1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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ユーリアンの言葉は的を射ていたかもしれない。
新月を過ぎてもエレインの機嫌は良くなるどころか、ますます頻繁にオーリとぶつかるようになった。何かがエレインを怒らせ、悲しませている。それが何なのか、ステファンにはわからない。オーリはオーリで新しい仕事が忙しいらしく、楽しみにしていたオスカーのコレクション整理はなかなか進まないでいた。
「あたしにどうしろっての! オーリの言ってる事なんてわかんないよ!」
書庫から出てきたステファンの耳に、エレインの声が突き刺さった。さんざん大声で怒鳴り散らした挙句森に消えていくエレインを見て、ステファンはとうとうオーリに抗議した。
「先生、エレインとケンカしないで!」
「どうしたステフ、泣きそうな顔して……エレインなら大丈夫だよ。あんなのケンカでもなんでもない」
「うちのお父さんも前はそういってたよ」
ステファンの目は怒りを含んだまま、涙を浮かべている。
「“ステファン大丈夫だよ、お母さんとはケンカしてるわけじゃない、意見が合わないだけだよ”って。でも結局、リコンになっちゃったじゃないか」
オーリはマーシャと顔を見合わせた。
「まあま坊ちゃん、オーリ様たちは心配ないですよ、いつもすぐ仲直りなさってます。それに魔法使いと守護者の契約は絶対ですから」
「そういう問題じゃなくて!」
ステファンはこぶしを固めてぷるぷると震わせている。
オーリはその表情をじっと見ていたが、やがて冷ややかに言った。
「余計な心配させて悪かったね、ステフ。でも君の両親の問題と一緒くたにされては困るな」
「オーリ様!」
「黙って、マーシャ。わたしはステフが子供だからって気休めを言うつもりはない。いいかいステフ、君が両親のことで傷ついているのはわかる。でもそれとこれとははまったく別の問題だ。誰だって辛い事のひとつやふたつは抱えている。でもそれは各々で向き合うしかないんだ。今のエレインの問題は、わたしとエレインで解決するしかないんだよ」
「大人の話だから、子供は口をはさむなってこと?」
ステファンは鳶色の目に涙を溜めてオーリを睨んだ。
「意見するのは君の勝手だ。でもわたしたちは議論を止めるつもりはない、と言っているんだ」
ステファンは弾かれたように階段を駆け上った。
あんな冷たい言い方はない、と思った。ポケットの中で鍵束ががちゃがちゃ鳴っている。ステファンはそれを取り出すと、砦に立てこもるように書庫に飛び込み、鍵を閉めた。
しんとした書庫の中でドアを背にすると、悔しくて涙が溢れてきた。
どうして大人達は、いさかいばかりするのだろう。オーリは別の問題だ、と言ったが、そうは思えない。目の前に、迷路のような書架が並んでいる。ステファンは腹立ち紛れに、書架の奥へ、奥へとやみくもに進んでいった。
父オスカーが母を愛していたように、オーリがエレインを愛していることくらい、十歳のステファンにだってわかる。――だったら、ずっと仲良くしていればいいんだ。大声で怒鳴ったり言い争ったりするのを聞くのは、もう嫌だ。オーリの顔も、エレインの顔も見たくない。あんな突き放した言い方をするなら、もう心配なんかしてやらない。オーリは父と同じ世界を持っている人だと思っていたけど、やっぱり違う――
無性に父に会いたい、と思った。父オスカーなら、こんな時、何と言ってくれるだろう? ステファンは書庫の一番奥にあるNo.5の“保管庫”を探した。
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
新月を過ぎてもエレインの機嫌は良くなるどころか、ますます頻繁にオーリとぶつかるようになった。何かがエレインを怒らせ、悲しませている。それが何なのか、ステファンにはわからない。オーリはオーリで新しい仕事が忙しいらしく、楽しみにしていたオスカーのコレクション整理はなかなか進まないでいた。
「あたしにどうしろっての! オーリの言ってる事なんてわかんないよ!」
書庫から出てきたステファンの耳に、エレインの声が突き刺さった。さんざん大声で怒鳴り散らした挙句森に消えていくエレインを見て、ステファンはとうとうオーリに抗議した。
「先生、エレインとケンカしないで!」
「どうしたステフ、泣きそうな顔して……エレインなら大丈夫だよ。あんなのケンカでもなんでもない」
「うちのお父さんも前はそういってたよ」
ステファンの目は怒りを含んだまま、涙を浮かべている。
「“ステファン大丈夫だよ、お母さんとはケンカしてるわけじゃない、意見が合わないだけだよ”って。でも結局、リコンになっちゃったじゃないか」
オーリはマーシャと顔を見合わせた。
「まあま坊ちゃん、オーリ様たちは心配ないですよ、いつもすぐ仲直りなさってます。それに魔法使いと守護者の契約は絶対ですから」
「そういう問題じゃなくて!」
ステファンはこぶしを固めてぷるぷると震わせている。
オーリはその表情をじっと見ていたが、やがて冷ややかに言った。
「余計な心配させて悪かったね、ステフ。でも君の両親の問題と一緒くたにされては困るな」
「オーリ様!」
「黙って、マーシャ。わたしはステフが子供だからって気休めを言うつもりはない。いいかいステフ、君が両親のことで傷ついているのはわかる。でもそれとこれとははまったく別の問題だ。誰だって辛い事のひとつやふたつは抱えている。でもそれは各々で向き合うしかないんだ。今のエレインの問題は、わたしとエレインで解決するしかないんだよ」
「大人の話だから、子供は口をはさむなってこと?」
ステファンは鳶色の目に涙を溜めてオーリを睨んだ。
「意見するのは君の勝手だ。でもわたしたちは議論を止めるつもりはない、と言っているんだ」
ステファンは弾かれたように階段を駆け上った。
あんな冷たい言い方はない、と思った。ポケットの中で鍵束ががちゃがちゃ鳴っている。ステファンはそれを取り出すと、砦に立てこもるように書庫に飛び込み、鍵を閉めた。
しんとした書庫の中でドアを背にすると、悔しくて涙が溢れてきた。
どうして大人達は、いさかいばかりするのだろう。オーリは別の問題だ、と言ったが、そうは思えない。目の前に、迷路のような書架が並んでいる。ステファンは腹立ち紛れに、書架の奥へ、奥へとやみくもに進んでいった。
父オスカーが母を愛していたように、オーリがエレインを愛していることくらい、十歳のステファンにだってわかる。――だったら、ずっと仲良くしていればいいんだ。大声で怒鳴ったり言い争ったりするのを聞くのは、もう嫌だ。オーリの顔も、エレインの顔も見たくない。あんな突き放した言い方をするなら、もう心配なんかしてやらない。オーリは父と同じ世界を持っている人だと思っていたけど、やっぱり違う――
無性に父に会いたい、と思った。父オスカーなら、こんな時、何と言ってくれるだろう? ステファンは書庫の一番奥にあるNo.5の“保管庫”を探した。
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