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1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。 ちょいレトロ風味の魔法譚。
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 九月になると、急ぎ足で秋はやってくる。
 
 駅での一件以来、寒々とした日々が続いていた。
 エレインは一度砕けた封印石を、自分から望んで再び耳に着けた。日に何度か森を巡り、「守護者」としての務めを果たしているのは、これまでと変わらない。少なくとも、表面上は。けれど以前のように屈託の無い笑顔は見せなくなくなったし、なんとなくオーリと距離を置くようになり、アトリエにすらほとんど近づかない。
 マーシャが言うには、彼女はこの家に来てから初めて、まともに自分の部屋を使うようになったという――皮肉なことではあるが。
 オーリはといえば、妙に無口になってしまった。空っぽの天井の梁の下で、毎日カンバスに向かって何かと格闘するように描きなぐっては消し、また描いては削り、結局何も形にならないまま筆を置く、という毎日を繰り返している。
 
 ステファンはオーリにもらった本を何度となく読み返した。
 前にマーシャが言っていた、竜人の話を描いた絵物語だ。装飾的な描き方をされてはいるが、鮮やかな赤毛の竜人はエレインの一族、フィスス族をモデルにしているのだろう。美しい本なのに、出来上がる直前になぜか出版差し止めにされてしまったので、手元にあるのは試し刷りのこの一冊だけだそうだ。オーリが言うには、人間を侵略者として描いている内容がまずかったらしい。
 作・絵 オーリローリ・ガルバイヤンと書かれている奥付を見ると、1951年とある。オスカーがいなくなった翌年だ。
 ふと思った。オスカーは、エレインたち竜人と会った事があるのだろうか。

「坊ちゃん、ステファン坊ちゃん」
 一階から響く声にステファンは我に返り、慌てて立ち上がった。
 ぐずぐずしているとマーシャは着替えの手伝いを、なんて言い出すにきまっている。小さい子ではあるまいし、それは勘弁してもらいたい。
 けれど、今日着なければならない服は、前立てがフリルだらけのシャツだの、カフスだの、どうしたら良いかわからないものばかりだ。、結局ほとんどマーシャの手を借りるはめになってしまった。
「ほら坊ちゃん、カマーバンドが逆ですよ。このヒダが上に向くようにしなきゃ。そらそら、蝶タイはこんな結び方じゃおかしいでしょうに」
「だってぼく、パーティなんて出たことないし。なんでこんなややこしい服着なきゃいけないの?」
「そういう決まりごとだらけなのが世の中なんです。――はい、ようございますよ」
 マーシャにポンと背中を叩かれて、ステファンは鏡の前に立った。
「嫌だなあ、ペンギンみたい。ぜんぜん似合ってない。それに、こんな風に前髪を分けたらオデコが広いのが目立っちゃうよ」
「いいえ、よくお似合いです。さあ、そろそろ急がないと」
 
 マーシャに急きたてられて居間に下りて行くと、先にタキシードに着替えたオーリが、暖炉の傍でユーリアンと共にいた。
 まだ九月とはいえ、夕方になると急に冷え込んでくる。暖炉に入れられた小さな火がオーリの横顔を淡く照らし出すと、心なしか顎骨の陰影が濃くなり、いつもより大人びて見える。額を出して長い銀髪を全て後ろに撫でつけ、一つに結んだ姿は、まるで知らない紳士がそこに居るようだ。
 ユーリアンはまだ平服のままだ。膝の上ではアーニャが、不思議そうな顔をしていつもと違うオーリを見ている。
「よっ、ステフ。似合うじゃないか」
 ユーリアンに気さくに声を掛けられて、ステファンは照れくさそうに笑った。
「本当にまあ助かりましたよ、ユーリアン様のお洋服を貸していただいて。お仕立てがしっかりしていますから、魔法で縮めてもおかしくなりませんわねえ」
「もともとユーリアンは肩幅が貧弱だからな。ステフのサイズに合わせるのは楽だったよ」
 軽口を叩くオーリは、いつもの顔になっている。
「それより、本当に子守をお願いしてもいいんですか?」
 ユーリアンはマーシャの手に娘を預けながら気遣わしげに聞いた。
「ええ、ええ、喜んで。このマーシャ、小さい魔女さんの相手なら心得ておりますから」
「それは保障する。トーニャも小さい頃はマーシャの言う事だけは聞いてたよな」
 声を立てて笑い合う二人の魔法使いに、ステファンは心底ホッとした。こんなオーリを見るのは久しぶりだ。
 あと、エレインの笑顔さえここにあれば。
「でもオーリ様、靴はそれでよろしいんですか?」
「別にいいよ、これだってエナメルだし。オペラパンプスなんて履いて気取るような集まりじゃない」
 オーリは長い足を組み替えて靴紐を結び直した。
「お前らしいな。さて、じゃそろそろ僕も着替えに帰るとするか。楽しみにしてろオーリ、ソロフ門下一の伊達男はお前じゃないって事を証明してやるから」
 いたずらっぽい笑みを浮かべてユーリアンはローブを翻し、うすい煙を残して消えた。
「パパ、いってらちゃーい」
 アーニャは慣れているのか、目の前で父親の姿が消えても驚きもせずに小さな手を振る。
 
「ふうん、面白い仮装ね、魔法使いさん」
 ステファンは驚いて振り向いた。いつの間に来たのか、エレインが壁にもたれて皮肉っぽい視線を向けている。
「あ、あのね、本当はエレインが行くべきなんだよ。どうしてダメなの?」
「ははっ、何言ってるの。魔法使いや魔女が集まる場に、守護者なんて要らないわよ。それにアーニャだってあたしと遊ぶのを楽しみにしてるでしょ」
 それは嘘だ、とステファンは思った。アーニャはさっきからアクビを繰り返している。もうすぐ小さい子どもは寝てしまう時間だ。
「行きたくないというんだから、無理にとは言わないさ。ただ、マーシャには悪い事をしたな。折角ドレスを見立ててくれたのに、無駄になってしまった」
 それも嘘だ。エレインのドレスを注文したのは他ならぬオーリ本人だ。本当は今だって一緒に行きたいと思っているに違いないのだ。 
「ドレスは大切にしまっておきますよ。いつか着ていただけますよね、エレイン様?」
 マーシャが気遣うように話しかけてもエレインは答えず、眠そうなアーニャの手を引いた。

 オーリは立ち上がり、杖を振って床の敷物を壁際に寄せた。丸い大きな紋様が床に浮かび上がる。
「大叔父の家まで直接つながる遂道を開く。少し時間がかかるぞ、古いからね」
 床に白く輝く紋様は、話に聞く魔法陣というものかもしれない。オーリはじっとそれを見ていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「ステフ、マーシャ、悪いがちょっと外してくれるかな。遂道が開くまでの間、エレインと二人で話したい」
 マーシャはうなずき、有無を言わさずエレインの手からアーニャを引き取って部屋を出た。

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ぬお~!!(><。)
緊張感ある二人!
ついにオーリ、対決か!?

ほんと、せっかくのドレス…
エレインと仲直りできるかな~(><。

ステフのペンギン姿(笑)見てみたい~♪
オーリのエナメルパンプス…くす(←?
でも一番は!
やっぱりエレインのドレス姿~!!
らんらら URL 2008/03/14(Fri)08:51: 編集
そーなんだけどねえ
大人が主人公ならここで盛り上がるとこなんですけど(てか、もうオーリが主人公食ってるけど)
ええ、あくまでステフ目線でいきますから。どうなりますことやら。

ペンギン姿のステフ、可愛いと思うよ~♪
男の人の履く「オペラパンプス」ちゅうのはホント、見た目は「ぷぷっ」だけど、タキシ-ド着る時っていろいろ決まりごとがあるみたいですね。ぐぐってみるまで知らんかったよ…

エレインのドレス姿、一番見たがってたのはオーリなのに、ちょっと可哀想だったかな。


松果 2008/03/14(Fri)09:39: 編集
じれったい。
エレインも、自分から封印石を付けてみたり、オーリも落ち着かない心に、振り回されてみたり…。

しかも、全てステフに見抜かれてるってんだから(笑)

恋ってほんとに、丸裸になっちゃうのね。ふふふ。

そんな二人のままで、いつまでいるのかな??なんて思ったら、
あらら、オーリ。
何か心に決めたのかな??

ドキドキする~♪
ミナモ 2008/03/18(Tue)07:05: 編集
ミナモさんへ2
まったくです。子どもの方が冷静に見てるってこと、ありますよね。

これまで家族みたいに軽口叩き合ってた二人が、お互い自分の気持ちに気付いてかえって気まずくなっちゃったみたいですね。
カッコ悪いし、じれったい。

さてオーリ、一歩踏み出せるかどうか。
松果 2008/03/18(Tue)08:57: 編集
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趣味で始めたはずの小説にはまってしまった物書き初心者。ちょいレトロなものが好き。ラノベほど軽くはなく、けれど小学生も楽しめる文章を、と心がけています。
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