1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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翌朝、アーニャを迎えに来たユーリアンが意味ありげに笑いながら朝刊を見せた。
「いいニュースだオーリ。例の“花崗岩”の事件が暴かれたせいで、竜人管理法がどうなるか、微妙になってきた」
朝刊の三面には、竜人が封じ込められた岩の写真と共に過去の忌まわしい事件に関する簡単な解説が、“写真提供:魔女出版”として載っていた。
「何? 何て書いてあるの?」
人間の文字が読めないエレインは写真を食い入るように見つめている。
「署名記事が付いているな。落雷によって竜人迫害の事実が暴かれたことを天啓と考えるべきでは、だってさ。よく言うよ今頃になって」
「あの落雷の後、オーリが連絡をくれたから良かったんだ。お陰でトーニャの同僚がすぐ写真を撮りに行って他社にもばらまいたもんだから、昔事件に関わった魔法使いどもが慌てたのなんの。見ものだったぜ」
ユーリアンは面白そうに笑ったが、オーリは冷静に頭を振った。
「悪いけどユーリアン。ゴシップ好きの大衆紙や魔法使いしか読まない隔週誌が書き立てたくらいじゃ、管理法を変えるほどの影響は無いんじゃないかな。何しろ何十年も昔の事件だし、今さらって気もする」
「いや、今だから意味があるんだよ。さきの大戦から七年、世の中が豊かになるにつれて、自分達のしてきた事に疑問を持つ人間が増えてきたんじゃないのか? 事実水面下じゃお堅い連中も動いているらしい。もともと“管理法”に反対していた議員連中が証拠の岩を保護するために魔女の協力を求めてきたって話も聞くしね――おっと、早く帰らなきゃ。おいでアーニャ、ママが待ってる」
ユーリアンに抱き上げられて、アーニャは満面の笑顔を見せた。
「パパ、アーニャいっぱいとんだよー」
今朝早くから目覚めたアーニャは、森に守られたオーリの家の周りを存分に飛び回ってすっかり満足したようだ。
「またいつでもいらっしゃい、小さい魔女さん。ここは守られた場所だから、いくらでも飛んでいいからね」
守られた場所――エレインの言葉を、ステファンは胸の中で反すうした。確かにこの家は、そうなのかも知れない。竜人も、魔女も、魔法使いも、周りに気兼ねせずに本来の自分でいられる。けれど本当は、街の中だろうが学校の中だろうが、いつでもありのままの自分でいられたら、どんなに楽しいか知れないのに。
「今度来るまでには、ぼくもちゃんと飛び方を覚えるからね」
小さいアーニャの頭を撫でながら、ステファンは本気でそう思った。
飛びたい。昨日みたいにオーリに振り回されるのではなく、自分の力で。自分のやりかたで。
ユーリアン親子が帰った後、オーリもまた空を見ながらじっと何かを考えていた。
午後、オーリはアトリエに大きな縦長のカンバスを持ち込んだ。
描きかけのまま屋根裏で眠っていた絵だという。なぜそれを今持ち出したのか、覆い布を外しながらオーリは感慨深そうに絵を見上げた。
「以前描いていた時にはなぜ挫折したのか分からなかった。マティエール(画肌)が気に入らないだの、構図がどうだの、表面的なことばかり気になってね。でも違う。この絵に何が足りなかったのか、今ならはっきり分かるよ」
こんな綺麗な絵に何が足りないのだろう、とステファンは不思議な思いで見上げた。淡い色彩で描かれた画面は、なるほどまだ下絵の線が残っていたりする個所はあるが、ステファンにはこれだけでも充分なように思える。縦長の画面に何人かの人物が上へ、上へと向かうような姿勢で並ぶのは、何かの舞踊だろうか。一番上の空に近い場所に描かれた人には翼のような物も見えるから、天使でも描こうとしたのだろうか。
ステファンの隣で同じように首を傾げているエレインの肩に手を置いて、オーリは力強く言った。
「エレイン、君を――いや、竜人フィスス族を描かせてくれ!」
「フィススの絵を?」
「そうだよ。傲慢な人間どもに思い出させてやるんだ、かつて竜人という尊い隣人が大勢居たことをさ」
オーリはステファンにも明るい瞳を向けた。
「ソロフ師匠の言葉を覚えているかい? 絵描きには絵描きなりの戦い方があると言ってたろう。悪いが今からしばらくは、絵の制作が中心の生活になるよ。ステフ、君には助手を努めてもらうけど、いいかな」
「もちろんです!」
張り切って答えたステファンは、ああこの目の色だ、と思った。最初にオーリに会った時と同じ、自信に溢れた力強い水色の目。やっぱりオーリローリ・ガルバイヤンはこうでなくちゃ。
胸いっぱいに吸い込んだ風は、張りつめた新しい季節の香りがした。
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
「いいニュースだオーリ。例の“花崗岩”の事件が暴かれたせいで、竜人管理法がどうなるか、微妙になってきた」
朝刊の三面には、竜人が封じ込められた岩の写真と共に過去の忌まわしい事件に関する簡単な解説が、“写真提供:魔女出版”として載っていた。
「何? 何て書いてあるの?」
人間の文字が読めないエレインは写真を食い入るように見つめている。
「署名記事が付いているな。落雷によって竜人迫害の事実が暴かれたことを天啓と考えるべきでは、だってさ。よく言うよ今頃になって」
「あの落雷の後、オーリが連絡をくれたから良かったんだ。お陰でトーニャの同僚がすぐ写真を撮りに行って他社にもばらまいたもんだから、昔事件に関わった魔法使いどもが慌てたのなんの。見ものだったぜ」
ユーリアンは面白そうに笑ったが、オーリは冷静に頭を振った。
「悪いけどユーリアン。ゴシップ好きの大衆紙や魔法使いしか読まない隔週誌が書き立てたくらいじゃ、管理法を変えるほどの影響は無いんじゃないかな。何しろ何十年も昔の事件だし、今さらって気もする」
「いや、今だから意味があるんだよ。さきの大戦から七年、世の中が豊かになるにつれて、自分達のしてきた事に疑問を持つ人間が増えてきたんじゃないのか? 事実水面下じゃお堅い連中も動いているらしい。もともと“管理法”に反対していた議員連中が証拠の岩を保護するために魔女の協力を求めてきたって話も聞くしね――おっと、早く帰らなきゃ。おいでアーニャ、ママが待ってる」
ユーリアンに抱き上げられて、アーニャは満面の笑顔を見せた。
「パパ、アーニャいっぱいとんだよー」
今朝早くから目覚めたアーニャは、森に守られたオーリの家の周りを存分に飛び回ってすっかり満足したようだ。
「またいつでもいらっしゃい、小さい魔女さん。ここは守られた場所だから、いくらでも飛んでいいからね」
守られた場所――エレインの言葉を、ステファンは胸の中で反すうした。確かにこの家は、そうなのかも知れない。竜人も、魔女も、魔法使いも、周りに気兼ねせずに本来の自分でいられる。けれど本当は、街の中だろうが学校の中だろうが、いつでもありのままの自分でいられたら、どんなに楽しいか知れないのに。
「今度来るまでには、ぼくもちゃんと飛び方を覚えるからね」
小さいアーニャの頭を撫でながら、ステファンは本気でそう思った。
飛びたい。昨日みたいにオーリに振り回されるのではなく、自分の力で。自分のやりかたで。
ユーリアン親子が帰った後、オーリもまた空を見ながらじっと何かを考えていた。
午後、オーリはアトリエに大きな縦長のカンバスを持ち込んだ。
描きかけのまま屋根裏で眠っていた絵だという。なぜそれを今持ち出したのか、覆い布を外しながらオーリは感慨深そうに絵を見上げた。
「以前描いていた時にはなぜ挫折したのか分からなかった。マティエール(画肌)が気に入らないだの、構図がどうだの、表面的なことばかり気になってね。でも違う。この絵に何が足りなかったのか、今ならはっきり分かるよ」
こんな綺麗な絵に何が足りないのだろう、とステファンは不思議な思いで見上げた。淡い色彩で描かれた画面は、なるほどまだ下絵の線が残っていたりする個所はあるが、ステファンにはこれだけでも充分なように思える。縦長の画面に何人かの人物が上へ、上へと向かうような姿勢で並ぶのは、何かの舞踊だろうか。一番上の空に近い場所に描かれた人には翼のような物も見えるから、天使でも描こうとしたのだろうか。
ステファンの隣で同じように首を傾げているエレインの肩に手を置いて、オーリは力強く言った。
「エレイン、君を――いや、竜人フィスス族を描かせてくれ!」
「フィススの絵を?」
「そうだよ。傲慢な人間どもに思い出させてやるんだ、かつて竜人という尊い隣人が大勢居たことをさ」
オーリはステファンにも明るい瞳を向けた。
「ソロフ師匠の言葉を覚えているかい? 絵描きには絵描きなりの戦い方があると言ってたろう。悪いが今からしばらくは、絵の制作が中心の生活になるよ。ステフ、君には助手を努めてもらうけど、いいかな」
「もちろんです!」
張り切って答えたステファンは、ああこの目の色だ、と思った。最初にオーリに会った時と同じ、自信に溢れた力強い水色の目。やっぱりオーリローリ・ガルバイヤンはこうでなくちゃ。
胸いっぱいに吸い込んだ風は、張りつめた新しい季節の香りがした。
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いよいよ最終章です。
泣き虫のステファンも、オーリも、エレインも、それぞれに新しい局面を迎えます。時は秋→冬、決して優しくはないけれど、美しい季節。三人がどう変わっていくのかお楽しみに。
何話くらいで終わらせるかなあ。
推敲すればするほど、どんどん加筆したくなっちゃうので……
引っ張るのもいいかげんにしろよ! と自分を叱咤しつつ「着地点」を見失わないように書き上げます。
次話は6/3(火)に更新予定です。
いよいよ最終章です。
泣き虫のステファンも、オーリも、エレインも、それぞれに新しい局面を迎えます。時は秋→冬、決して優しくはないけれど、美しい季節。三人がどう変わっていくのかお楽しみに。
何話くらいで終わらせるかなあ。
推敲すればするほど、どんどん加筆したくなっちゃうので……
引っ張るのもいいかげんにしろよ! と自分を叱咤しつつ「着地点」を見失わないように書き上げます。
次話は6/3(火)に更新予定です。
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Comment
おはようございます!!
ぬおっ!?最終章!?もうっ?
楽しくて、あっという間って感じです!!長くていいんですよ~♪もっともっともっとオーリたちを見ていたいんだもん♪
オーリの中で、何かが変わる。うん。新しい季節か~わくわくします♪あの悲しい記憶の花崗岩が、こういう伏線になっていようとは!と。さすが♪
楽しみにしています!!
楽しくて、あっという間って感じです!!長くていいんですよ~♪もっともっともっとオーリたちを見ていたいんだもん♪
オーリの中で、何かが変わる。うん。新しい季節か~わくわくします♪あの悲しい記憶の花崗岩が、こういう伏線になっていようとは!と。さすが♪
楽しみにしています!!
ありがとぉ~
らんららさんにそう言ってもらえると頑張って書いてる甲斐もあるってもんです。
この作品は私にとって遊園地みたいなもので、いつまでも遊んでいたいんだけど……長く書いていると、自分でいつか飽きちゃうんじゃないか、ってそれが一番怖いんですよ。だから十章で一度完結させます、うん。
でもまだもうひと波乱あるかも、ムフ。
どうか最後までお付き合い下さい。
この作品は私にとって遊園地みたいなもので、いつまでも遊んでいたいんだけど……長く書いていると、自分でいつか飽きちゃうんじゃないか、ってそれが一番怖いんですよ。だから十章で一度完結させます、うん。
でもまだもうひと波乱あるかも、ムフ。
どうか最後までお付き合い下さい。