1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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「冷たい物のほうがよろしかったでしょうかねえ」
マーシャはお茶を勧めながら、遠来の客を気遣った。
「とんでもない、マーシャさんのお茶は最高ですよ。最近派手に宣伝してる外国産の黒い炭酸飲料ね、あれなんていけません。折角のお菓子がまずくなる」
ユーリアンは薫り高いマーシャのお茶と焼き菓子を楽しみながら、客間の天井を見上げた。
「いいねえ、僕もいつかはこんな古い屋敷に住みたいもんだ。特にあのレリーフ。素晴らしいね」
白い天井はいくつもの正方形に区切られ、その一つ一つに美しい紋様が浮き彫りになっている。
「だろ? あれが気に入ってるから、改装のときも気を使ったんだ」
「お前はこだわりが多いんだよ。アトリエの天窓だって、ステンドグラス用の無色ガラスがいい、なんて言い張るから探すのに苦労したんだぜ」
ステファンは不思議な話を聞く思いだった。天井の模様もアトリエの天窓も、言われるまで気が付かなかった。あんな高い場所にある物なんて普段は視界にすら入らないのだから。
「ユーリアンは建築士なんだ。北側の増築部分は彼の設計だよ」
「じゃあ、あの書庫も?」
「外側だけは、ね。妙ちきりんな魔物と契約して勝手に内部を広げたのはオーリだ。まったく、建築基準法もなにもあったもんじゃない」
「何をいう。きちんと法に則ってるだろう、魔“法”ってやつに」
大人達は爆笑した。
が、ステファンは何が可笑しいのかさっぱりわからなかった。
「よう、エレイン姐は? 今日は留守かい?」
まだ小さい姿のまま、アトラスが行ったり来たりしている。どうやらオーリ達の話に入っていけないのは、彼も同じのようだ。ステファンは玩具のような翼竜をそっと自分の肩に乗せて、庭に出た。
「ねえアトラス、知ってる? 新月にはエレインの魔力が無くなるんだって」
「なんだよ、小さくなった途端に呼び捨てかい? まあいいけどよ。――そうさな、竜人にもいろいろあるからな。エレイン姐の力は、月の満ち欠けに影響されてるってこった」
「魔力が無くなると、どうなるの? まさか、死んじゃったりしないよね?」
ステファンは、最近エレインの様子がおかしいことが心配だった。
「死んだりはしねぇやな。普通の人間と同じになるだけだ。でもそりゃあ闘いで不利になるってことでもあるからな」
「闘いって、悪い妖精をやっつけたりすること?」
アトラスは肩の上から舞い上がると、ステファンを睨んだ。
「いいか、ちびすけ。妖精にいいも悪いもねえ。人間が勝手に区別してるだけだ。むしろ本当に怖いのは……おっエレイン姐、帰ったか!」
嬉しそうなアトラスの声に振り向くと、庭木の陰からエレインが入ってくるところだった。
「よう、どうだいこの格好。男っぷりが上がったと思わねえか?」
アトラスはエレインの目の前で小さい翼を広げてみせた。が、エレインはちらと見ただけで、投げやりに答えた。
「ハイ、アトラス。人間に使われて、そんなに楽しい?」
ステファンは氷に触れたような思いがした。いつものエレインじゃない。
「エレイン!」
いつの間にかオーリが庭に来て、厳しい目を向けていた。
「君は友達にまでそんな態度を……」
「うるさい!」
オーリを押しのけて、エレインは二階に駆け上がってしまった。
「そっとしといてやんなよ、先生。新月、特にこの八月は、竜人フィスス族にとっちゃ思い出したくない魔の月だろうよ。俺だって、消えた仲間のことを思い出す日には、どうにも気が立ってやたら火を吹きたくなるもんだぜ」
「ああ、わかってる。だからこそ君たちを呼んで、少しでも楽しく過ごせたら、と思ったんだがな。ごめんよアトラス」
オーリはアトラスの頭をなで、杖を向けて元の大きさに戻してやった。
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マーシャはお茶を勧めながら、遠来の客を気遣った。
「とんでもない、マーシャさんのお茶は最高ですよ。最近派手に宣伝してる外国産の黒い炭酸飲料ね、あれなんていけません。折角のお菓子がまずくなる」
ユーリアンは薫り高いマーシャのお茶と焼き菓子を楽しみながら、客間の天井を見上げた。
「いいねえ、僕もいつかはこんな古い屋敷に住みたいもんだ。特にあのレリーフ。素晴らしいね」
白い天井はいくつもの正方形に区切られ、その一つ一つに美しい紋様が浮き彫りになっている。
「だろ? あれが気に入ってるから、改装のときも気を使ったんだ」
「お前はこだわりが多いんだよ。アトリエの天窓だって、ステンドグラス用の無色ガラスがいい、なんて言い張るから探すのに苦労したんだぜ」
ステファンは不思議な話を聞く思いだった。天井の模様もアトリエの天窓も、言われるまで気が付かなかった。あんな高い場所にある物なんて普段は視界にすら入らないのだから。
「ユーリアンは建築士なんだ。北側の増築部分は彼の設計だよ」
「じゃあ、あの書庫も?」
「外側だけは、ね。妙ちきりんな魔物と契約して勝手に内部を広げたのはオーリだ。まったく、建築基準法もなにもあったもんじゃない」
「何をいう。きちんと法に則ってるだろう、魔“法”ってやつに」
大人達は爆笑した。
が、ステファンは何が可笑しいのかさっぱりわからなかった。
「よう、エレイン姐は? 今日は留守かい?」
まだ小さい姿のまま、アトラスが行ったり来たりしている。どうやらオーリ達の話に入っていけないのは、彼も同じのようだ。ステファンは玩具のような翼竜をそっと自分の肩に乗せて、庭に出た。
「ねえアトラス、知ってる? 新月にはエレインの魔力が無くなるんだって」
「なんだよ、小さくなった途端に呼び捨てかい? まあいいけどよ。――そうさな、竜人にもいろいろあるからな。エレイン姐の力は、月の満ち欠けに影響されてるってこった」
「魔力が無くなると、どうなるの? まさか、死んじゃったりしないよね?」
ステファンは、最近エレインの様子がおかしいことが心配だった。
「死んだりはしねぇやな。普通の人間と同じになるだけだ。でもそりゃあ闘いで不利になるってことでもあるからな」
「闘いって、悪い妖精をやっつけたりすること?」
アトラスは肩の上から舞い上がると、ステファンを睨んだ。
「いいか、ちびすけ。妖精にいいも悪いもねえ。人間が勝手に区別してるだけだ。むしろ本当に怖いのは……おっエレイン姐、帰ったか!」
嬉しそうなアトラスの声に振り向くと、庭木の陰からエレインが入ってくるところだった。
「よう、どうだいこの格好。男っぷりが上がったと思わねえか?」
アトラスはエレインの目の前で小さい翼を広げてみせた。が、エレインはちらと見ただけで、投げやりに答えた。
「ハイ、アトラス。人間に使われて、そんなに楽しい?」
ステファンは氷に触れたような思いがした。いつものエレインじゃない。
「エレイン!」
いつの間にかオーリが庭に来て、厳しい目を向けていた。
「君は友達にまでそんな態度を……」
「うるさい!」
オーリを押しのけて、エレインは二階に駆け上がってしまった。
「そっとしといてやんなよ、先生。新月、特にこの八月は、竜人フィスス族にとっちゃ思い出したくない魔の月だろうよ。俺だって、消えた仲間のことを思い出す日には、どうにも気が立ってやたら火を吹きたくなるもんだぜ」
「ああ、わかってる。だからこそ君たちを呼んで、少しでも楽しく過ごせたら、と思ったんだがな。ごめんよアトラス」
オーリはアトラスの頭をなで、杖を向けて元の大きさに戻してやった。
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