは汗を浮かべた前髪を跳ね上げると、家の中に戻って行った。
八月も終わりとはいえ、日中はやはり暑い。アーニャは追いかけっこに飽きたのか、涼しい生垣の下にしゃがみこんで花びらを拾い始めた。
「あん、とぅー、ぴー、ぽぉー」
数を数えているのか、それとも呪文のつもりなのか。小さい指が動く度に、花びらがひらひらと舞い上がる。
さっきキャンディーを捕まえたことを思えば、花びらを舞わせることなど何の苦も無いのだろう。
この子は家の中でこんな遊びをしても、叱られたことなんか無いんだろうな、そうぼんやり思いながら、ステファンも無意識に花びらを捕まえた。
「だぁーっめ! め!」
急にアーニャが立ち上がり、ドン、とステファンを突いた。
「な、なんだよ」
「め! アーニャがするの!」
口を尖らせて小さなこぶしを振ると、つむじ風のように花びらが舞う。
ステファンは鼻の頭にシワを寄せた。――生意気なチビだ。さっきちょっとでも可愛いなんて思って損した。
「ステフ、ちょっと入って。オーリが呼んでる」
エレインの声に救われた。あと五分、このチビ魔女の子守をさせられていたら、ほっぺたをつねるくらいはしていたかもしれない。
ダイニングではオーリが落ち着き無く歩き回っていた。トーニャもユーリアンも、懸命に笑いをこらえているのがわかる。ステファンはこっそりとエレインに訊ねてみた。
「ね、先生どうかしちゃったの?」
「知らない。さっきからああなんだもん。熱いお茶でも飲みすぎたんじゃない?」
エレインはさっぱりわからない、という顔で肩をすくめて、再び庭へ出た。
「あー、ステファン、待たせて悪い。さっさと本来の目的を果たすとしよう」
咳払いして座るオーリの頬は少し赤いように見える。なるほどエレインの言うとおりかも、と思いながら、ステファンはテーブルに目を留めた。あの「忘却の辞書」が置かれている。
「保管庫の中で見たことを、わたしたちにも話してくれる? どんな小さなことでもいいから」
トーニャの声は優しいが、目は油断なくステファンを観察している。
こんな目で見られるのはあまりいい気分ではないし、正直言って、保管庫のことはあんまり思い出したくない。けれどオスカーの手掛かりを少しでも見つけるためだ。ステファンはとつとつと語り始めた――もちろん、ファントムの前で大泣きした事は抜きにして。
ステファンが語り、オーリが話の合間に補足をする。トーニャは二人から目を離さないままでメモを取っている。手だけが別の生き物のように動くさまは、オーリが羽根ペンで絵を描く時と似ている。
「面白い?」
ステファンが不思議そうに手元を見ているのに気付いたのか、トーニャはペンを止めて微笑んだ。
「トーニャは魔女出版の記者なんだ。ほら、いつかのトラフズクを覚えているだろう」
「今は“もと記者”よ。最近はデスクワークばかりで面白くなかったから、こういうのは楽しいわね。で、それから?」
「それから……いや、それで全部だ」
きっぱり答えるオーリに、ステファンは心の中で感謝した。ステファンが勝手に保管庫の鍵を開けたことや泣いたこと、しばらく起き上がれなかったことには、少しも触れなかったからだ。
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前回気を持たせるようなこと言っといて、中途半端に途切れてすみません。
ちょっと今週末~来週半ばまで忙しくなるもので、今書けてる話をコマギレにして、今回ちょこっと前振りだけup(ずるい?)
来週あたりまたコピペで更新します(汗)
しばらくお待ちを。
前回気を持たせるようなこと言っといて、中途半端に途切れてすみません。
ちょっと今週末~来週半ばまで忙しくなるもので、今書けてる話をコマギレにして、今回ちょこっと前振りだけup(ずるい?)
来週あたりまたコピペで更新します(汗)
しばらくお待ちを。
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