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1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。 ちょいレトロ風味の魔法譚。
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 タキシードや燕尾服の紳士たちの中、大声でわめいている男が居る。口髭をたくわえた赤ら顔には見覚えがあった。
「あ、あいつ! 駅で竜人を苛めてたやつだよ」
 オーリにもそれは判ったようだ。無言でうなずき、厳しい目を髭男に向ける。
 が、男と対峙している相手を見てさらに顔を曇らせた。
「悪いがステフ、先に行っててくれないか」
 そして庭に面して続くテラスを示して手を伸ばした。
「大叔父の部屋は三階にある。広間は通らず、テラス伝いに行って四番目の部屋へ入るんだ。らせん階段が見えるから、手すりの彫刻にこれを掲げて。そうすれば大叔父様の部屋までの道筋がわかる」
 オーリは手短に言いながら、内ポケットから光る物を出した。トーニャの家で見た水晶だ。ステファンは緊張した面持ちで水晶のペンダントを首に掛けた。
「四番目の部屋、らせん階段、わかりました。でも先生は?」
「すぐにユーリアンたちと合流する。これを」
 金色の火花と共に、オーリの手に「忘却の辞書」が現れた。ユーリアンが分解したままの形だ。オーリは銀髪を束ねていた黒い繻子の紐を引き抜くと、辞書がばらけないようにしっかりと束ねた。
「これは別に持っていたほうがいいな。内ポケットに入れておきなさい」
 最後に差し出されたオスカーの手紙をステファンがしまったのを見届けると、オーリは足早に広間に戻っていった。

「だから、場違いだといっておるのだ!」
 いささかろれつの回らない男の声に、人びとはダンスを止めて何事かとささやきあっている。壁の前の巨大な自動演奏器のみが、金銀の彫刻を揺らしながらワルツを奏で続ける。
 酒臭い息を撒き散らしてわめく男の前で、トーニャを庇うようにしてユーリアンが立っていた。
「おっしゃる意味がわかりませんね。失礼ですが、少しお酒が過ぎたのでは?」
 冷ややかな声で応じるユーリアンの純白の上着の背中には、赤い酒の染みが広がっている。
「黙れ、南方のインチキ魔法使いめが。今宵は北方一族の祝いの席だというからこうして知事閣下をお連れしたというのに、お前のような輩が居ては興ざめだわい!」
 ユーリアンが何か言い返す前に、声を発した者がいた。
「お言葉ですが。彼は優秀なソロフ門下ですし、夫人は初代ヴィタリー老の孫です。一族の者として、祝いの席に着くことに何の問題もないと思いますが?」
 銀髪の青年がいつの間にか背後に立って、髭男を見下ろしていた。長身から発せられる声は冷静だが、水色の瞳には怒りの色を浮かべている。
「ほう、驚いた。異国人がここにもか。北方の一族にはなんとも奇態な輩が揃っているものだな、え?」
 ざわっと周りの人びとが不快そうな反応をしたのにも構わず、髭男は太った腹を突き出して笑った。
「まあまあ、そう事を荒立てずとも。私は楽しんでおりますぞ、このような異国の徒と親しむのも座興でよろしいではないか。ときに奥方、ご主人は着替えが必要なようだ。その間私が一曲お相手など」
 知事と呼ばれた白髪の男は手を差し出した。片眼鏡の向こうから薄笑いを浮かべ、無遠慮にトーニャを見る。
「まことに光栄ですが閣下、御覧のとおり妻は身重ですのでダンスのお相手はとても……」
「いいえ、ここはお受けしなくては失礼というものですわ」
 トーニャは紅い唇をニヤと曲げて知事の手を取り、自動演奏器に呼びかけた。
「フローティング・ポルカを!」
 声に応えて、金属のタクトが宙に浮かんだまま揺れた。軽快なポルカの演奏が始まる。
 髭男と知事に不愉快な視線を投げながらも、魔女と魔法使いが中央に集まってきた。それぞれに床からふわりと舞い上がり、浮遊(フローティング)したままポルカを踊り始める。
「さあ、知事閣下。どうなさいまして? こういうダンスはお嫌い?」
 緋色の衣装から手を伸ばしてトーニャは皮肉に笑っている。相手が魔力の無い普通の人間だということを承知の上で誘っているらしい。知事は目を白黒させて首を横に振った。
「トーニャ、慎みなさい」
 厳しい声と共に大柄な魔女が現れた。
「失礼しました閣下。躾の行き届いていない娘の、ちょっとした冗談ですわ」
「ガ、ガートルードどの! これは、こちらこそ失礼」
 知事は魔女と面識があったのか、慌てて一礼すると、逃げるようにその場を去った。
「さてと、サー・カニス。うちの娘婿が何か? それともダンスのお相手でもお探ですしかしら」
「い、いえ滅相も無い」
 カニスと呼ばれた髭男もまた、ガートルードを見て顔色を変えた。
「それは残念だこと。ではユーリアン、踊りながら話を聞きましょうか。その前に……」
 魔女はユーリアンを後ろ向かせると、何度か爪を弾いた。さっきまで赤い染みのできていた上着が、たちどころに純白に戻る。
「ありがとうございます、お義母さん」
 ユーリアンは微笑んで自分より頭一つ分背の高い魔女の手を取ると、オーリを振り返った。
 オーリはうなずき、髭男に鋭い一瞥をくれてから、トーニャを安全な壁際の席まで連れて行った。

「ほう、思い出したぞ」
 髭男はオーリを睨みながらつぶやいた。
「あの銀髪は駅に居た若造だな。あの時はよくも恥をかかせてくれた」
 ダンスに加わる人の数はますます増えてきた。賑やかな曲と歓声が飛び交う中で、オーリは何か嫌なものを聞いたかのようにピクと反応した。
「今なら母に叱られないわよ、遠慮せずに行ってらっしゃい。ここで見ててあげるから」
 トーニャは何かを期待するようにニヤリと笑った。
「相変わらず過激だね、わが従姉どのは。別に喧嘩をするつもりはない、そのくらいの分別はあるよ」
「でも、向こうから挨拶に来たら?」
 フローティング・ポルカの輪を縫うように髭男はこちらに向かってくる。しつこい奴だ、とつぶやいて真っ直ぐ相手に近づいてゆく従弟の背中に、トーニャは楽しそうに手を振った。


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むぎゃ~!!
どきどきです!!
やっつけちゃえ!そんな奴~!!
とステフなら思う。うん。思う!

一人大叔父様に会いに行ったのは気になるけど、でも、ここはオーリの活躍を見たい!!(^∇^)楽しみ~♪
らんらら URL 2008/04/04(Fri)08:06: 編集
らんららさんへ
オーリの活躍?ムフフ。

トーニャ「いてまえ!姉ちゃんがついてるぞー!」
ユーリアン「……お義母さん、どういう教育を…(泣)」
松果 2008/04/04(Fri)15:56: 編集
うんうん!
オーリ、あれはひどかったもんね。
やっつけちゃって~!!!

ってか、トーニャ。
その姉御肌…魅力的っ♪

エレインのおてんばも好きだけど、トーニャの姐御ぶりも好き♪

なんか、私は元気な女の人が好きみたいだ。
ふふふふふ。

(お久しぶりと書きながら、再びごぶさたしてました。ゆっくりと楽しませてもらいま~す♪)
ミナモ URL 2008/05/30(Fri)01:40: 編集
そうそう
私もアネゴ肌の姐さん好きなのよ。
そのせいか、女性キャラが強い人ばっかり(笑)
儚げで守ってあげたいタイプの女の子も書いてみたいんだけどねえ。
あ、ステフがその役を担っているかな?
松果 URL 2008/05/31(Sat)07:40: 編集
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趣味で始めたはずの小説にはまってしまった物書き初心者。ちょいレトロなものが好き。ラノベほど軽くはなく、けれど小学生も楽しめる文章を、と心がけています。
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