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1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。 ちょいレトロ風味の魔法譚。
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「おっと、風が変わった」
 アトラスは首をひねり、いきなり斜めに旋回した。
「ひややぁぁぁ!」
「こんくらいでわめくなチビ、見せ場はこれからだ!」
 いきなり身体が宙に浮く感じがしたかと思うと、アトラスが急降下を始めていた。
「わああ墜ちる! 墜ちるーっ!」
恐慌パニックを起こす、とはこういうことか。ステファンはロープを離してしまい、慌ててオーリの腕を掴んだ。
「だらしないぞステファン! ひゃーっほほうー!」
 オーリはと言えばむしろ楽しそうに頭の上で叫んでいる。
「とめてとめてとめてーっ!」
 叫んだところで止まるわけがない。怖さに耐え切れず思わず目を閉じる。何度か母を呼ぶ言葉を叫びそうになったが、かろうじて我慢した。いつまで続くのだろう、と思い始めた頃、急に胃の底に重力を感じて、ステファンは再びアトラスが上昇を始めたのを知った。
「よーし、風に乗った! アトラス、さすがだ」
「へへっ、造作もないさ」
「ステファン、いつまでしがみついている? しっかり目を開けて見ておかないと損だよ」
 頭を小突かれて恐る恐る目を開けると、いつのまにか虹は消え、夕空の中をアトラスは飛んでいた。
「すごい……」
 ステファンはひととき、怖さを忘れた。
 周り中が黄金色と紫の陰影で染め上げられた織物のようだ。刻々と姿を変える雲はさながらプラチナ繊維の縫い取り。このうえなく贅沢なローブを羽織り、自然という名の偉大な魔法使いが天空を駆けてゆく。
「ああ、悔しいな、とても表現できないな……」
 言葉とは裏腹に、むしろ嬉しそうなオーリのつぶやきが聞こえてきた。
 夕空の中を縫うように、アトラスは巧みに風を読み、上昇気流に乗り、そしてまた降下、それを繰り返す。
 怖い。怖いが、だんだん背骨の芯がかゆくなる。ステファンは笑いだした。
「ハハ……ハハハハハ」
「そうだステファン、笑え笑え、大声で笑え!」
「ハーッハハハハハ!」
 最初はなんで自分が笑っているのかわからなかった。が、だんだん本当に愉快になって、いつの間にかステファンは大声で笑っていた。
 楽しい。なんだか笑い声につられて身体中から余計なものが吹き飛んでいく。
「アトラス、家まであと一息だ、そのまま西へ!」
「おうよ!」
「わぁおおうー!」
 拳を振り上げ、ステファンも叫ぶ。
 強い風を受けながら、アトラスの翼は力強く羽ばたいた。

 やがて眼下に、森に囲まれた一軒の白い家が見えてきた。
 アトラスはその庭に向かって降下し、風を巻き上げながら降り立った。重量感のある音と共に振動で庭木の枝が揺れる。
「ご苦労さん、アトラス。いい飛行だったよ」
「なかなかどうして、先生もやるもんだな」
「今日はエレインも居るからゆっくりしてってくれ。中庭に酒樽を用意させてる」
「エレインねえが? そりゃいいや。久しぶりに飲むか」
 ふたりの会話を聞きながら、ステファンは苦労して地面に降りた。
 脚がまだ震えて力が入らない。でもそれは、怖さからだけではなかった。
「ありがとう、アトラスさん」
 ステファンは黒い翼竜の顔を、尊敬を込めて見上げた。
 その表情を見てオーリは満足そうに頷くと、腰をかがめ、ステファンの目を見て言った。
「ウォームアップ終わり!」
「え?」
「修行の準備だよ。なかなかいい声で笑えるじゃないか。赤ん坊が言葉を覚える時も、まず笑う事から始めるんだ。魔法も同じこと。口先で呪文を唱えるんじゃない、腹の底から声が出せるくらいでなくちゃ。君は、ここしばらく大声で笑った事がなかったんじゃないか?」
 なんでそんなことがわかるんだろう、とステファンは目を見開いた。
「チビ、うまく操ってくれた先生に感謝しろよ。俺ひとりじゃとっくに振り落としてたぜ」
 からかうようなアトラスの言葉に改めてオーリの顔をよく見ると、額に玉の汗が浮かんでいる。アトラスに自由に飛びまわらせているように見せて、実は相当な力を使って操っていたのかもしれなかった。
「あ、ありがとうございました!」
 ステファンはぴょこんと頭を下げた。

 オーリはおかしそうに声を立てて笑い、ステファンの背中を押して、後ろの白い家を指し示した。
「そら、あれが魔法使いの家ってやつだ」
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こんにちは♪
ステファンが笑ったシーン、思わずじわっと来ちゃいました。
分かってないんですよね、本人は。
そうそう、子供はここで絶対に悲鳴を上げて喜びますよ~♪
それでいてお母さんを心配したり、「ママ、怖いよ~」を我慢したり。
いい子です~(@∀@。
オーリもカッコイイし、アトラスは楽しいし♪
ふふ、また続きが楽しみになりました♪

「スターレッド」!!実は、それが浮かんでました!一番印象深い作品でした~!が。読んだのは小学生の頃。きっちり内容を理解して覚えているかというと微妙だなと。ひどくやりきれない悲しみを覚えました。今読むときっともっと深く理解できるんでしょうね!
ふふ。年齢はともかく♪
らんらら URL 2008/01/22(Tue)12:07: 編集
じつは・・・
アトラスの飛行シーンでは、家の中で萎縮してた子供の心がパァーッと解放される描写を入れたくて。
それで思い出したのが、遊園地に行った折、ウン年ぶりにジェットコースターに乗るはめになった時の感覚。
恐いんだけど、勝手に笑っちゃうんですよね。

ステファンはいい子ですよ~。でもあんまり「いい子」に書きすぎちゃっても面白くないな、と最近反省(?)もしてるんです。
うちにも男の子居ますけど、10歳の頃ってこんなに可愛くなかったもん(-_-メ)
ま、いいさ。キャラクターには願望を託してますから(笑)

アトラスはまた後ほど出てきますよ。お楽しみに。




松果 2008/01/22(Tue)12:35: 編集
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趣味で始めたはずの小説にはまってしまった物書き初心者。ちょいレトロなものが好き。ラノベほど軽くはなく、けれど小学生も楽しめる文章を、と心がけています。
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