1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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「もう二年になるのになぁ」
客間からユーリアンも出てきて、ため息をついた。
「まだ二年、だよ。エレインは普段、快活な守護者として振舞っているけど、竜人を迫害した人間を決して許しちゃいない。だから新月が来る度に、フィスス族最後の日を思い出して、ああして荒れるんだろう」
「馬鹿か。お前の事を言ってるんだよ。エレインさんがここに来て二年になるのに、何もわかっていないな」
褐色の手がオーリの顔を指差した。
「その水色の目は、ふし穴か? オーリローリ、お前は余計な物は見えるくせに、一番近くが見えないんだな。竜人は人間みたいにヤワじゃない。荒れている原因は過去にじゃなく現在にあるんじゃないか? だいたい“守護者”なんて中途半端な立場のままで放っておくのが悪い。さっさと告……」
「おおそうだ! 荷物の開封をしないと!」
オーリは二階を気にしながらわざとらしい大声を出した。
「そうやってはぐらかすんだよな。まったくこの男は、魔法じゃ優秀なくせに……」
呆れたように顔をしかめて、ユーリアンはステファンに向き直った。
「扱いにくい師匠だろ? 嫌になったらうちに来な、いつでも歓迎するから」
ステファンはどう答えてよいかわからず、曖昧に笑ってすませた。
「おい、風が湿ってきたぜ。雨に降られたくなけりゃ、もうそろそろ発たねえと」
アトラスが空を見上げて大きな鼻をひくつかせている。
「ユーリアン、開封に立ち合わないのか?」
「そうしたいけどね、夕食までに帰るってトーニャと娘に約束してるんだ。魔女の機嫌を損ねると大変なんだよ」
「そりゃ怖いね、たしかに」
笑ってオーリが差し出すローブを受け取りながら、ユーリアンは小声で耳打ちした。
「気をつけろよ。近々“竜人管理法”が改正されて規制が厳しくなる。守護者って肩書きだけじゃエレインの立場は苦しくなるぞ」
オーリは目を見開いて相手を見返した。
「確かか?」
「ああ。だから、よく考えろ。人間界で彼女を守るために、どうするのが最善か」
「わかった、忠告ありがとう」
お互いに肩を軽く叩いて、オーリは後ろに下がった。
アトラスの羽ばたきが中庭の木々を揺らし、その背中でユーリアンが手を振る。
「美味しいお茶をどうも、マーシャさん。ステファン、次に会うときは――!」
最後まで聞き取れないうちに、アトラスは飛び立ってしまった。
「エレイン様ったら、お見送りに間に合いませんでしたわねえ」
マーシャが残念そうに頭を振った。が、オーリは二階からエレインがそっと手を振っているのに気付いていた。
「どうするのが最善かって? それがわかるような魔法があれば……!」
二階の窓に揺れる赤い巻き毛を見つめながら、オーリは苦い表情でつぶやいた。
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
客間からユーリアンも出てきて、ため息をついた。
「まだ二年、だよ。エレインは普段、快活な守護者として振舞っているけど、竜人を迫害した人間を決して許しちゃいない。だから新月が来る度に、フィスス族最後の日を思い出して、ああして荒れるんだろう」
「馬鹿か。お前の事を言ってるんだよ。エレインさんがここに来て二年になるのに、何もわかっていないな」
褐色の手がオーリの顔を指差した。
「その水色の目は、ふし穴か? オーリローリ、お前は余計な物は見えるくせに、一番近くが見えないんだな。竜人は人間みたいにヤワじゃない。荒れている原因は過去にじゃなく現在にあるんじゃないか? だいたい“守護者”なんて中途半端な立場のままで放っておくのが悪い。さっさと告……」
「おおそうだ! 荷物の開封をしないと!」
オーリは二階を気にしながらわざとらしい大声を出した。
「そうやってはぐらかすんだよな。まったくこの男は、魔法じゃ優秀なくせに……」
呆れたように顔をしかめて、ユーリアンはステファンに向き直った。
「扱いにくい師匠だろ? 嫌になったらうちに来な、いつでも歓迎するから」
ステファンはどう答えてよいかわからず、曖昧に笑ってすませた。
「おい、風が湿ってきたぜ。雨に降られたくなけりゃ、もうそろそろ発たねえと」
アトラスが空を見上げて大きな鼻をひくつかせている。
「ユーリアン、開封に立ち合わないのか?」
「そうしたいけどね、夕食までに帰るってトーニャと娘に約束してるんだ。魔女の機嫌を損ねると大変なんだよ」
「そりゃ怖いね、たしかに」
笑ってオーリが差し出すローブを受け取りながら、ユーリアンは小声で耳打ちした。
「気をつけろよ。近々“竜人管理法”が改正されて規制が厳しくなる。守護者って肩書きだけじゃエレインの立場は苦しくなるぞ」
オーリは目を見開いて相手を見返した。
「確かか?」
「ああ。だから、よく考えろ。人間界で彼女を守るために、どうするのが最善か」
「わかった、忠告ありがとう」
お互いに肩を軽く叩いて、オーリは後ろに下がった。
アトラスの羽ばたきが中庭の木々を揺らし、その背中でユーリアンが手を振る。
「美味しいお茶をどうも、マーシャさん。ステファン、次に会うときは――!」
最後まで聞き取れないうちに、アトラスは飛び立ってしまった。
「エレイン様ったら、お見送りに間に合いませんでしたわねえ」
マーシャが残念そうに頭を振った。が、オーリは二階からエレインがそっと手を振っているのに気付いていた。
「どうするのが最善かって? それがわかるような魔法があれば……!」
二階の窓に揺れる赤い巻き毛を見つめながら、オーリは苦い表情でつぶやいた。
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