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1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。 ちょいレトロ風味の魔法譚。
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 誰も居ない森の中で、ステファンはしばらく茫然としていた。どこか遠く、森のずっと奥からなにやら不気味な音がしたような気がする。ステファンはぶるぶるっと震えた。これは悪い冗談だ。オーリは自分をからかっているに違いない。
(帰ろう。まだそんなに遠くまで来てないはずだから……)
 長靴はステファンには大きすぎ、歩きづらいが、ともかくこんな所に独りで居るのは御免だった。
 が、歩き出してすぐにステファンは立ち止まった。
(おかしい。さっき通ってきた道はこんなのじゃなかった)
 ついさっきまでオーリと歩いていた時には、少なくとも地面が見えていた。が、今ステファンが立ち尽くしている足元は、びっしりと苔むしてケモノ道すら見えない。こんなバカな。迷ったりするほど長くは歩いていないはずだ。ステファンは息苦しいほど鼓動が早くなるのを感じながら辺りを見回し、自分に言い聞かせた。
(落ち着け、落ち着け、きっと少しだけ、道から外れたんだ)
 だが「道」などどこにも見えない。それどころか、さっきよりも周りの木が大きくなり、見通しがきかなくなったような気がする。ステファンは木々を見上げ、急にぞくりとした。
――見られている。
 幾層にも重なる広葉樹の葉、そしてまた葉。枝、また枝、そして圧力すら感じる苔むした木々。その全てから、はっきりと‘何か’の視線を感じる……
「いやだ!」
 ステファンは駆け出した。ブカブカの長靴を放り出し、泣きそうになりながら、裸足で駆けた。
「先生! オーリ先生! どこ!」
 何度も苔で滑り、倒木につまづき、それでもやみくもに走って、もうどこを走っているのやらわからなくなった。 
 まずい。知らない場所で迷子になったら、やたら動き回るのが一番いけない、と以前父から聞いていたのに。それでもじっとしているのが怖くてたまらず、ステファンはひたすら足を動かした。
 なんだか同じ所ばかり走り回っているような気がする。悪い妖精かなにかに目くらましをかけられたに違いない。きっとここは、人間が入ってはいけない森なのだ。
 ステファンはぎゅっと目をつぶり、オーリの家を思い浮かべた。
(帰るんだ、絶対、帰れるはずだ……)
 深呼吸して再び目を開くと、急に目の前にぽっかりと開けた空間が見えた。

(なんだ? これは……)
 空間の中央に、異様な形の巨大な樹が立ちはだかっている。
ゴツゴツとした巨大樹は半分から縦に裂け、はっきりと落雷の跡が見て取れる。だが途中から枝分かれしている幹からは力強く新芽が吹き、若い枝が幾筋も伸びている。さらにその上の枝は長く長く伸び、その先は地面に垂れてそこからまた新たな根を伸ばし、独立した若木になっているものすらある。――つまり、この巨大樹を中心にドーム天井のような形に枝が張り巡らされているのだ。
 この巨大樹は怖くない、ステファンは直感した。そして夢中で樹の根元に駆け寄ると、助けを求めるように見上げた。樹は何も語らない。語らないが、いつの間にか呼吸が楽になっていく。ステファンは樹の幹に背中をぴったりと付けて、さっきまで自分を脅かしていた「何者か」をにらんだ。
(怖くなんかない。きっと、帰り道は見つけてみせる)

 しばらくそうしていると、不思議に心が落ち着いてきた。心なしか、あの恐ろしい「視線」は遠ざかっていくように思えた。ステファンはホーッと息をつくと、ありがとう、という風にもう一度巨大樹を見上げた。
 しんとした空気の中で、何かが静かに動く音がする。それは自分の鼓動かも知れないし、この巨大樹の鼓動かも知れない。ステファンは、樹の幹に耳を押し当ててみた。
(よく聞こえないな……)
 当たり前だ、ステファンは自分のしていることが可笑しかった。人間とは勝手が違うのだ、樹皮の奥を流れる音を聞こうと思ったら、何か道具が必要に違いない。それでもステファンは目を閉じて、じっと耳に神経を集中した。ゴツゴツした幹の内側では、今この瞬間にも、樹の根っこから吸い上げられた水分が力強く走っているに違いない。そのイメージを思い浮かべた。
 と、ステファンは意識が上へ上へと引っ張られる感じがした。それは樹の水分や養分が運ばれるより早く、どんどん加速して上へ上へと向かう。
 何だろう? 何だろうこの感覚は?
 
 どのくらいそうしていたのか、いつの間にかステファンは自分がはるか上空に居て森を見下ろしているのを知った。
 (何? 何が起こったんだろう?)
 ふいにステファンの視界が走り始めた。いや、ステファン自身が動いているのだ。アトラスの背で運ばれるより早く、軽く――ステファンは風になって森の上を自在に飛んでいた。
「遅い遅い! 雨雲に追いつかれるよ!」
 聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。振り返ると、赤い影が木々の間を駆けていく姿が見える。エレインだろうか?
「待って、エレイン、待ってよ」
 ステファンは追いていかれまいとしたが、急に身体がくるんと丸まってしまい、それ以上飛べなくなった。その間にも赤い影は疾風のように駆け抜け、どこかへ行ってしまった。
 丸く。まあるく。ステファンはどんどん変化し、やがて自分が微小な水滴になってしまったのを感じた。
 水滴となったステファンは空気中の水分を取り込んで膨らみ、やがて重さに耐えられなくなって森の上に降った。降って、葉の上を転がり、さらに幾重にも重なった葉の上で跳ね、そして地面へ。
 地面の上は柔らかい苔でおおわれている。落ちたステファンは、今度は自分が木の葉よりも平べったく、薄く、どこまでもどこまでも広がっていくのを感じた。広がりながら、苔の上に、腐葉土の下に、大地を走る樹の根に、幹に、そして枝にも葉の一枚一枚にも、目に見えぬ小さな存在が動いているのを、まるで自分の身の内で起こっていることのようにはっきりと感じ取った。 
――生きている。いっぱい、いろんな者達が生きている。ああそうか、さっきの鼓動は巨大樹だけのものじゃない。この森全体の鼓動だったんだ――
 ステファンの胸の内が温かくなってきた。と同時に、再び樹に引き寄せられる感覚を覚えた。

 突然頭の中がしんと冴え渡って、ステファンは目を開けた。頬っぺたにごつごつとした樹皮の感触――さっき樹の鼓動を聞き取ろうとしたのと同じ姿勢のままだ。ステファンは巨大樹を見上げ、ほうっと息を吐いた。今のはなんだったのだろう? 風や水滴になった時の感覚がまだ鮮明に残っている。
 折り重なった緑の葉の隙間から、木漏れ日がさし始めた。もう雨は止んだに違いない。
「ええと……ありがとう!」
 今度は声に出して礼を言うと、両手でしっかりと巨大樹を抱きしめた。

 ステファンは振り向いた。背後の森が、さっきとは違って見える。
 誰も居ないどころではない。いたるところに、何かの鼓動が満ちている。あれほど怖いと思った「何者か」に、ステファンは急に呼びかけたくなった。
「――おおい!」
 ステファンは歩み出した。五本の指と足裏全体で、ビロードのようにふかふかとした苔をしっかりと踏みしめた。
「やあ、クモ。やあ、カタツムリ」
 オーリの口調を真似しながら、ステファンは目に触れる者に片っ端から声をかけた。
 頭上で、アカゲラが甲高い声をあげた。陽がさすのを待っていたかのように、木の洞から茶色いリスが顔を出している。
「やあキツツキ。やあ茶色リス。羽虫に、カブトムシに、ええと」
 両手を広げ、森の匂いをいっぱいに吸い込む。ここに居る全ての者達の名前が知りたい。
「おおい! おおおーい!」
 何と呼びかけていいのかわからないまま、ステファンは駆け出した。さっきのように逃げるのではない、むしろ近づきたかった。あの「何者か」たちに触れたかった。ステファンは体中を声にして力いっぱい叫び、走り、ジャンプした。時折木の根に足をとられて転んだが、構わず起き上がっては走り、大地を蹴ってジャンプ、またジャンプした。さっき風になった時のように。水滴となって葉の上を跳ねたように。そして……

 いきなり何かにドンと突き当たって、ステファンは息を切らしながら目を見開いた。
「お帰り。案外早かったな」
 オーリが笑みを浮かべてそこに立っていた。
「先生……!」
 ステファンはさっきの不思議な出来事をオーリに告げようとした。が、口の端から飛び出したのは、全く別の言葉だった。
「先生、ぼく知りたい! もっといっぱい知りたいんだ! 教えてください、ぼくの力って何? 魔法って何!」
「よし、合格!」
 オーリの水色の瞳が力強く頷いた。

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