1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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翌日は朝から雨が降っていた。
「ステファン、修行はじめだ。森へ行こう」
オーリは散歩にでも誘うような口調で言った。
「え? でも雨が降っているのに?」
「雨だからいいんだよ。マーシャに長靴を出してもらっておいで」
霧のような雨が降る中を、オーリは黒いローブだけで傘もささずに歩いていく。
「やあ男爵。やあ皇帝陛下どの」
庭に咲き誇る花々の間を歩きながら、オーリは時々挨拶の声を掛けた。
大きすぎるレインコートのフードを目の上に引っ張り上げて、ステファンはきょろきょろと辺りを見回した。オーリとステファン以外、人影は見えない。
「先生、この庭に誰か居るんですか?」
「居るさ、もちろん。そのうちわかるよ、君にも」
オーリはいたずらっぽい微笑を浮かべて庭の奥に続く森に向かった。
森の中はうす暗く、不思議な匂いに満ちていた。
大きな歩幅で歩くオーリに置いていかれないように気をつけながら、ステファンは昨夜から気になっていたことを思い切って聞いた。
「先生、アトラスさんは? 帰ったんですか?」
「ああ、そうらしいな」
「あの、昨日言ってたことだけど、竜や竜人がたどった道は……って、どういうことですか?」
幾重にも折り重なった木の葉から、オーリの肩に雫がパラパラと落ちてきた。
「ステファン、ここに来るまでに君は竜を見たことがあったかい?」
「いいえ。お話の中にしか居ない、想像上の生き物だと思ってました」
「じゃ、魔法使いは?」
「そういう人が居るとは聞いてたけど、実際先生に会うまでは、まさかと思ってました」
「正直だな」
広い背中が笑い声とともに揺れた。
「つまり、そういうことだ。竜や、竜人や、魔法使いなんて人々から忘れられつつある。忘れられるということは、存在しなくなることに等しい」
ステファンは改めてショックを受けた。
「じゃ、じゃあぼく、魔法の修行なんてしても誰にも認められない?」
オーリは歩みを止めて振り返った。
「認められなかったとして、じゃあ君は、見えないはずのものが見えたりラジオを壊してしまったりする力を、無かった事になんてできるかい?」
ステファンは首を振った。そんなことができるなら、家でも学校でも苦労はしなかった。
「だろう?わたしにもできないよ」
オーリは誰も居ない空間に手を伸ばした。
「この世界は、目に見えない曖昧な力に満ちている。わたしはその力を集めて、何かの形として表現せずにはいられない。雨は天から大地に向けて降る。木々は大地から天を目指して伸びる。それは誰にも止められない。魔法も同じことだ。やむにやまれない力、それを意識的に操ることに長けた者が、魔法使いと呼ばれるんだ」
宙に向けたオーリの指先を見つめていると、今にも眩いスパークが飛び出すのではないかという気がして、ステファンは息をつめた。
「安心しなさい、こんな湿気の多い日にスパークなんて出せないよ」
オーリは何かを掴むような仕草をして、その手でステファンの胸をドン、と突いた。
「じゃ、健闘を祈る」
そう声が聞こえたかと思うと、オーリの姿はかき消えていた。
「せ、先生?」
ステファンは慌てて周りを見た。
「オーリ先生!どこ?」
声が木々の間に吸い込まれていく。辺りにはオーリの姿どころか、気配すら感じない。
「どういうこと……?」
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「ステファン、修行はじめだ。森へ行こう」
オーリは散歩にでも誘うような口調で言った。
「え? でも雨が降っているのに?」
「雨だからいいんだよ。マーシャに長靴を出してもらっておいで」
霧のような雨が降る中を、オーリは黒いローブだけで傘もささずに歩いていく。
「やあ男爵。やあ皇帝陛下どの」
庭に咲き誇る花々の間を歩きながら、オーリは時々挨拶の声を掛けた。
大きすぎるレインコートのフードを目の上に引っ張り上げて、ステファンはきょろきょろと辺りを見回した。オーリとステファン以外、人影は見えない。
「先生、この庭に誰か居るんですか?」
「居るさ、もちろん。そのうちわかるよ、君にも」
オーリはいたずらっぽい微笑を浮かべて庭の奥に続く森に向かった。
森の中はうす暗く、不思議な匂いに満ちていた。
大きな歩幅で歩くオーリに置いていかれないように気をつけながら、ステファンは昨夜から気になっていたことを思い切って聞いた。
「先生、アトラスさんは? 帰ったんですか?」
「ああ、そうらしいな」
「あの、昨日言ってたことだけど、竜や竜人がたどった道は……って、どういうことですか?」
幾重にも折り重なった木の葉から、オーリの肩に雫がパラパラと落ちてきた。
「ステファン、ここに来るまでに君は竜を見たことがあったかい?」
「いいえ。お話の中にしか居ない、想像上の生き物だと思ってました」
「じゃ、魔法使いは?」
「そういう人が居るとは聞いてたけど、実際先生に会うまでは、まさかと思ってました」
「正直だな」
広い背中が笑い声とともに揺れた。
「つまり、そういうことだ。竜や、竜人や、魔法使いなんて人々から忘れられつつある。忘れられるということは、存在しなくなることに等しい」
ステファンは改めてショックを受けた。
「じゃ、じゃあぼく、魔法の修行なんてしても誰にも認められない?」
オーリは歩みを止めて振り返った。
「認められなかったとして、じゃあ君は、見えないはずのものが見えたりラジオを壊してしまったりする力を、無かった事になんてできるかい?」
ステファンは首を振った。そんなことができるなら、家でも学校でも苦労はしなかった。
「だろう?わたしにもできないよ」
オーリは誰も居ない空間に手を伸ばした。
「この世界は、目に見えない曖昧な力に満ちている。わたしはその力を集めて、何かの形として表現せずにはいられない。雨は天から大地に向けて降る。木々は大地から天を目指して伸びる。それは誰にも止められない。魔法も同じことだ。やむにやまれない力、それを意識的に操ることに長けた者が、魔法使いと呼ばれるんだ」
宙に向けたオーリの指先を見つめていると、今にも眩いスパークが飛び出すのではないかという気がして、ステファンは息をつめた。
「安心しなさい、こんな湿気の多い日にスパークなんて出せないよ」
オーリは何かを掴むような仕草をして、その手でステファンの胸をドン、と突いた。
「じゃ、健闘を祈る」
そう声が聞こえたかと思うと、オーリの姿はかき消えていた。
「せ、先生?」
ステファンは慌てて周りを見た。
「オーリ先生!どこ?」
声が木々の間に吸い込まれていく。辺りにはオーリの姿どころか、気配すら感じない。
「どういうこと……?」
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