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1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。 ちょいレトロ風味の魔法譚。
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「味を感じないんでしょう、オーリ」
 トーニャは笑いをこらえるような顔をしている。
「砂を噛む思い、とはまさにこれだな。どういう料理人を雇ったんだ?」
「そうか? シャンパンもラム肉も極上だと思うが」
 ユーリアンは自分のチョップを骨だけにしてしまうと、満足げにナプキンで口を拭った。
「あなたが大叔父様に対して心を閉ざしている限り、ここでは何を口にしても同じでしょうね」
「へえ、光栄だな。じゃあ結構だ、食事が目的で来たわけじゃなし」
 オーリは憮然とした顔で、壁の天使像が持つ皿に食べさしの肉を置いた。天使は途端に顔中口だけの怪物に変わり、ラムチョップをひと呑みにすると、再びすまし顔に戻った。
「そうとんがるなよ。大叔父様が目覚めたら一緒に部屋へ伺おう。それまでは時間を有効に使うんだ、オーリ」
 ユーリアンはトーニャの腕を取ると、さっき話していたのとは別の魔法使いに近づいた。
 最初は硬い表情で挨拶をした相手も、二言三言言葉を交わすうちにたちまち笑い声を立てるようになった。そうしてものの五分とたたないうちに、ユーリアン夫妻の周りには人の輪ができてゆく。
「たいしたものだよ」
 オーリは苦笑いをした。
「彼は“周りと違う”ことを最大の武器にして、人の心をつかんでしまうんだ。職業の選択を間違えたんじゃないかとさえ思えるね」
 ステファンは目を丸くして夫妻を見るうちに、オーリの言葉とは別なことを思った。 
――本当は皆、ユーリアンと話してみたかったんじゃないだろうか。
 なのに、何かが目に見えない障壁になって、人を緊張させ、遠ざけさせる。ユーリアンはあえてその障壁を自分から踏み越えに行ったようにも見える。
 なんで魔法使いたちは、自分からユーリアンに近づこうとしなかったんだろう。一度でも彼と会って話してみれば、誰だってその快活さに魅了されてしまうのに。

 すう、と冷たい風が流れ込んで来た。と共に、静かな衣擦れの音と重々しい気配が近づいてくる。目を向けたステファンは、思わず後ずさった。黒いドレスと円錐形の帽子を被った魔女が数名、こちらに近づいてくる。
「これは伯母上! お久しぶりです」
 オーリは自ら歩み寄って、懐かしそうに先頭の魔女の手を取った。
「元気そうね、オーレグ」
 まるで女王のごとく威厳のある態度でオーリの挨拶を受けた後、魔女は水色の目をステファンに向けた。この顔には見覚えがある。いつかオーリ宛に届いた“虚像伝言”の魔女だ。トーニャのような黒髪の半分は白くなっているが、年はまだ五十代といったところだろうか。オーリと背が変わらないほどの堂々たる体格といい、氷のような目といい、映像で見る以上の迫力だ。ステファンは恐くて動けなくなってしまった。
「この子は?」
「わたしの弟子です。ステファン、こちらはガートルード伯母、トーニャの母上だ。そして一族の魔女ゾーヤ、タマーラ、リンマ……」
 後ろの三人の魔女たちは随分小柄だ。老木のようなシワシワの顔を突き出して興味深げにこちらを覗き込む。
「は、はははじめまし、まし……」
 恐さと緊張で舞い上がったステファンがまともに挨拶の言葉も言い終わらないうちに、三人の魔女は歯の抜けた口をほころばせて取り囲んだ。
「んまあー可愛らしい。オーリャ(注:2)の小さい頃を思い出すねぇ」
「ステンカ、ひ孫と同じ名前だわ」
「こっちぃおいでスチョーパ、タルトはどう?」
 魔女たちはあっという間にステファンの腕を捕らえると、有無を言わさない迫力でデザートを盛ったテーブルのほうへ引っ張っていく。
「ひぃぃっ!」
 ステファンは助けを求めようとオーリを振り返ったが、彼はまだ伯母と話しこんでいる。その間にも三人の魔女は代わる代わる早口で話しかけてくる。大半は彼女らの母国語なのか意味がわからないが、どうやらテーブルのお菓子を取れ、とさかんに勧めているようだ。
 もとより食欲なんてないが、断るとどうなるかわかったものではない。仕方なくいくつか焼き菓子を皿に取って、顔をひきつらせながら口に運ぶと、魔女たちは満足そうに声を立てて笑った。その声さえ恐くて胃が凍りそうだ。それに、悪意が無いのはわかるが“ステンカ”だの“スチョーパ”だの、勝手な愛称で呼ぶのはやめてほしい。早くオーリの話が終わらないかな、と泣きそうな思いで、ステファンは二個目の菓子を口にねじ込んだ。

 オーリはといえば、伯母に連れられて来た別の魔女に挨拶している。随分若くて綺麗な魔女だ。少し話をしたところに、また別の魔女が挨拶に来る。数分のうちに、オーリは何人もの魔女と会話をしなければならないようだった。
 ステファンにもうすうす事情がわかってきた。これは一種のお見合いだ。厳しい監視役のように立つ伯母の傍で、オーリは苦役に耐えるような目をしている。三人の魔女にステファンを“拉致”させたのだって、邪魔者を追っ払うためだろう。
 若く美しい魔女たちは、やたら熱を込めた眼差しでオーリを見ている。話が終わった後も、魔女どうしお互いにけん制するように視線をぶつけ合う姿は、見ていて恐ろしかった。
 オーリは最初のうちこそ礼儀正しく挨拶をしていたが、次第にイライラした表情になってきた。
“もう充分でしょう、伯母上” そう口元が動いたかと思うと、魔女達には一瞥もくれず、大きな歩幅でステファンに近づいてくる。
「失礼。ちょっと所用がありますので」
 オーリはそう言って、ステファンの腕を引っ張り、三人の魔女から引き離した。
 助かった、そう思ってステファンは口の中に残った最後の欠片を飲み込んだ。これ以上あの魔女たちの勧めるままお菓子を食べ続けてたら、胃が砂糖漬けになってしまう。

 ステファンを引っ張ってテラスに出ると、オーリは吐き捨てるように言った。
「――なにが由緒正しい魔女だ、なにが血統だ! 化粧や宝石でいくら飾り立てたって、腹の中はきたない見栄と欲ばかりじゃないか。だから魔女は好かないんだ! ステフ、君にも多少は連中の心が見えただろう。エレインのほうがよっぽど高潔だ。そう思わないか?」
 一気にそれだけ言ってしまうと、腹立たしげに青い火花を敷石に投げつけた。
 そりゃ比べるほうがどうかしている、とステファンは思った。
 高く髪を結い上げ、思い切り襟の開いたドレスを着た魔女たちは、確かにぞっとするほど綺麗だ。けれどその“綺麗”と、エレインの“きれい”はまるきり違う。
 化粧なんかで飾らなくても、エレインの輝きには濁りが無い。おへそ丸出しの狩猟神のような格好で森を駆け回る姿には、いつだって太陽光のイメージが浮かぶ。太陽の光に勝てる宝石など、あるわけがないのだ。

 広間の中では音楽が流れている。数人がダンスを始めたようだ。
「ぐずぐずしてたらダンスの相手までさせられそうだ。ステフ、そろそろ大叔父のところへ行こうか」
 オーリが懐中時計を取り出した時、広間の一隅がざわつき始めた。


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注:2 「オーリャ」=オーレグの愛称。
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ぐしゃぐしゃ~
新しいテンプレにあわせて文字の間隔を少し広げてみました。これでちょっとは読みやすくなったかな。
もともと改行や空白は少なめなんで、ごっちゃりと文字が詰まった感じで読みにくかったんですよね。
でも編集作業中、目次や登場人物紹介のページが改行崩れてぐしゃぐしゃ~!
慌てて直しましたけど、もし9時過ぎ頃に見に来た人が居たら、崩れまくった画面を見せちゃったかも…(大汗
松果 2008/04/02(Wed)09:37: 編集
ええ、もちろん~!!!!
太陽の光…いい表現だわ!!うんうん、と何度頷いたか!!この場に彼女がいたら、と。思ってしまった~。そう思っているのはオーリも一緒なんだけど~。
案外、ユーリアンみたいに打ち解けられる?かも?いやいや、そこはまだかも。
続き~楽しみにしています!!
らんらら URL 2008/04/03(Thu)08:22: 編集
らんららさんへ
にゃはは。エレインに対するベタ惚れっぷりをどう表現しようかと思ってね、オーリの口から直接言うとくさい台詞ばかり思い浮かぶので、ステフの感想ってことにしました。
うん、エレインは太陽です。
この場にもし彼女が居たら? うーんどうでしょう。それはそれで……以下、次話に続く(笑)
松果 2008/04/03(Thu)16:49: 編集
ふふふふふ。
オーリったら、あまりに興奮して、自分の言ってる事の凄さに気付いてない???

めちゃめちゃ、熱いラブコールしてますよ~ん(笑)

それにしても、オーリは人気が高いなぁ…。
みんな、我こそはって感じなんだろうね。
でも、あれだけのラブコールを、子どものステファンに言ってしまうくらいだから、大丈夫か♪
太陽のようなエレインを、より輝かせるために、オーリには頑張ってほしいな♪
ミナモ URL 2008/05/04(Sun)16:06: 編集
ミナモさんへ
ははは、オーリってさ、端から見てると結構恥じぃー台詞言う奴でしょ。
ステフ相手だからつい油断して本音が出たんじゃないかな。
お互い離れてみて初めて自分の気持ちに気付くこともあるからねー。
松果 2008/05/05(Mon)09:45: 編集
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趣味で始めたはずの小説にはまってしまった物書き初心者。ちょいレトロなものが好き。ラノベほど軽くはなく、けれど小学生も楽しめる文章を、と心がけています。
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