1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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ここは、どこだろう。
古いゴブラン織りの椅子と、猫足のテーブル。そうだ、ここはステファンの家の中だ。
窓の外は激しい雨が降っている。部屋の中では、退屈した顔で幼いステファンがむずがっている。
「ほうら、できたよ、ステファン」
居間の入り口に現れたのは父オスカーだ。紙を切り抜いて作ったハトをテーブルに乗せて微笑んだ。
「やってみてごらん」
幼いステファンは嬉しそうに目を輝かせ、テーブルに向かって叫んだ。
「ククゥ、つかまえた!」
その声に応じるかのように、テーブルにあった紙のハトがひらひらと舞って、小さな掌に落ちてくる。 ああそうだ、と見ているステファンは思い出した。「ククゥ」は父がよく作ってくれたハトだ。こんな小さな頃から遊んでいたっけ。
ところがそんな感慨も、聞き覚えのある声に吹き飛んだ。
「オスカー! なんて遊びをさせてるの!」
ステファンは緊張した。家でよく聞いた、母のヒステリックな声だ。
母はひきつった顔で幼いステファンを抱き寄せると、「ククゥ」をむしり取るようにして言った。
「こんな遊び、しちゃいけません!」
「ミレイユ、別にいいじゃないか。この子は才能があるんだよ」
呑気な口調で言うオスカーを、ミレイユはキッと睨んだ。
「そんな才能、要りません。あたくしの息子は、兄たちのような目には遭わせないから!」
幼いステファンは母の剣幕に驚いてか、泣き出した。ミレイユは構わず、ステファンの手を引っ張って居間から出て行ってしまった。床の上に残されたクシャクシャの「ククゥ」を拾い上げた父オスカーが、やれやれという風に首を振る――
風が吹く。本のページをめくるように、目の前でいくつもの場面がせわしなく入れ替わる。
その中のいくつかの場面は、ステファンの記憶にもあるものだった。
オスカーが教えてくれた言葉探し。初めて乗せてもらったスクーター。不思議な魔術道具のコレクション。銀髪のオーリの姿もかいま見えた。そして――
「何度言ってもムダですわ。魔法なんて、この世には存在しないんです。ステファンは普通の子供で充分。オスカー、どうしてもこの子の変な力を認めさせたいというのなら、あたくしにも考えがあります」
凛とした母の声が聞こえた。暖炉に火が焚かれているところをみると、ここは秋か冬だろうか。
暖かいはずの居間の中は、凍りつくような空気になっている。険しい眼差しを向けるミレイユの次の言葉を、ステファンは覚えていた。
「夢見たいなことばかり言って。あなたは遺跡やコレクションと結婚すれば良かったんですわ。あたくしは決めました。オスカー、あなたとは離……」
「やめてーっ!」
ステファンは耳を押さえ、目を閉じた。途端に何かに引っ張られて、次の瞬間、どさりと本の落ちる音がした。
目を開けると、元の保管庫の中だ。ステファンは崩れるように座り、そのまま仰向けに倒れた。
「ぼくだったんだ……」
仰向いたまま、ステファンは苦しい呼吸をした。頭が割れそうに痛み、目の端に涙がこぼれた。
「お母さんが機嫌悪かったのも……お父さんが出て行ったのも……ぼくが変な力を持ったせいなんじゃないか! こんな力のせいで……」
「ダカラヤメロト言ッタンダ」
ステファンを覗き込むようにして、ファントムが宙を漂っている。泣き顔を見られるのが嫌でステファンは腕で顔を隠したが、こらえられない泣き声が喉の奥から込み上げてくる。
もういいや。どうせファントムなんて仮面じゃないか。他には誰にも聞かれないからいいや。そう思うと、ステファンは小さい子供のように大声をあげ、床に突っ伏して泣きだした。
どのくらいそうしていたろうか。
さんざん泣くだけ泣いて、ステファンは気が抜けたようにのろのろと起き上がった。
「……ファントム、君はお父さんのこと知ってたの?」
「ノン、ファントム、答エナイ」
いちいちカンに障る言い方だ、と思ったが、ステファンにはもうファントムをつかまえる気力はなかった。
「いいや、もう。変な力なんていらない。魔法なんて勉強したって、意味ないよ……」
「ケーッケケケ!」
ファントムが再び笑いだした。
「ヤッパリ弱虫ダ。弱虫、泣キ虫、イジケ虫ー」
「なん……だと?」
ステファンは痛む頭を押さえて立ち上がった。
「いいかげんにしてよ! ぼくは、そりゃ、ちょっとは泣き虫だけど、弱虫でもイジケ虫でもないぞ!」
「ソウコナクチャ」
ファントムはひらりと舞い上がると、急に重々しく言った。
「愚カナ迷子メ。スネテ済ムノナラバ、ソウシテイレバイイ。ダガソレデハ、イツマデモココカラ出ラレナイゾ」
さっきまでとの口調とは違う。仮面の表情までが厳しくなっている。
「ファントム? ぼくに、どうしろって?」
「ファントムハ注告シタ。ファントムハ止メタ。ダガオマエハ既ニ踏ミ出シタ。ナラバ知ルコトヲ恐レルナ。オマエニ勇気ガアルナラバ、マダ知ルベキ事ガ有ルダロウ」
知るべきこと――ステファンは誰の名を口にするべきか、わかる気がした。
ただし、今度は意識ごと引っ張られることのないように気をつけよう。そう冷静に考えながら本の山に呼びかけた。
「――ミレイユ!」
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古いゴブラン織りの椅子と、猫足のテーブル。そうだ、ここはステファンの家の中だ。
窓の外は激しい雨が降っている。部屋の中では、退屈した顔で幼いステファンがむずがっている。
「ほうら、できたよ、ステファン」
居間の入り口に現れたのは父オスカーだ。紙を切り抜いて作ったハトをテーブルに乗せて微笑んだ。
「やってみてごらん」
幼いステファンは嬉しそうに目を輝かせ、テーブルに向かって叫んだ。
「ククゥ、つかまえた!」
その声に応じるかのように、テーブルにあった紙のハトがひらひらと舞って、小さな掌に落ちてくる。 ああそうだ、と見ているステファンは思い出した。「ククゥ」は父がよく作ってくれたハトだ。こんな小さな頃から遊んでいたっけ。
ところがそんな感慨も、聞き覚えのある声に吹き飛んだ。
「オスカー! なんて遊びをさせてるの!」
ステファンは緊張した。家でよく聞いた、母のヒステリックな声だ。
母はひきつった顔で幼いステファンを抱き寄せると、「ククゥ」をむしり取るようにして言った。
「こんな遊び、しちゃいけません!」
「ミレイユ、別にいいじゃないか。この子は才能があるんだよ」
呑気な口調で言うオスカーを、ミレイユはキッと睨んだ。
「そんな才能、要りません。あたくしの息子は、兄たちのような目には遭わせないから!」
幼いステファンは母の剣幕に驚いてか、泣き出した。ミレイユは構わず、ステファンの手を引っ張って居間から出て行ってしまった。床の上に残されたクシャクシャの「ククゥ」を拾い上げた父オスカーが、やれやれという風に首を振る――
風が吹く。本のページをめくるように、目の前でいくつもの場面がせわしなく入れ替わる。
その中のいくつかの場面は、ステファンの記憶にもあるものだった。
オスカーが教えてくれた言葉探し。初めて乗せてもらったスクーター。不思議な魔術道具のコレクション。銀髪のオーリの姿もかいま見えた。そして――
「何度言ってもムダですわ。魔法なんて、この世には存在しないんです。ステファンは普通の子供で充分。オスカー、どうしてもこの子の変な力を認めさせたいというのなら、あたくしにも考えがあります」
凛とした母の声が聞こえた。暖炉に火が焚かれているところをみると、ここは秋か冬だろうか。
暖かいはずの居間の中は、凍りつくような空気になっている。険しい眼差しを向けるミレイユの次の言葉を、ステファンは覚えていた。
「夢見たいなことばかり言って。あなたは遺跡やコレクションと結婚すれば良かったんですわ。あたくしは決めました。オスカー、あなたとは離……」
「やめてーっ!」
ステファンは耳を押さえ、目を閉じた。途端に何かに引っ張られて、次の瞬間、どさりと本の落ちる音がした。
目を開けると、元の保管庫の中だ。ステファンは崩れるように座り、そのまま仰向けに倒れた。
「ぼくだったんだ……」
仰向いたまま、ステファンは苦しい呼吸をした。頭が割れそうに痛み、目の端に涙がこぼれた。
「お母さんが機嫌悪かったのも……お父さんが出て行ったのも……ぼくが変な力を持ったせいなんじゃないか! こんな力のせいで……」
「ダカラヤメロト言ッタンダ」
ステファンを覗き込むようにして、ファントムが宙を漂っている。泣き顔を見られるのが嫌でステファンは腕で顔を隠したが、こらえられない泣き声が喉の奥から込み上げてくる。
もういいや。どうせファントムなんて仮面じゃないか。他には誰にも聞かれないからいいや。そう思うと、ステファンは小さい子供のように大声をあげ、床に突っ伏して泣きだした。
どのくらいそうしていたろうか。
さんざん泣くだけ泣いて、ステファンは気が抜けたようにのろのろと起き上がった。
「……ファントム、君はお父さんのこと知ってたの?」
「ノン、ファントム、答エナイ」
いちいちカンに障る言い方だ、と思ったが、ステファンにはもうファントムをつかまえる気力はなかった。
「いいや、もう。変な力なんていらない。魔法なんて勉強したって、意味ないよ……」
「ケーッケケケ!」
ファントムが再び笑いだした。
「ヤッパリ弱虫ダ。弱虫、泣キ虫、イジケ虫ー」
「なん……だと?」
ステファンは痛む頭を押さえて立ち上がった。
「いいかげんにしてよ! ぼくは、そりゃ、ちょっとは泣き虫だけど、弱虫でもイジケ虫でもないぞ!」
「ソウコナクチャ」
ファントムはひらりと舞い上がると、急に重々しく言った。
「愚カナ迷子メ。スネテ済ムノナラバ、ソウシテイレバイイ。ダガソレデハ、イツマデモココカラ出ラレナイゾ」
さっきまでとの口調とは違う。仮面の表情までが厳しくなっている。
「ファントム? ぼくに、どうしろって?」
「ファントムハ注告シタ。ファントムハ止メタ。ダガオマエハ既ニ踏ミ出シタ。ナラバ知ルコトヲ恐レルナ。オマエニ勇気ガアルナラバ、マダ知ルベキ事ガ有ルダロウ」
知るべきこと――ステファンは誰の名を口にするべきか、わかる気がした。
ただし、今度は意識ごと引っ張られることのないように気をつけよう。そう冷静に考えながら本の山に呼びかけた。
「――ミレイユ!」
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