忍者ブログ
1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。 ちょいレトロ風味の魔法譚。
[112]  [111]  [114]  [115]  [116]  [119]  [120]  [124]  [125]  [126]  [123
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 キッチンに移りながら、ステファンは気が気でならなかった。この間からのエレインの態度に、オーリは怒っているに違いない。またケンカになりはしないだろうか。
「大丈夫ですよ、坊ちゃん。お二人はきっと大丈夫です。オーリ様を信じましょう、ね」
 不安顔のステファンをよそに、マーシャは落ち着いた顔でアーニャをあやしながら二階へ連れて行った。
 なぜマーシャは心配せずにいられる? 時折居間から聞こえてくるのは、何かを辛抱強く語り聞かせるオーリの低い声と、妙にとんがったエレインの声だ。話の内容まではわからないが、あまり和やかな話し合いだとは思えない。
 
 数分後、居間のドアが乱暴に開いて、エレインが憮然とした顔で出てきた。その腕をオーリが掴んで叫ぶように言う。
「だけど、これだけは言っておく。他の奴がなんと言おうが、僕は竜人の立場を下に見たことはない、ただの一度もない!」
 いつになく恐いオーリの表情に、エレインが一瞬ひるんだように見えた。が、すぐに腕を振り払って言い返した。
「わかってる! オーリは他の魔法使いとはちがう。でも、だからって何も状況は変わらないよ。あたしはやっぱり“野蛮な竜人”なんだ。いつかまたオーリを傷つけるかも知れないじゃない! それに森から一歩でも出たら、竜人の証を隠して生きていかなくちゃならないのよ。 魔法使いと竜人が対等なんて、嘘だ。もういいよ、一生“守護者”で。それ以上望まないでよ!」
 廊下で固まっているステファンには一瞥もくれず、エレインは庭の木立を揺らして消えていった。
 ひとり居間に残ったオーリは、まるで“この世の終わり”みたいな顔でじっと目を閉じていた。そして心配したステファンが声をかけようとした時にやっと目を開き、
「行こう。遂道が開いたようだ」
 と出発を促したのだった。

 「遂道」とはよく言ったものだ。
居間の床に現れた紋様はそのまま光の円柱となり、その中に立つと、円柱はゆるやかにカーブを描いてトンネルの形になった。
 上昇しているのか、下降しているのか、 前へ進んでいるのか、それとも? 自分の足元すらあやふやなまま、ステファンはオーリの袖口に摑まって輝く遂道の中を歩いた。
「ああ、まだるっこしいな。二人くらいなら“飛ぶ”ほうが早いのに」
 苛々した口調でつぶやくオーリの横顔は、光の加減だろうか、青白く見える。
 こんな時、なんと声をかければ良いのだろう? ステファンは黙々と歩くオーリを見上げた。
“パーティに誘って断られたからって、そんなに落ち込まないで”とか?
“しょうがないなあエレインは。でもまた仲直りの機会はあるよ”とか?
 だめだ。どれも、子どものステファンが言ったところで空々しいばかりだ。いっそユーリアンがここに居てくれたら、ちょっとは気の利いたジョークで和ませてくれたかもしれないのに。
 彫像のようなオーリの横顔を見上げながら、わざと明るい声で訊ねてみる。
「大叔父様ってどんな人? 北方の人って、先生みたいな顔してるのかな」
 水色の目がやっとこちらを向いた。
「いや、わたしは一族の中でも変わり者だよ。父が東洋人だからね。目の色は母方の遺伝のようだけど」
「そうなんだ。じゃ、髪の色は?」
「これは子供の頃大病して、色抜けしてしまったんだ。もともとはトーニャみたいな黒髪だった」
 オーリは遂道の光に反射する銀髪に手をやりながら、少し表情を和ませた。
「アトリエに写真が飾ってってあったろ? あれが唯一の家族写真だ。病気から回復した直後だったから、情けない顔で写ってるけど……五歳かそこらだったな」
 ステファンはアトリエの壁に大切そうに飾られた古い写真を思い出した。なるほど、東洋人らしい男が写っていたっけ。では黒髪の大柄な魔女がオーリの母、白っぽい髪の男の子がオーリということか。
「じゃ、あの赤ちゃんは先生の弟か妹だね?」
「赤ちゃん? ああ、アガーシャのことか。見た目はあれだけど、赤ちゃんじゃないよ。彼女はガルバイヤン家に昔から棲んでた魔女だ。あの姿のまま二百六十年生きた」
「に、二百六十年ーっ? じゃ、じゃあインク壷に棲んでるやつって……」
「勘違いしないでくれ。インク壷のやつは、わたしが勝手に名づけたんだ。魔女のアガーシャとは全く別の存在だよ」
 遂道の中は音が反響しないようだ。その分、声の表情がストレートに伝わってくる。子供の頃の思い出話で少しは元気になったのか、オーリは淡々と言葉を継いだ。
「大叔父は祖父の弟だ。祖父が亡くなってから、移民一世の中では最長老になってしまったな――いや、ソロフ師匠のほうがひとつ上だったか」
「先生の先生だね? どんな人?」
「偉大な魔法使いだよ」
 オーリは光に満ちた遂道の天井を見上げた。
「母国の動乱とか、この国の戦争とか、酷い時代を生き抜いてきた、鋼のような人だ。わたしなんか、何百年生きたってあの師匠の足元にも及ばないだろうな。八歳の時から預けられて、ユーリアンや兄弟子たちと過ごした十年間は忘れられない。魔法以上のことをたくさん教わったからね。あの師匠の元からどれだけの魔法使いが巣立っていったか。わたしはその裾野の、ほんの一端に居るに過ぎないけど、ソロフ門下だということを最大の誇りにしているよ」
 ソロフのことを語るうちに、次第にオーリの目にいつもの力強さが戻ってきた。
「ぼくも会いたい、その先生に。会えるかな」
「もちろんだ。ステフはわたしの弟子だから、ソロフ師匠の孫弟子ってことになる。胸を張って紹介するさ」
 オーリの目にようやく笑みが戻ってきた。良かった、今日はもうエレインのことは話題にするまい。そうステファンが思った頃、頬に湿っぽい風を感じ始めた。
 遂道の出口は、突然に現れた。
――海岸だ。ステファンは波音と夕闇の中に浮かび上がる、白い紋様の上に立っていた。

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ 
読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。

 

PR

Comment
Name
Title
Mail
URL
Comment
Pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
あぁ…、切ないなぁ。
本当はもう、心は通じ合ってるはずなのに…。

エレイン、もうとっくに、オーリの温かい気持ちを感じ取ってるはずなのにね。
オーリを傷つけてしまったことが、今度はエレインの気持ちに歯止めをかけてしまったのかぁ…。

好きだからこそ、相手が傷つく事、それも自分が傷つけてしまう事は、辛いよね…。
うんうん…。
でも、そんな風に相手を思いやれる二人だから、
きっと分かり合えるって思ってるけどね。

ついに大叔父様に会うんだね♪
楽しみ楽しみ♪

ミナモ 2008/03/18(Tue)07:15: 編集
ミナモさんへ3
三連続コメ嬉しいです、ありがとう。

そうですね、心は通じてるはずですよ。
もうねー、ステフ目線じゃなかったら、ベタな恋愛モノの台詞をたらたら並べたいくらい。
そういう甘甘にはしませんけど、ええ(笑)

エレインは自分の力がオーリを傷つけることもあると知ってショックだったでしょうね。

さて、大叔父様のところでいろいろ解決しなくちゃいけないんだけど…収束できるかな。
松果 2008/03/18(Tue)09:22: 編集
背景が…
オーリの子どもの頃の話、ほんと、気持ちが和みます~エレインとのことはまだまだ、時間がかかりそうですね~。(オーリの心情を思うと切ない><)
ステフ、いい子だ~。
想像した二つの台詞は言わなくてよかったとホッとしたけど(笑)
8歳から修行…なんだか、楽しそう(いや、実際は楽しいばかりではないでしょうけど)大人目線で見るとその時期ってまぶしいですよね~♪
ステフの今も♪

黒髪のオーリを想像しちゃいました~♪
らんらら URL 2008/03/20(Thu)08:38: 編集
らんららさんへ
そうそう、エレインとはまだ時間がかかります。
お互い「好き」だけじゃ歩み寄れないこともあるんだよね。
>想像した二つの台詞
どんなの想像してくれたの~(笑)

そうね、子供の頃の思い出を楽しく語れるっていうのは、それだけ充実した日々を過ごせたってことでしょうね。日本で言うなら小学生低学年~高校を卒業するまでかな。人格を形成する大切な時期に、良い先生と仲間に恵まれるのは幸せですよ。

黒髪のオーリ?(新)「オーリローリ」のほうの
冒頭ではちょこっと出ますよ。ブログとは設定変えてますから。
松果 2008/03/20(Thu)10:58: 編集
カレンダー
09 2017/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新記事
最古記事
ブログ内検索
プロフィール
HN:
松果
HP:
性別:
女性
職業:
兼業主婦
趣味:
読書・ネット徘徊
自己紹介:
趣味で始めたはずの小説にはまってしまった物書き初心者。ちょいレトロなものが好き。ラノベほど軽くはなく、けれど小学生も楽しめる文章を、と心がけています。
バーコード
最新コメント
[09/24 松果]
[09/24 松果]
[09/24 松果]
[09/24 ミナモ]
[09/24 松果]
カウンター
アクセス解析
フリーエリア
最新トラックバック
忍者ブログ [PR]