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1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。 ちょいレトロ風味の魔法譚。
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 ステファンは驚きで声も出なかった。
 まさか、ここでオスカーの名を聞くとは思わなかった。大叔父様と父がどこでつながりがあるのか、いやその前に、この不思議な干からびた物体がなぜ“大叔父様”なのか、頭の中が疑問符だらけで目まいがしそうだ。なにか言葉を紡ごうと焦ったが、その間にも茶色い物体の目と口――そう呼べるのならば、だが――は再び閉ざされ、沈黙してしまった。お供の美女たちがさっと椅子を囲む。
「眠ってしまったようだ。話の続きは後だな」 
 オーリは別段驚きもせず、冷ややかな顔でつぶやいてその場を離れた。
 挨拶の順番待ちをしていた人びとから残念そうなため息が聞こえたものの、皆オーリと同じような態度で広間の中に散っていく。ステファンが振り返ると、大叔父様は既にお供や椅子もろとも姿を消していた。
「先生、あのう、ええっと、どういうこと?」
 ステファンは迷子にならないよう懸命にオーリの後を追った。
「気にすることはない、大叔父は起きている時間のほうが短いんだ」
「そうじゃなくてさ、なぜぼくのこと知ってたの? 大叔父様ってお父さんと知り合いだったの? 第一あの姿って……百八十年も生きてるとああなっちゃうの?」
 矢継ぎ早に質問をするステファンに、やっとオーリの顔が向いた。
「最初の二つは本人に直接聞くしかないな。いつもああやって謎かけのような言葉を吐いては楽しんでるんだから、始末が悪いよ」
 広間にはいつの間にかいい匂いが漂っている。壁際のテーブルには料理やグラスが並び、人びとは主役の居ないまま思い思いの場所に立って乾杯をし、談笑を始めている。
「なるほど、ご馳走が並ぶ場にハーピー(注:1)を同席させるわけにはいかないものな」
 オーリはそう言ってフルートグラスを手に取り、ステファンには蜂蜜色の飲み物を渡した。 
「そして最後の質問だが。昔の高名な魔法使いが四百年も五百年も生きたことを思えば、百八十歳なんてまだ壮年だよ。なのにあの姿だ。なぜだと思う?」
 ステファンに判るわけがない。質問しているのはこっちなんだけど、と困っていると、オーリは細いグラスの曲面に映る自分の顔を見ながら言葉を継いだ。
「一族を守るために、自分の魂を裏切る魔法を使った代償さ」
「ええ?」
 思わず大声で聞き返したステファンに、周りの何人かが怪訝そうに振り向いた。
「どういうこと? 先生こそ、それじゃ謎かけみたいだ。ちゃんとわかるように言ってよ!」
「よう、どうした。何を揉めてる」
 人びとの輪の中から抜け出して、ユーリアンが近づいてきた。
「大叔父がなぜあんな姿になったかという話」
 オーリはグラスの中の細かな泡を見つめながら呟いた。
「こっちへいらっしゃい、ステファン」
 トーニャは壁際の椅子にステファンと並んで座ると、皿に盛ったオードブルを勧めながら話し始めた。
「大叔父様の姿は何に見えた?」
「わかんない。木の切り株かな。それとも球根?」
「近いわね。あれは、巨大樹の種子よ」
「巨大樹……王者の樹みたいな?」
 ステファンの脳裏に、いつか森の中で見た、神秘的な王者の樹の姿が鮮やかに浮かんだ。
「わたしたちのお祖父様や大叔父様がこの国に移り住んだ頃はね、生きていくだけで大変だったの。魔法使いの地位を高めるために、大叔父様たちはあらゆる手を尽くしてくれたと思うわ。戦争に加担することもあった。綺麗ごとでは済まされない手段も使った。それがいいとか悪いとかじゃなく、そうしなければ生きていけない時代だったのよ。
わたしたちが今、魔女、魔法使いと名乗りながらも普通の市民として暮らしていられるのはね、大叔父様たちの世代が土台を作ってくれたからよ」
「けど、失うものも大きかった」
 くい、と一息に残りを飲み干して、オーリはまずそうに顔をしかめた。
「そうね。魔法といっても所詮は人の心から生まれるもの。世の中が落ち着くにつれ、自分達の過去を問うようになると、最初の世代は急速に魔力を失っていったわ。大叔父様はああして人の姿を捨てて、やっと自分を保っているの」
「そうなんだ。でもなんかそれって……あんまりだ。大叔父様、可哀想だ」
 神妙に考え込むステファンに、トーニャは微笑んだ。
「大叔父様は望んであの姿になったのよ。自分が亡くなったらこの岬の土に埋めて欲しい、そこから大いなる樹に成って皆を見守りたいって言ってたわ」
「あの様子じゃまだまだ樹には成れそうにないけどね。美女を侍らせたりして俗っ気が多すぎるだろう、あの爺さんは」
 皮肉たっぷりに言うオーリはラムチョップを少しかじって、再びまずそうな顔をした。

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

注:1
「ハーピー」=ギリシャ神話なんかに出てきます。ハルピュイアとも。顔は人間の乙女(老婆とする説もある)胸から下は鳥の姿をした怪物。
 諸説ありますが、食い意地張っててお行儀がすこぶる悪く、晩餐に乗り込んでご馳走を台無しにしてしまうという話も有りまして・・・
あんまりパーティーには呼びたくないな。
         
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おはようございます!
眠って!?ぶふふっ!?(>∇<)
面白い~大叔父様ってば!
晩餐の前にハーピーと共に去る当たり、気が利いているし、話したらきっと魅力的な人なんだろうなぁ~!!
そして。
ここにも魔法使いの歴史の痕が。
いいです~重厚な背景。魔法を使えること、それがけっしてお気楽な特殊能力というわけではないとステフは学んでいくんですね♪
らんらら URL 2008/03/31(Mon)08:38: 編集
らんららさんへ
そうそう、大叔父様は魅力的で茶目っ気のある人なんですよ~。オーリは…ちょっと訳ありでああいう言動してますけどね。

重厚な背景なんていわれると冷や汗出ます…
移民ということで映画「ゴッドファーザー」とか参考にしましただ。
八章に入ってから、説明口調の台詞が多くなってちょっとくどいかな~と思いつつ。でも書くよ、この章は妄想炸裂(笑)


松果 2008/03/31(Mon)12:44: 編集
そうなんだ…
松果さん、お久しぶりです!
GWに入って、やっと時間が取れた感じで…。
あは。
たくさん更新してあって、すっごく楽しみ♪

大叔父様。
生きるために仕方なくしたことをに耐えられず、あのお姿に…。

ああ、なんか分かるような気がする。
不本意ながら、自らの能力を使ってしまったことで、自分の精神が耐えられなくなるほどになってしまう。
今、まさにそうですよね。こっちの世界も。

良かれと思ってやってきた過去に、押しつぶされそうなんだろうなぁ。
全ては、一族のためなのに。

何事も、初めて切り開く人は、大変だな。

でも、そんな事を一切感じさせない大叔父様って…。
めちゃめちゃすごいよね!!!
ミナモ URL 2008/05/04(Sun)14:41: 編集
わーい(^O^)
ミナモさんお久しぶり♪
そうなのよねー、何事も最初の人は…
魔法一族が現実社会の中で生きていくとしたら、きっと権力側に利用されるだろうし、意にそぐわない魔法も使わなきゃいけないだろうし大変だろうなーと思うわけですよ。
大叔父様はいろんな意味でぶっ飛んだ人です。第八章は妄想全開で書いてますので楽しんでくださいね。
松果 2008/05/05(Mon)07:37: 編集
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趣味で始めたはずの小説にはまってしまった物書き初心者。ちょいレトロなものが好き。ラノベほど軽くはなく、けれど小学生も楽しめる文章を、と心がけています。
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