1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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「ステファン、君もなかなかだ。魔女たちが騒ぐだろうなあ。覚悟しておけよ」
ユーリアンはにやにやしながら言った。冗談はやめて欲しい。ステファンは冷や汗を浮かべた。それでなくても、見たことも無いオーリの一族が集まるパーティに自分みたいな子どもが来てよかったのか、戸惑っているというのに。
「エレインはやっぱりダメだったのか?」
周りをはばかるように、ユーリアンが小声で聞いた。
「ああ、仕方ないさ。今日集まるのはソロフ門下ばかりじゃない、竜人を見下すような連中もいるだろうし」
「そりゃ……しょうがないよなぁ」
ユーリアンは同情とも諦めともつかない顔でオーリの肩をポンと叩いた。
「こっちは崖から飛び降りるつもりで思いの丈を全部口に出したつもりなんだがな。
“やなこった”のひと言であっさりフラれるとは思わなかった。人生最悪の日だよ」
オーリは冗談めかして肩をすくめたが、目の中には悲しげな光の珠が揺れている。そんな“人生最悪の日”に、自分の感情に沈むよりもオスカーの手掛かりを探すことを優先してくれたのだ、と思うと、ステファンは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
けれど、今のステファンにはオーリを思いやっている余裕は無い。なにしろさっきから、広間中の視線がこちらを向いているのだ。無理もない。きらびやかな異国の衣装をまとったユーリアン夫妻は絵本の中から抜け出たようだし、彼らと相対しているオーリもまた、別な意味で際立っているのだ。
視線というものは不思議だ。直接的な力が加わるわけでもないのに、人を怖気づかせ、傷つけもする。ましてこの場に居るのはほとんどが魔法使いと魔女だ。ただでさえ強い目をしている彼らから発する圧力といったら! 好奇心やら嫉妬やら、羨望やら非難やら……それらが千本の矢よりも鋭く刺さってくるというのに、この三人はなぜ平然としていられるのだろう? いたたまれなくなったステファンがオーリの上着の陰にでも隠れてしまおうかと思った頃、広間の一隅がざわつき始めた。
「主役のお出ましよ。相変わらずね、大叔父様」
トーニャが皮肉な笑みを浮かべた。
数人の美女に囲まれて、音も無く大きな椅子が現れた。
革張りの背もたれと重厚な彫刻入りの縁取りが見えるが、肝心の「大叔父様」の姿は周りの人の頭に邪魔されて見えない。
列席者は次々に集まって椅子に向かい、順番にお祝いの言葉を述べていく。大叔父様はきっととても小柄な老人なのだろう、とステファンは勝手に解釈した。
「ステフ、あれは何に見える?」
オーリが顎で示すのは、椅子の周りで中世の婦人のような装束でかしづく美女のことだ。
「なんというか……人間じゃない。生きてるけど、なんか恐いな」
「そう。はっきりした本性が見えなくて幸いだな。あれは大叔父と契約している、ハーピーだの水妖だの、まあそういった連中だ。現在じゃほとんど見ることのない絶滅危惧種ばかりだな。中世風の美女に変身させてるのは大叔父の趣味だろうけど」
オーリはそういうと、視線を落とした。
「本来の姿を偽って、魔法使いのしもべのごとく振舞って……そんな風に生きていくしかない彼らは、幸せと言えるんだろうか? わたしにはできないよ」
エレインのことを考えているのだな、とステファンは思った。
「先生はエレインのこと、“しもべ”だなんて思ってないでしょう? ううんエレインだけじゃない、インク壷のアガーシャだって、庭にいる変な連中だって、大切にしてるじゃない」
「もちろんだよ。エレイン、マーシャ、ステフ、他の皆のことも、家族だと思ってきた――家族が欲しかったんだ、とても。だけどね、それだって契約で縛っているのに過ぎないんじゃないかと最近思えてきた。自分のわがままを押し付けてるのじゃないかってね」
今日のオーリはどうかしている、とステファンは思った。いつもは自信に溢れて堂々としていて、こんな愚痴っぽい言葉を吐く彼ではない。やはり“守護者”が隣に居ないせいだろうか。今日はエレインのことは話題にするまい、そう思ってはいたが、どうにも不安になって、ステファンはこの間から心に引っかかっていることを口に出した。
「先生、この前“エレインはもう何も負わなくていい”って言ってたよね。あれってまさか、契約を解く、とかいうことじゃないよね?」
「必要ならそうする」
彫像のような横顔のまま、オーリはあっさりと認めた。
「だめだよ!」
ステファンは袖を引っ張った。
「エレインが好きなんでしょう? エレインだってずっと先生の傍にいたいはずだよ。絶対、そんなのだめだ!」
「だけどねステフ、今のままじゃエレインは本当の自由も幸せも得られないんだよ。ただ“好き”というだけでは大切な人を護ることはできないんだ」
水色の目は深くて静かな覚悟の色をしている。どういえばいいのかわからず見上げるステファンを安心させるように、オーリは微笑んだ。
「もちろん今すぐに契約を解くわけじゃない。良くも悪くも、契約によってエレインが護られてているのは事実だから。でもいつかは……」
「おおい、いつまでそこでグダグダ言ってる? さっさと挨拶を済ませてこい。飲もうぜ!」
ユーリアンがシャンパンの入ったグラスを掲げて陽気に声を掛けてきた。
オーリに促されて前に進み出ながら、ステファンは必死に考えた。
――契約を解くってことは、守護者じゃなくなっちゃう? そうしたら、エレインはどうするのだろう。どこか遠くへいってしまうのだろうか。そんなのダメだ、オーリは“家族だ”と言っているのに。
――どうすればいい? どうすれば、自分の両親みたいにバラバラにさせずに済む?
考えのまとまらないまま、ステファン達の順番がきてしまった。椅子の前まで進むと、オーリは礼儀正しく胸の前に手を置き、膝を折る。
「賢女オリガの息子、オーレグです。大叔父様の百八十歳のお誕生日を心からお祝い申し上げます」
ステファンも慌ててオーリに倣ったが、頭を上げてぎょっとした。失礼だとは思ったが、椅子の上を凝視せずにはいられなかった。
――これは、人間か?
ふかふかの絹のクッションの上に鎮座しているのは、赤ん坊の頭ほどに小さい、茶色く干からびた木の切り株、いや、球根、いやそれとも?
「おお、オリガの息子、ありがとう。お前も息災か?」
茶色い物体の裂け目が人間の口のように動いた。と、その上部に二つの裂け目がカッと開き、ステファンに向いて叫ぶように言った。
「待っておったぞ、オスカーの息子よ!」
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
ユーリアンはにやにやしながら言った。冗談はやめて欲しい。ステファンは冷や汗を浮かべた。それでなくても、見たことも無いオーリの一族が集まるパーティに自分みたいな子どもが来てよかったのか、戸惑っているというのに。
「エレインはやっぱりダメだったのか?」
周りをはばかるように、ユーリアンが小声で聞いた。
「ああ、仕方ないさ。今日集まるのはソロフ門下ばかりじゃない、竜人を見下すような連中もいるだろうし」
「そりゃ……しょうがないよなぁ」
ユーリアンは同情とも諦めともつかない顔でオーリの肩をポンと叩いた。
「こっちは崖から飛び降りるつもりで思いの丈を全部口に出したつもりなんだがな。
“やなこった”のひと言であっさりフラれるとは思わなかった。人生最悪の日だよ」
オーリは冗談めかして肩をすくめたが、目の中には悲しげな光の珠が揺れている。そんな“人生最悪の日”に、自分の感情に沈むよりもオスカーの手掛かりを探すことを優先してくれたのだ、と思うと、ステファンは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
けれど、今のステファンにはオーリを思いやっている余裕は無い。なにしろさっきから、広間中の視線がこちらを向いているのだ。無理もない。きらびやかな異国の衣装をまとったユーリアン夫妻は絵本の中から抜け出たようだし、彼らと相対しているオーリもまた、別な意味で際立っているのだ。
視線というものは不思議だ。直接的な力が加わるわけでもないのに、人を怖気づかせ、傷つけもする。ましてこの場に居るのはほとんどが魔法使いと魔女だ。ただでさえ強い目をしている彼らから発する圧力といったら! 好奇心やら嫉妬やら、羨望やら非難やら……それらが千本の矢よりも鋭く刺さってくるというのに、この三人はなぜ平然としていられるのだろう? いたたまれなくなったステファンがオーリの上着の陰にでも隠れてしまおうかと思った頃、広間の一隅がざわつき始めた。
「主役のお出ましよ。相変わらずね、大叔父様」
トーニャが皮肉な笑みを浮かべた。
数人の美女に囲まれて、音も無く大きな椅子が現れた。
革張りの背もたれと重厚な彫刻入りの縁取りが見えるが、肝心の「大叔父様」の姿は周りの人の頭に邪魔されて見えない。
列席者は次々に集まって椅子に向かい、順番にお祝いの言葉を述べていく。大叔父様はきっととても小柄な老人なのだろう、とステファンは勝手に解釈した。
「ステフ、あれは何に見える?」
オーリが顎で示すのは、椅子の周りで中世の婦人のような装束でかしづく美女のことだ。
「なんというか……人間じゃない。生きてるけど、なんか恐いな」
「そう。はっきりした本性が見えなくて幸いだな。あれは大叔父と契約している、ハーピーだの水妖だの、まあそういった連中だ。現在じゃほとんど見ることのない絶滅危惧種ばかりだな。中世風の美女に変身させてるのは大叔父の趣味だろうけど」
オーリはそういうと、視線を落とした。
「本来の姿を偽って、魔法使いのしもべのごとく振舞って……そんな風に生きていくしかない彼らは、幸せと言えるんだろうか? わたしにはできないよ」
エレインのことを考えているのだな、とステファンは思った。
「先生はエレインのこと、“しもべ”だなんて思ってないでしょう? ううんエレインだけじゃない、インク壷のアガーシャだって、庭にいる変な連中だって、大切にしてるじゃない」
「もちろんだよ。エレイン、マーシャ、ステフ、他の皆のことも、家族だと思ってきた――家族が欲しかったんだ、とても。だけどね、それだって契約で縛っているのに過ぎないんじゃないかと最近思えてきた。自分のわがままを押し付けてるのじゃないかってね」
今日のオーリはどうかしている、とステファンは思った。いつもは自信に溢れて堂々としていて、こんな愚痴っぽい言葉を吐く彼ではない。やはり“守護者”が隣に居ないせいだろうか。今日はエレインのことは話題にするまい、そう思ってはいたが、どうにも不安になって、ステファンはこの間から心に引っかかっていることを口に出した。
「先生、この前“エレインはもう何も負わなくていい”って言ってたよね。あれってまさか、契約を解く、とかいうことじゃないよね?」
「必要ならそうする」
彫像のような横顔のまま、オーリはあっさりと認めた。
「だめだよ!」
ステファンは袖を引っ張った。
「エレインが好きなんでしょう? エレインだってずっと先生の傍にいたいはずだよ。絶対、そんなのだめだ!」
「だけどねステフ、今のままじゃエレインは本当の自由も幸せも得られないんだよ。ただ“好き”というだけでは大切な人を護ることはできないんだ」
水色の目は深くて静かな覚悟の色をしている。どういえばいいのかわからず見上げるステファンを安心させるように、オーリは微笑んだ。
「もちろん今すぐに契約を解くわけじゃない。良くも悪くも、契約によってエレインが護られてているのは事実だから。でもいつかは……」
「おおい、いつまでそこでグダグダ言ってる? さっさと挨拶を済ませてこい。飲もうぜ!」
ユーリアンがシャンパンの入ったグラスを掲げて陽気に声を掛けてきた。
オーリに促されて前に進み出ながら、ステファンは必死に考えた。
――契約を解くってことは、守護者じゃなくなっちゃう? そうしたら、エレインはどうするのだろう。どこか遠くへいってしまうのだろうか。そんなのダメだ、オーリは“家族だ”と言っているのに。
――どうすればいい? どうすれば、自分の両親みたいにバラバラにさせずに済む?
考えのまとまらないまま、ステファン達の順番がきてしまった。椅子の前まで進むと、オーリは礼儀正しく胸の前に手を置き、膝を折る。
「賢女オリガの息子、オーレグです。大叔父様の百八十歳のお誕生日を心からお祝い申し上げます」
ステファンも慌ててオーリに倣ったが、頭を上げてぎょっとした。失礼だとは思ったが、椅子の上を凝視せずにはいられなかった。
――これは、人間か?
ふかふかの絹のクッションの上に鎮座しているのは、赤ん坊の頭ほどに小さい、茶色く干からびた木の切り株、いや、球根、いやそれとも?
「おお、オリガの息子、ありがとう。お前も息災か?」
茶色い物体の裂け目が人間の口のように動いた。と、その上部に二つの裂け目がカッと開き、ステファンに向いて叫ぶように言った。
「待っておったぞ、オスカーの息子よ!」
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3/26テンプレート変えました。
前のテンプレもすごく、すご~く気に入ってたんですが、
記事背景と文字色の明度差があまりなかったので、
わたしの視力では長文が読みづらい、ということが判りまして。
もちろんいろいろ弄ってはみたんですが……結局こっちにしました。
これはこれで、大叔父様の屋敷のイメージでいいかな~と。
3/26テンプレート変えました。
前のテンプレもすごく、すご~く気に入ってたんですが、
記事背景と文字色の明度差があまりなかったので、
わたしの視力では長文が読みづらい、ということが判りまして。
もちろんいろいろ弄ってはみたんですが……結局こっちにしました。
これはこれで、大叔父様の屋敷のイメージでいいかな~と。
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Comment
どうしちゃったの、オーリ。
エレインの事になると、途端にオーリったら。
そこで引いたらダメなんだってば。
ステフまで悩ませちゃって(笑)
でも、オーリの複雑な気持ち、分かるなぁ…。
大叔父様!
なぜにこの姿???
ステフと一緒に、驚いちゃった。
この謎は、次話で明かされるのかな??
早く知りた~い!!
そこで引いたらダメなんだってば。
ステフまで悩ませちゃって(笑)
でも、オーリの複雑な気持ち、分かるなぁ…。
大叔父様!
なぜにこの姿???
ステフと一緒に、驚いちゃった。
この謎は、次話で明かされるのかな??
早く知りた~い!!
ひゃはは
ねー、フラれたのが余程こたえたのか、弱気になっちゃって~。らしくないぞ、オーリ。
相手を大切に思いすぎて引いちゃうというのは、あるかもね。
でもこのままじゃ済ませませんよ、もちろん。
大叔父様、魔法使いとしてありえねーお姿です。
次話、いろいろ明かせると…思うんですが。
あれもこれもとエピソードを盛り込みたくて脱線しそうなので、只今修正中です。
相手を大切に思いすぎて引いちゃうというのは、あるかもね。
でもこのままじゃ済ませませんよ、もちろん。
大叔父様、魔法使いとしてありえねーお姿です。
次話、いろいろ明かせると…思うんですが。
あれもこれもとエピソードを盛り込みたくて脱線しそうなので、只今修正中です。