1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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森での一件以来、ステファンは裸足で遊ぶことが多くなった。芝生のある中庭はもちろん、一見生え放題のように見える裏庭や菜園、はては森の中まで。自分の足裏で地面を蹴り、土の力強さを受け止めて走ると、不思議に力が満ちてくる。わずか数日でステファンはすっかり日焼けし、足裏の皮膚は丈夫になった。
そうして遊ぶうちに、森の中だけでなく、この家の庭にもいろんな住人が居るのに気付くようになった。姿のある者、無い者、生物なのかそうでないのか分からない者……それらを「妖精」と呼ぶべきかは知らないが。
オーリが「男爵」と呼んでいた者はガーゴイルの、「皇帝陛下」はヒキガエルの姿をして時々現れた。住人たちは悪戯をするわけでもなく、時々はマーシャを手伝って菜園の世話をする者さえ居るが、ステファンが声を掛けると慌てて走り去るのがおかしかった。
「ステフ、ちょっと上がってきてくれないか」
裏庭で尺取虫とにらめっこをしていたステファンに、二階の窓からオーリが声を掛けてきた。最近、オーリやエレインはこの呼び方が気に入っているようだ。女の子みたいで嫌なんだけどなあ、と思いながらステファンは急いで足の泥をぬぐい、階段を駆け上った。
南北に長いL字型をしているこの家は、北側、つまり「L」の短い部分が後から増築されたようだ。二階の角はオーリの寝室、その隣から端までがアトリエ兼書斎になっている。
部屋に近づくと、廊下にまで絵の具の匂いが漂ってくる。と共に、不機嫌そうなエレインの声が聞こえてきた。
「――あたしまで巻き込まないでよね。だいたいオーリが甘やかすから……」
ステファンは遠慮がちに、開け放したままのドアをノックした。
「や、ステフ。良かった、力を借りたいんだ」
オーリがほっとしたような顔で振り向いた。
「力って、ぼくの?」
「ああ、君の得意分野だ。エレイン、もうドアを閉めてもいいぞ」
「偉そうに言わないでよ」
ムスッとした顔でエレインがドアを閉め、同時にオーリが杖を振って窓とよろい戸を全て閉めた。こうなると、部屋の明かりは、天窓から差し込むわずかな光だけになってしまう。
「な、何が始まるんですか?」
「迷子を捜すんだよ」
オーリが神妙な顔をした。
「なーにが迷子よ、勝手に脱走したんでしょ。オーリがインク壷のフタをちゃんと閉めないから」
「はいはい悪かったよ。確かにアガーシャの力を甘く見てた」
「あのう、話がわかんないんだけど……」
ステファンはまごついて二人の顔をかわるがわる見た。
「アガーシャってのは、オーリのインク壷に棲んでる妖精よ。それとも使い魔だっけ?」
「そういう言い方をすると、余計にヘソを曲げるぞ……ステフ、姿の無いやつらの気配が、君にはわかるね?」
「あ、はい、なんとなくだけど」
「それで充分だ。とにかく、逃げ出したアガーシャを早く探したい。物体にくっつくのが好きだから、この部屋の中で何かに潜んでると思うんだ。微かだが青く発光してるはずだ、それを見つけ出してくれ」
奇妙な捜し物――オーリに言わせれば迷子捜し――が始まった。
アトリエと書斎を兼ねる長方形の部屋は、さして広くはないが、なにしろ色んな物が置いてある。窓の近くには大小のイーゼルに描きかけの絵、絵の具に筆に油類。窓の無い側の壁は棚にキャンバスの数々、丸めたままの画布、額縁、おびただしい数の本、雑多な紙類。意味不明のオブジェ、もしくは魔道具。加えて入り口正面には重厚な木の机があり、幾つかのインク瓶やペン類の横にはタイプライターが置かれている。
ステファンはその机に目を留めた。
変だ。羽根ペンが十本ばかり、上質の皮製ホルダーにきちんと収まっているが、そこだけ生き物のような気配が漂っている。それにタイプライターも。
机に近づこうとするステファンに、オーリが声を掛けた。
「ああ、言い忘れていたけど、その羽根ペンはもともと生きている。そういう魔道具なんだ。それにタイプライターにはガーリャってやつが棲みついてるから、そこは違うだろうな」
ステファンは驚いた。
「いったいここには、何種類の“住人”が居るんですか?」
「さあて何種類だっけ、数えたことないなあ」
屈託なく笑うオーリの顔を、ステファンは呆れながら見上げた。
「いいから早く捜しましょ、この暑いのに閉め切った部屋に長居するなんて、まっぴらだからね!」
エレインはますます不機嫌になりつつある。
そうして遊ぶうちに、森の中だけでなく、この家の庭にもいろんな住人が居るのに気付くようになった。姿のある者、無い者、生物なのかそうでないのか分からない者……それらを「妖精」と呼ぶべきかは知らないが。
オーリが「男爵」と呼んでいた者はガーゴイルの、「皇帝陛下」はヒキガエルの姿をして時々現れた。住人たちは悪戯をするわけでもなく、時々はマーシャを手伝って菜園の世話をする者さえ居るが、ステファンが声を掛けると慌てて走り去るのがおかしかった。
「ステフ、ちょっと上がってきてくれないか」
裏庭で尺取虫とにらめっこをしていたステファンに、二階の窓からオーリが声を掛けてきた。最近、オーリやエレインはこの呼び方が気に入っているようだ。女の子みたいで嫌なんだけどなあ、と思いながらステファンは急いで足の泥をぬぐい、階段を駆け上った。
南北に長いL字型をしているこの家は、北側、つまり「L」の短い部分が後から増築されたようだ。二階の角はオーリの寝室、その隣から端までがアトリエ兼書斎になっている。
部屋に近づくと、廊下にまで絵の具の匂いが漂ってくる。と共に、不機嫌そうなエレインの声が聞こえてきた。
「――あたしまで巻き込まないでよね。だいたいオーリが甘やかすから……」
ステファンは遠慮がちに、開け放したままのドアをノックした。
「や、ステフ。良かった、力を借りたいんだ」
オーリがほっとしたような顔で振り向いた。
「力って、ぼくの?」
「ああ、君の得意分野だ。エレイン、もうドアを閉めてもいいぞ」
「偉そうに言わないでよ」
ムスッとした顔でエレインがドアを閉め、同時にオーリが杖を振って窓とよろい戸を全て閉めた。こうなると、部屋の明かりは、天窓から差し込むわずかな光だけになってしまう。
「な、何が始まるんですか?」
「迷子を捜すんだよ」
オーリが神妙な顔をした。
「なーにが迷子よ、勝手に脱走したんでしょ。オーリがインク壷のフタをちゃんと閉めないから」
「はいはい悪かったよ。確かにアガーシャの力を甘く見てた」
「あのう、話がわかんないんだけど……」
ステファンはまごついて二人の顔をかわるがわる見た。
「アガーシャってのは、オーリのインク壷に棲んでる妖精よ。それとも使い魔だっけ?」
「そういう言い方をすると、余計にヘソを曲げるぞ……ステフ、姿の無いやつらの気配が、君にはわかるね?」
「あ、はい、なんとなくだけど」
「それで充分だ。とにかく、逃げ出したアガーシャを早く探したい。物体にくっつくのが好きだから、この部屋の中で何かに潜んでると思うんだ。微かだが青く発光してるはずだ、それを見つけ出してくれ」
奇妙な捜し物――オーリに言わせれば迷子捜し――が始まった。
アトリエと書斎を兼ねる長方形の部屋は、さして広くはないが、なにしろ色んな物が置いてある。窓の近くには大小のイーゼルに描きかけの絵、絵の具に筆に油類。窓の無い側の壁は棚にキャンバスの数々、丸めたままの画布、額縁、おびただしい数の本、雑多な紙類。意味不明のオブジェ、もしくは魔道具。加えて入り口正面には重厚な木の机があり、幾つかのインク瓶やペン類の横にはタイプライターが置かれている。
ステファンはその机に目を留めた。
変だ。羽根ペンが十本ばかり、上質の皮製ホルダーにきちんと収まっているが、そこだけ生き物のような気配が漂っている。それにタイプライターも。
机に近づこうとするステファンに、オーリが声を掛けた。
「ああ、言い忘れていたけど、その羽根ペンはもともと生きている。そういう魔道具なんだ。それにタイプライターにはガーリャってやつが棲みついてるから、そこは違うだろうな」
ステファンは驚いた。
「いったいここには、何種類の“住人”が居るんですか?」
「さあて何種類だっけ、数えたことないなあ」
屈託なく笑うオーリの顔を、ステファンは呆れながら見上げた。
「いいから早く捜しましょ、この暑いのに閉め切った部屋に長居するなんて、まっぴらだからね!」
エレインはますます不機嫌になりつつある。
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