1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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これが?
ステファンは拍子抜けした。魔法使いなんてどんな場所に住んでいるんだろう、と好奇心をもっていたが、思ったより質素な建物だ。
夕陽に染まる二階建ての屋敷は、おびただしい植物に囲まれていた。玄関ドアの上部には半円形の飾り窓が光っている。黒々とした木組みに白い漆喰を塗り重ねた外壁は、アイビーが我が物顔でびっしりとはりつき、あちこち傷んで修復の跡が見える。 こじんまりとしていて古く、ステファンの田舎の家といい勝負だ。
「もっと奇妙な、おとぎ話みたいなのを想像してた?」
ステファンの表情を見てオーリがニヤニヤ笑っている。
「あ、いいえ、そんなんじゃ……」
突然、庭の茂みがガサッと動き、真っ赤な影が飛び出した。
影の主は赤い髪の娘だった。驚くステファンの前で剣を構え、立ちはだかる。
「何者か! この庭に踏み込むとはそれなりの覚悟があるんだろうね!」
ステファンはヒャッ、と叫んでオーリの後ろに隠れた。
「エレイン、酒臭いよ」
オーリは鼻先に剣を突きつけられて涼しい顔をしている。
赤毛の娘はすぐに白い歯を見せて剣を下げた。
「ふふん、お先にいただいてまーす」
「お客より先に飲む奴がいるかい? アトラスが来ると言ってあるのに」
「平気よぉ、あいつ、あたしの弟分だもん」
エレインと呼ばれた娘は、そこで初めて、呆気に取られているステファンを覗き込んだ。
「ね、かわいい……誰?」
「今日からわたしの弟子になる子だよ。使い魔が知らせて来なかった?」
「あ、あの、ステファンといいます、よろしく」
さきの翼竜とのこともあったので、ステファンはこわごわ挨拶した。
「ステファン、この人はエレイン、わたしを守護している竜人だ」
守護? 竜人? それにアトラスが弟分って? 意味が分からずステファンは当惑して、エレインと呼ばれた娘を見上げた。
赤毛といってもここまで真っ赤な髪があろうか。頭の斜め上で一つ結びにした巻き毛は、さながら花房が垂れているかのようだ。緑色の大きな瞳が輝く精悍な顔は、化粧っ気がなく日焼けしているが、なにか人を惹きつけずにはいられないものがある。しかし気配は、人間の若い女性というよりはむしろ、さっきの翼竜に近い。
だいいち、なんて格好をしているのだろう?
真夏とはいえ、短い胴着と短いズボンだけなんて。ヘソまで出ているじゃないか。すらりと伸びた腕や脚の外側には、刺青のような装飾模様が、長く指先まで続いている。足元は古代人のような編み上げサンダル。ステファンの母が見たら卒倒しそうな格好だ。
「ステファンか、ふうん……」
緑の瞳に、光が走った。ステファンはとっさに後ずさりしようとしたが、頭をガシッと捕らえられてしまい、
「かーわいい、かーわいい、かわいーい!」
と、さんざん頬ずりされて、悲鳴をあげた。外見に似合わずものすごい力に、頭が潰されそうだ。
「こらこらエレイン、いきなり失礼だよ」
「だって、人間の子供なんて久しぶりだもーん」
「エレイン様! いいかげんになさいまし、泣いてるじゃありませんか!」
誰かの声にエレインが腕を放してくれたので、ステファンはやっと呼吸ができた。情けないが、本当に涙が出ている。
「エレイン様は手加減を知らないんですよ、まったく。坊ちゃん大丈夫?」
「マーシャ、その子を頼むよ。わたしはこの酔っ払いを中庭に連れて行くから」
酔っ払い、という言葉に抗議したそうなエレインの腕を取って、オーリは家の中へ消えた。
ステファンはマーシャと呼ばれた白髪の老婦人を見た。さっき助けてくれたのは、この人だ。
「あの、ぼく……」
「ステファン坊ちゃん、でしょ?」
マーシャはにっこりと柔和な笑顔を向けた。鼻先の小さな眼鏡が上品だ。
「オーリ様からうかがっておりますよ。まあまあ遠い所から……疲れたでしょう?」
そう言いながら長いエプロンをつけた腰をかがめ、トランクをよいしょ、と持ち上げようとする。
「あ、ぼく自分で持ちます、重いから」
ステファンは慌ててトランクを持った。
「まぁま、坊ちゃんはお優しいんですねぇ」
なんだか、この人の声は独特の訛りがあって心地いい。ステファンは気分が和んだ。
「申し遅れました、わたくしマーシャと申します。オーリ様がお小さい頃、お世話させていただいた者です。このお屋敷に住まわれるようになってから、家政婦としてまた雇っていただいておりますが。坊ちゃんを見ていると昔を思い出しますわねぇ」
マーシャは実に嬉しそうだった。
「ここが坊ちゃんに使っていただくお部屋ですよ。急いで用意しましたから手入れは行き届いておりませんが……」
マーシャに案内された二階の部屋には、涼しい夕風が流れ込んでいた。
古い木づくりのベッドと、チェストと、折りたたみ式の机。そのどれもが長年使い込まれたようにつつましく光っている。決して広くはないが、清潔に整えられた部屋だ。
「ここ、だれか子供が住んでたんですね……」
思わずステファンはつぶやいて、しまったと思った。
「そうかもしれませんねぇ、お屋敷も家具も、古うございますから」
マーシャは少しも気味悪がるふうもなく、にこにこと頷いている。
「荷物の片付けはほどほどにして、早く下に降りてきてくださいな。お腹が空いているでしょう?」
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ステファンは拍子抜けした。魔法使いなんてどんな場所に住んでいるんだろう、と好奇心をもっていたが、思ったより質素な建物だ。
夕陽に染まる二階建ての屋敷は、おびただしい植物に囲まれていた。玄関ドアの上部には半円形の飾り窓が光っている。黒々とした木組みに白い漆喰を塗り重ねた外壁は、アイビーが我が物顔でびっしりとはりつき、あちこち傷んで修復の跡が見える。 こじんまりとしていて古く、ステファンの田舎の家といい勝負だ。
「もっと奇妙な、おとぎ話みたいなのを想像してた?」
ステファンの表情を見てオーリがニヤニヤ笑っている。
「あ、いいえ、そんなんじゃ……」
突然、庭の茂みがガサッと動き、真っ赤な影が飛び出した。
影の主は赤い髪の娘だった。驚くステファンの前で剣を構え、立ちはだかる。
「何者か! この庭に踏み込むとはそれなりの覚悟があるんだろうね!」
ステファンはヒャッ、と叫んでオーリの後ろに隠れた。
「エレイン、酒臭いよ」
オーリは鼻先に剣を突きつけられて涼しい顔をしている。
赤毛の娘はすぐに白い歯を見せて剣を下げた。
「ふふん、お先にいただいてまーす」
「お客より先に飲む奴がいるかい? アトラスが来ると言ってあるのに」
「平気よぉ、あいつ、あたしの弟分だもん」
エレインと呼ばれた娘は、そこで初めて、呆気に取られているステファンを覗き込んだ。
「ね、かわいい……誰?」
「今日からわたしの弟子になる子だよ。使い魔が知らせて来なかった?」
「あ、あの、ステファンといいます、よろしく」
さきの翼竜とのこともあったので、ステファンはこわごわ挨拶した。
「ステファン、この人はエレイン、わたしを守護している竜人だ」
守護? 竜人? それにアトラスが弟分って? 意味が分からずステファンは当惑して、エレインと呼ばれた娘を見上げた。
赤毛といってもここまで真っ赤な髪があろうか。頭の斜め上で一つ結びにした巻き毛は、さながら花房が垂れているかのようだ。緑色の大きな瞳が輝く精悍な顔は、化粧っ気がなく日焼けしているが、なにか人を惹きつけずにはいられないものがある。しかし気配は、人間の若い女性というよりはむしろ、さっきの翼竜に近い。
だいいち、なんて格好をしているのだろう?
真夏とはいえ、短い胴着と短いズボンだけなんて。ヘソまで出ているじゃないか。すらりと伸びた腕や脚の外側には、刺青のような装飾模様が、長く指先まで続いている。足元は古代人のような編み上げサンダル。ステファンの母が見たら卒倒しそうな格好だ。
「ステファンか、ふうん……」
緑の瞳に、光が走った。ステファンはとっさに後ずさりしようとしたが、頭をガシッと捕らえられてしまい、
「かーわいい、かーわいい、かわいーい!」
と、さんざん頬ずりされて、悲鳴をあげた。外見に似合わずものすごい力に、頭が潰されそうだ。
「こらこらエレイン、いきなり失礼だよ」
「だって、人間の子供なんて久しぶりだもーん」
「エレイン様! いいかげんになさいまし、泣いてるじゃありませんか!」
誰かの声にエレインが腕を放してくれたので、ステファンはやっと呼吸ができた。情けないが、本当に涙が出ている。
「エレイン様は手加減を知らないんですよ、まったく。坊ちゃん大丈夫?」
「マーシャ、その子を頼むよ。わたしはこの酔っ払いを中庭に連れて行くから」
酔っ払い、という言葉に抗議したそうなエレインの腕を取って、オーリは家の中へ消えた。
ステファンはマーシャと呼ばれた白髪の老婦人を見た。さっき助けてくれたのは、この人だ。
「あの、ぼく……」
「ステファン坊ちゃん、でしょ?」
マーシャはにっこりと柔和な笑顔を向けた。鼻先の小さな眼鏡が上品だ。
「オーリ様からうかがっておりますよ。まあまあ遠い所から……疲れたでしょう?」
そう言いながら長いエプロンをつけた腰をかがめ、トランクをよいしょ、と持ち上げようとする。
「あ、ぼく自分で持ちます、重いから」
ステファンは慌ててトランクを持った。
「まぁま、坊ちゃんはお優しいんですねぇ」
なんだか、この人の声は独特の訛りがあって心地いい。ステファンは気分が和んだ。
「申し遅れました、わたくしマーシャと申します。オーリ様がお小さい頃、お世話させていただいた者です。このお屋敷に住まわれるようになってから、家政婦としてまた雇っていただいておりますが。坊ちゃんを見ていると昔を思い出しますわねぇ」
マーシャは実に嬉しそうだった。
「ここが坊ちゃんに使っていただくお部屋ですよ。急いで用意しましたから手入れは行き届いておりませんが……」
マーシャに案内された二階の部屋には、涼しい夕風が流れ込んでいた。
古い木づくりのベッドと、チェストと、折りたたみ式の机。そのどれもが長年使い込まれたようにつつましく光っている。決して広くはないが、清潔に整えられた部屋だ。
「ここ、だれか子供が住んでたんですね……」
思わずステファンはつぶやいて、しまったと思った。
「そうかもしれませんねぇ、お屋敷も家具も、古うございますから」
マーシャは少しも気味悪がるふうもなく、にこにこと頷いている。
「荷物の片付けはほどほどにして、早く下に降りてきてくださいな。お腹が空いているでしょう?」
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