1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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なんでこんなことになってしまったのだろう。
醜悪な石のガーゴイルにしがみつきながら、ステファンは必死に足をばたつかせた。利き腕とはいえ、左腕だけでぶら下がるのにも限界がある。幸い靴の脱げたほうの足が、壁の凹凸に引っかかった。なんとかそれを足掛かりにして体勢を立て直す。が、さっきの少年が示した窓を見上げてまた愕然とした。
ここは一階の窓の上だ。大叔父様の部屋は三階。暗い石造りの壁面には、各階の窓の上にそれぞれ一体ずつガーゴイル像が突き出している。二階のやつは顔が欠けた鳥、三階のは翼を持つ獅子の姿だ。けれどそこまで辿り着くのだってもう足掛かりになりそうな場所は無いし、どうやって上れというのだろう。
一度降りようかと下を見たが、足が震えた。一階部分が天井の高い造りになっているためか、今居る場所は結構な高さがある。あまり運動神経が良いとはいえないステファンが硬い石のテラスに飛び降りたりしたら、足を折るかもしれない。
どくどくという自分の鼓動と呼吸音ばかりが妙に大きく聞こえる。それをあざ笑うかのように、広間からは軽快な音楽と楽しげなさざめきが流れてくる。
こんなところで独り、暗い壁に取り付いたまま降りることもよじ登ることもできずに震えている自分がひどく間抜けに思えた。
どうしよう……どうしよう……どうすればいい?
ステファンは泣きそうになりながら目の前のガーゴイルを見つめた。
オーリの庭に居た奴は豚っ鼻のコウモリみたいな愛嬌のある姿だったが、こいつは悪魔のような恐ろしげな顔をした怪鳥だ。大体ガーゴイルなんて屋根から水を吐き出すための雨どいに付いているのが普通なのに、なんだって窓に付いているのだろう、こんな恐い姿をして。
まてよ。
ステファンの脳裏に、オーリの言葉が浮かんだ。
――オスカーが内緒で飼っていたガーゴイル――
“飼っていた”つまりただの石像などではなく、生きて動いていた、ということだ。実際そいつはオスカーの手紙を運んで、“事切れた”。
死んだり幽霊になったりできるのは、命を持つものだけだ。
今、宵闇の中に白々と浮かび上がる醜悪な顔は、どこから見てもただの石像だが、ここは魔法使いの屋敷だ。食べ残しを飲み込む天使像や侵入者をつかまえてしまうカーテンがあるくらいだ、ひょっとしたら……
「あのさ、君、もしかして動いたりできる?」
遠慮がちに訊いたステファンに、ガーゴイルはギロリと目を向けた。
「―― 命令セヨ」
「しゃ、しゃべった!」
口も動かさずしゃべる石像に度肝を抜かれて、危うく手を離しそうになった。
「命令セヨ。ワレニ使命ヲ与エヨ」
ガーゴイルは繰り返した。
ステファンは夢中で体勢を直し、ガーゴイルの背にしっかりとつかまった。
「ぼくを、大叔父様……ええと、イーゴリの部屋まで連れてってくれる?」
何も反応が無い。ステファンは息を吸い込み、大きな声で言い直した。
「あの三番目のガーゴイルの下の窓まで、飛べ!」
ぶるぶるっと振動が起きた。硬い石で出来たはずの翼が広がる。それは羽ばたきもせず、いきなり垂直に舞い上がった。二番目の顔の欠けたガーゴイルを追い越し、三番目へ。一呼吸のうちに、ステファンは三階の窓に到着した。
「来たか、オスカーの息子よ」
開いた窓の内側から大きな人影が迎えた。室内の明かりに目が眩んでいるうちに、その人はガーゴイルの背中からステファンを抱き取った。
「あ、あのう……?」
面食らっているステファンを高く抱き上げたままで、その人は豪快に笑った。
「見たか、イーゴリ。こいつはオーレグより優秀だぞ!」
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
醜悪な石のガーゴイルにしがみつきながら、ステファンは必死に足をばたつかせた。利き腕とはいえ、左腕だけでぶら下がるのにも限界がある。幸い靴の脱げたほうの足が、壁の凹凸に引っかかった。なんとかそれを足掛かりにして体勢を立て直す。が、さっきの少年が示した窓を見上げてまた愕然とした。
ここは一階の窓の上だ。大叔父様の部屋は三階。暗い石造りの壁面には、各階の窓の上にそれぞれ一体ずつガーゴイル像が突き出している。二階のやつは顔が欠けた鳥、三階のは翼を持つ獅子の姿だ。けれどそこまで辿り着くのだってもう足掛かりになりそうな場所は無いし、どうやって上れというのだろう。
一度降りようかと下を見たが、足が震えた。一階部分が天井の高い造りになっているためか、今居る場所は結構な高さがある。あまり運動神経が良いとはいえないステファンが硬い石のテラスに飛び降りたりしたら、足を折るかもしれない。
どくどくという自分の鼓動と呼吸音ばかりが妙に大きく聞こえる。それをあざ笑うかのように、広間からは軽快な音楽と楽しげなさざめきが流れてくる。
こんなところで独り、暗い壁に取り付いたまま降りることもよじ登ることもできずに震えている自分がひどく間抜けに思えた。
どうしよう……どうしよう……どうすればいい?
ステファンは泣きそうになりながら目の前のガーゴイルを見つめた。
オーリの庭に居た奴は豚っ鼻のコウモリみたいな愛嬌のある姿だったが、こいつは悪魔のような恐ろしげな顔をした怪鳥だ。大体ガーゴイルなんて屋根から水を吐き出すための雨どいに付いているのが普通なのに、なんだって窓に付いているのだろう、こんな恐い姿をして。
まてよ。
ステファンの脳裏に、オーリの言葉が浮かんだ。
――オスカーが内緒で飼っていたガーゴイル――
“飼っていた”つまりただの石像などではなく、生きて動いていた、ということだ。実際そいつはオスカーの手紙を運んで、“事切れた”。
死んだり幽霊になったりできるのは、命を持つものだけだ。
今、宵闇の中に白々と浮かび上がる醜悪な顔は、どこから見てもただの石像だが、ここは魔法使いの屋敷だ。食べ残しを飲み込む天使像や侵入者をつかまえてしまうカーテンがあるくらいだ、ひょっとしたら……
「あのさ、君、もしかして動いたりできる?」
遠慮がちに訊いたステファンに、ガーゴイルはギロリと目を向けた。
「―― 命令セヨ」
「しゃ、しゃべった!」
口も動かさずしゃべる石像に度肝を抜かれて、危うく手を離しそうになった。
「命令セヨ。ワレニ使命ヲ与エヨ」
ガーゴイルは繰り返した。
ステファンは夢中で体勢を直し、ガーゴイルの背にしっかりとつかまった。
「ぼくを、大叔父様……ええと、イーゴリの部屋まで連れてってくれる?」
何も反応が無い。ステファンは息を吸い込み、大きな声で言い直した。
「あの三番目のガーゴイルの下の窓まで、飛べ!」
ぶるぶるっと振動が起きた。硬い石で出来たはずの翼が広がる。それは羽ばたきもせず、いきなり垂直に舞い上がった。二番目の顔の欠けたガーゴイルを追い越し、三番目へ。一呼吸のうちに、ステファンは三階の窓に到着した。
「来たか、オスカーの息子よ」
開いた窓の内側から大きな人影が迎えた。室内の明かりに目が眩んでいるうちに、その人はガーゴイルの背中からステファンを抱き取った。
「あ、あのう……?」
面食らっているステファンを高く抱き上げたままで、その人は豪快に笑った。
「見たか、イーゴリ。こいつはオーレグより優秀だぞ!」
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
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Comment
うひゃ~♪
どきどきしたっ!
金髪の男の子、気になるけど意地悪じゃないんですよね、きっと♪ステフと友達になったら楽しそうだな~!!
ガーゴイルにとりついて途方にくれる情けなさもなんだかすごく分かる~~。松果さんのキャラは一つ一つの出来事に対する感覚がリアルで好きです~♪ごく普通の感覚を持っていること。それが魅力でもあり♪
子どもたちにも読んで欲しいっていうのがよく分かるな。(最近のラノベと呼ばれるものや漫画の感覚についていけなくなっています…笑
いよいよ大叔父様♪
楽しくてつい、一気読みしちゃう~(>∇<)
わくわく~!
金髪の男の子、気になるけど意地悪じゃないんですよね、きっと♪ステフと友達になったら楽しそうだな~!!
ガーゴイルにとりついて途方にくれる情けなさもなんだかすごく分かる~~。松果さんのキャラは一つ一つの出来事に対する感覚がリアルで好きです~♪ごく普通の感覚を持っていること。それが魅力でもあり♪
子どもたちにも読んで欲しいっていうのがよく分かるな。(最近のラノベと呼ばれるものや漫画の感覚についていけなくなっています…笑
いよいよ大叔父様♪
楽しくてつい、一気読みしちゃう~(>∇<)
わくわく~!
ありがとう~!
金髪の男の子…確かに意地悪じゃないよ。友達かぁ~。有る意味そうなるかもね、ふふふ。
>一つ一つの出来事に対する感覚がリアル
そう言ってもらえると、頑張って書いてる甲斐があるってもんです。ありがとう♪
あり得ない出来事ばっかりのファンタジーだからこそ、主人公の感覚はなるべくフツーに、現実的に、を心がけているもんで。多分、ステフの心情を書いている時は、わたしも10歳に戻ってるんだろうな。
さて、次話から9章。いよいよ大叔父様と対面、辞書のことやら何やら種明かし編です。
10章までで完結するはずなんですが、どうも最近推敲の時間が短くて、ただでさえ稚拙な文章がますます雑になってる…
無事に完結できるかな~(汗)
>一つ一つの出来事に対する感覚がリアル
そう言ってもらえると、頑張って書いてる甲斐があるってもんです。ありがとう♪
あり得ない出来事ばっかりのファンタジーだからこそ、主人公の感覚はなるべくフツーに、現実的に、を心がけているもんで。多分、ステフの心情を書いている時は、わたしも10歳に戻ってるんだろうな。
さて、次話から9章。いよいよ大叔父様と対面、辞書のことやら何やら種明かし編です。
10章までで完結するはずなんですが、どうも最近推敲の時間が短くて、ただでさえ稚拙な文章がますます雑になってる…
無事に完結できるかな~(汗)