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1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。 ちょいレトロ風味の魔法譚。
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 鈍(にび)色の雲が低く垂れ込める下で、昼間とも思えないほど辺りは暗くなってきた。三人の立つ道には人通りもなく、道の脇には丈の長い草に覆われた岩が、あちこちで墓標のように白く顔を覗かせている。
 
 ステファンは震えた。オーリはエレインと目を合わせず、苦い表情をしている。
「先生、どういうこと?」
「――ステフ、エレインを見るまで、君は“竜人”というと半人半獣のような姿を想像してはいなかったか?」
 ステファンは顔を伏せた。じつは、そうだ。だって絵本やおとぎ話に出てくる竜人は、たいてい恐ろしい人喰いの怪物として描かれているのだから。
「あれは、故意に作られたイメージだ」
 オーリは言葉を続けた。
「ドラゴンにしてもそうだ。彼らを悪の象徴として描き、彼らを倒した者を英雄とする、そんな伝説が多いのはなぜだと思う? 人間が、自分達の侵略の歴史を正当化するためだ。
 竜人の力は偉大だ。魔法使いは、昔から契約によって彼らの力を借りてきた。お互いの尊敬の上に成り立つ契約のはずだった。けれど最初の大戦後、疲弊したこの国は、豊かな竜人の土地に目を付け、彼らの故郷を奪う大義名分として、“竜人は人を喰らう”というデマを流したんだ。伝説で刷り込まれてきたイメージを利用したんだろうな。
 大勢の魔法使いが臆面もなく“竜人退治”と称して、剣と槍しか持たない彼らを襲い始めた。それまで迫害される側だったのが、まるでうっ憤を晴らす手立てを見つけて小躍りするようにね。
 誇りを守って抵抗した種族は滅ぼされ、生き残った竜人も――さっきの少年を見たろう、ああいう酷い扱いを受けている」
「でも先生は違う! トーニャさんも、ユーリアンさんも。魔法使いがみんな酷いことをしたわけじゃないでしょう?」
「もちろんソロフ門下の魔法使いはこぞって竜人狩りに反対したさ。でも、竜人から見れば魔法使いなんて皆同罪だろうな……」
 そこまで言ってオーリはハッと顔を上げた。
「ステフ、離れろ!」
 オーリの視線を追ったステファンはぞっとして後ずさった。
 エレインの赤い髪がざわざわと逆立っている。風が悲鳴のような音を立ててエレインにまとわり付く。吹く風はしだいに小さな竜巻の形になり、エレインと同化する。目に見えぬ何かの意思が、エレインの中で撚り合わさっていく姿にも見えた。
「驕れる者たちよ……その尖兵たる魔の使いよ」 
 緑色の目が異様に光っている。口の端から出ているのは、彼女の声ではない。何人もが同時に発声しているかのように不気味な倍音を含んでいる。
「ばかな。契約の時にあの力は封印したはずだ」
 オーリは再び杖を向けようとしたが、赤い影が襲い掛かるほうが速かった。
 ステファンはオーリの体当たりを食らう形になり、そのまま地面に突き飛ばされた。
「愚かなり――人間よ! 汝が罪を恥じよ!」 
 振り向いたステファンの目にしたものは、長く鋭く伸びる竜人の爪だった。
 オーリの身代わりのように、人の形を留めた上着が切り裂かれた。その間に身を翻し、オーリは相手の後ろに回り込んだものの、瞬時に喉を掴まれて顔を歪めた。
「だめ! エレイン、だめ!」
 夢中で起き上がり、ステファンは青い紋様の手をオーリから引き剥がそうとした。が、もとより竜人の力にかなうはずもない。
「先生は竜人の味方だよ! 目を覚まして、エレイン!」
 けれどそこに居るのは、ステファンの知っている気さくな竜人ではない。ただ目の前の魔法使いに憎しみの全てを向けた、見知らぬ生きものの姿だ。
「同胞(はらから)を返せ! 我らが誇りをかえせ!」 
 恐ろしい声だった。噛み付くように叫んだ竜人は、そのまま魔法使いの喉を引き裂くかに思えた。必死にしがみつくステファンの目の端に、オーリが杖を向けようとするのが見える。
 ステファンは祈るように暗い空を仰いだ。雲と雲との間に稲妻が行き交っている。分厚い雲の向こうに何か大きな存在を感じる。何かとてつもなく大きなその存在は、下界の全てを冷ややかに見通しているようだ。ステファンは夢中で叫んだ。
「お願いだ! これ以上争わせないで!」 
 
 突然、空が裂けた。
 強烈な閃光の中、ステファンの目に巨大な緋色の竜の姿が映った。
 翼を持つドラゴンではない。稲妻が化身して命を宿したかのようなそれは、雲の中で身を躍らせ、はるかな高みから地上に光のつぶてを投げつけた。
 
 地響きと轟音。と共に、道の脇に点在する岩が次々に発光して砕けていった。
 エレインは何かを叫び、赤い巻き毛を揺らして膝を折った。 力を失った緑色の瞳が宙を見たまま、空っぽの表情になる。
 苦しげに咳き込みながらオーリもまた、エレインを抱えて力なく座り込んだ。 
「先生!」
 駆け寄ったステファンに、大丈夫だ、というようにオーリは手を挙げた。
「エレインは? 感電したんじゃ?」
「違う。トランス状態から脱出したんだ」
 オーリはエレインの顔を確かめるように上向けた。
 緑の瞳が空っぽの表情のまま、空を見ている。
 母さま、とその口元が動いたように見えた。
 
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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

オーリの長台詞、気に入らなくて書き直しました。すでに修整前の文章を読まれた方、ごめんなさい。
でもやっぱ長い! 長すぎるぞぉ。
たらたら説明口調でしゃべってる間、エレインはおとなしく待っててくれたのか?

うう~、ベストではないけど、これで更新します。
折を見て、また手直しするかも・・・
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きゃ~!!
大変なこととは!!これですね!

オーリから語られる真実、そして竜人と魔法使いを取り巻く現実!
ステフがみた竜は…エレインのお母さん!?

あ~続きが~読みたい~

長台詞?そんなことないです!オーリの素敵な声で語られるのなら例え一晩中でも♪(はっ…←エレインの視線を感じている
冗談はともかく、全然大丈夫ですよ♪すごく分かりやすいですし!世界観や歴史をキャラに語らせるのって難しいですよね…らんららも苦心しています…
らんらら URL 2008/03/07(Fri)08:49: 編集
らんららさんへ
きゃ~、そうなんです。
二人の間には重ーい現実が…
てか、こんな恐いエレインをヨメにするにはハンパない覚悟が居るぞオーリ。どうするどうする~

ステフが見た竜は、お母さんというより…ま、それは次話で。

オーリの台詞、分かりやすいと言ってもらえて嬉しい~
苦心惨憺した甲斐がありました。
お好みの声に変換して語らせますか(おい

世界観の説明…地の文ではその場の情景描写ていど、あとは台詞に頼ってるんで、時々自分の筆力の無さに泣けてくる(*_*;
ほんと難しいです。

さて、今週中にこの場面にケリをつけたいなあ。頑張ります。
松果 2008/03/07(Fri)09:55: 編集
もしかして…
オーリには覚悟があったんかなぁ…。

いつかエレインが真実に気付いた時、もしかしたら自分に矛先が向く事を…。
そして、その怒りを受け止め、受け入れようと…。
う~ん。考えすぎかな…。

オーリって、いつも多くを語らずに、心の中で色々と考えてるじゃない(笑)ふふふ。

でもこれって、ステフがいる状況で良かった…。
ミナモ 2008/03/08(Sat)22:03: 編集
おお~
さすがミナモさん、読みが深い!

そうですね、ユーリアンの家で「エレインとは契約する時だって大変だった」と言ってたように、彼女の中でくすぶってる人間への怒りや不信感はオーリにもわかってたはず。いつかはボッコボコにされるんじゃ……と覚悟はしてたと思いますよ。

オーリっておしゃべりなようで、自分の心情となるとあんまり語らずに、いろんなものを飲み込んで達観してるようなとこがありますね。さてそれがどう変わるか…

ステフは今後も大事な場面場面で、救いになっていきますよ。
お楽しみに。

松果 2008/03/09(Sun)06:53: 編集
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趣味で始めたはずの小説にはまってしまった物書き初心者。ちょいレトロなものが好き。ラノベほど軽くはなく、けれど小学生も楽しめる文章を、と心がけています。
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