忍者ブログ
1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。 ちょいレトロ風味の魔法譚。
[131]  [132]  [49]  [133]  [136]  [135]  [138]  [139]  [141]  [142]  [145
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 光の中の人物は次第にはっきりとした像を結びだした。少し癖のある黒髪、彫りの深い顔立ち。ステファンに似た鳶色の目が、驚いたように見開いた。
「ステファン……ステファンか?」
「お父さんっ!」
 駆け寄ろうとしたステファンをオーリが捕らえた。
「だめだ、ステフ。オスカーもそこで止まれ!」
「どうして!」
 ステファンは必死に腕を振りほどこうともがいた。
「だってお父さんだよ、あんなに探したんじゃないか。そこに居るんだ、離して先生! お父さんのところに行くんだ!」
「そこに見えるのはオスカーの“意識”だ、実体じゃない。それに同調魔法では対象に触れちゃいけない。でないと、術者の意識がこちら側に戻れなくなる。君だってファントムに助けられただろう!」
「落ち着きなさい、ステファン」
 オスカーの声に、ようやく我に帰ったステファンは暴れるのを止めた。
「……お父さん、本当にそこに居ないの? だって話ができるよ? 前にぼくが同調魔法使った時は、ぼくの声はお父さんに聞こえてなかったのに」
「それは、君の同調した対象がオスカーの“記憶”だったからだ。記憶は過去。けど今見えているオスカーはわたし達と同じ時間の上に居る。
そうだな? オスカー」
「ああ、そのようだ」
「無事なのか? そこはどこだ?」
 まだステファンをしっかり押さえたまま、オーリの声は震えている。
「今は答えられない。君たちの居る世界ではない、とだけ言っておこうか」
 オスカーの鳶色の目が悲しげに微笑んだ。
「杖を持つ魔法使いと違って、僕のような者が魔道具を使うとなると、いろいろ制約があってね。口外できないことも多いんだ――ソロフ師の意識を間近に感じる――そうか、これが同調魔法なのか。息子がそこに居るということは、僕があの手紙に託した願いを君が聞き入れてくれたということだね。感謝する、オーリ」
「なにが感謝だ、あんな手紙じゃ何もわからない。皆をどれだけ心配させたと思う!」
 オーリは銀髪を振って顔を伏せた。
「こんなことなら、忘却の辞書なんて貸すんじゃなかった。オスカー、君はこうなることを覚悟の上で辞書を使ったのか? まさか帰らないつもりじゃないだろうな」
 オーリの問いには答えず、鳶色の目はただ懐かしそうに友人や息子を見ている。
 ステファンの腕を掴むオーリの手に、痛いほどの力が込められた。すぐ目の前に姿が見えるのに、手を取ることすら出来ない悔しさをこらえているのは自分だけではない、とステファンは気付いた。
「離してください、先生」
 ステファンは涙を浮かべてはいたが、落ち着いた声で言った。
「大丈夫、お父さんには触れないよ。ただもうちょっとだけ、近くで顔を見させてください」
「ステファ……」
 オスカーの手がピクと動いた。久しぶりに会えた息子を抱きしめたいのに違いないが、拳を握り締め、かろうじて押さえている。父と息子は手を差し伸べ合うこともなく、お互いの顔を見つめて向かい合った。
「大きくなった。男の子らしい顔になってきたな、ステファン」
「ぼくは相変わらずチビだよ。お父さんは、ちっとも変わってない。最後に見た時のまんまだね」
 ステファンは無理をして笑顔を作った。いつか、オーリがそうしていたように。
「ああ、そうだな。ここでは時が流れていないから。空腹も、疲れも感じない奇妙なところだ。敢えて言うなら、時空の間隙、とでもいうのかな」
「オスカー、なんでそんな所に行っちまったんだ? なんとか出られないのか?」
 ずっと黙っていたユーリアンが、たまりかねたように声を掛けた。
「君は……ああ、ユーリアンだ。それと、トーニャ? 驚いた、二人ともあんまり綺麗なんで人形かと」
「冗談言ってる場合かよ、自分の状況を心配しろ。相変わらずだな、この男は」
 涙声になりそうなユーリアンは、赤くなった目を逸らした。
「お父さん、ひとつだけ教えて。ぼくが魔力なんて持って生まれたたから、お母さんとケンカになっちゃったの? もしそうなら、ぼく家では二度とあんな力使わない。いい子でいるように努力するよ。だから、帰ってきて。お母さんのために帰ってきてあげて!」
「ステファン、それは違う」
 オスカーは首を振った。
「お前は生まれてきてくれただけで、かけがえの無い“いい子”なんだよ。悪いのは、お父さんなんだ。いつも夢ばかりを追いかけて、遠い過去の世界ばかりを見て、現実に目の前にいる人を大切にしてこなかった。忘却の辞書を使ったのも、お母さんの心を病ませてまったことへの、せめてもの罪滅ぼしなんだ」
「お母さんは、病んでなんかいないよ。ごめん、せっかくお父さんが掛けた魔法だけど、ぼくとお母さんで解いちゃった。でもお母さんは泣いてなんかいない。自分から伯母さんと話し合いに行くくらい、元気になったんだよ!」
「ミレイユが? そうか……良かった」
 オスカーは目を閉じ、安心したように微笑んだ。

「もう、あまり時間は無いぞ」
 ソロフの顔が苦しそうに歪んできた。
「待ってください。師匠。オスカー、あの十二本の罫線の意味するものは何だ? もう辞書の魔法は解けているんだ、君が戻るためにこっちから働きかけることはできないか?」
「残念ながら、その問いにも答えるわけにはいかないな。だが僕は必ず帰る。それまで息子を頼むよ――ああ、視界が薄くなってきた。ステファン、いいかい、いつも顔を上げるんだよ。自分の力に誇りを持つんだ。ミレイユに伝えてくれ、ずっと愛していると。けどこれからは自分の幸せのために生きて欲しいと。オーリ、大切なものからは決して手を離すな。そしてユーリアン、トーニャ。子供は、希望そのものだ。きっと――」
 そこまでしか声は聞こえず、オスカーの姿はかき消えた。
「待って、待って、お父さんっ!」
 夢中でオーリの腕を振りほどいたステファンは、オスカーの残像を捕まえようとするかのように、むなしく空間に手を伸ばした。

「フフ……フ、ちと無理が過ぎたな」
 ソロフの身体がぐらりと傾く。
「師匠!」
「ソロフ先生!」
 同時に駆け寄ったオーリとユーリアンに両側から支えられ、老いた魔法使いは深々と椅子に身体を沈めた。
「オスカーめ、自分の言いたいことだけいいおって。私やイーゴリへの礼は無いままか……」
 ソロフは荒い息を吐きながら、それでも満足そうな目をしていた。
「先生、ご無理をさせてしまいました。オスカーに代わって感謝します」
 オーリは目をしばたたかせながら、老師匠の両手をしっかりと握った。
 
「ステファン?」
 トーニャが背中に手を触れると、我に帰ったようにステファンは目をぬぐった。
「お父さん、必ず帰るって言ってたよね」
「ええ、そうね」
「ぼくのこと、いい子だって言ってくれたよね?」
 振り向いたステファンは、もう泣き顔などではなかった。
「もちろんよ。皆、そう思ってる」 
 ステファンはトーニャに笑顔を向けると、部屋を横切り、ソロフの白髪頭に飛びついた。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう! お父さんに会わせてくれて。ぼく、何て言ったらいいか――とにかくありがとうございます! 先生の先生、やっぱりすごいや。大叔父様も、ありがとう!」
「ふははははっ」
 ソロフはステファンの頭をなでながら、心底嬉しそうに笑った。
「見たか弟子たちよ、これが本物の“童心”だ。このくらい真っ直ぐに自分を表してみよ。どんなにか生き易くなるだろうに。 なあイーゴリ、そう思わんか?」
 椅子の上の茶色い物体は、答えない。どうやら眠りについてしまったようだ。

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ 
読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。

 

PR

Comment
Name
Title
Mail
URL
Comment
Pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
う~(TT)
泣けた~!!
ステフ、えらいぞ!いい子だ~(><。
おばさんがぎゅっとしてあげようっ!…え、いや?(笑)
でもでも、なかなか、助け出すには難しそうな。
道のりは長いな~!!

オスカーのミレイユにあてた言葉…少し悲しい。
自分のために生きて、かぁ~。くすん。

らんらら URL 2008/05/07(Wed)09:15: 編集
らんららさんへ
えへへ。ステフはどうしても「いい子」に書いちゃいますね。あまりにもいい子過ぎて、小説としてはどうかなあって思うんですけど。
オスカーは自分で出て行っちゃった人だからね、自力で帰ってもらいましょう(無責任)
大丈夫、ちゃんと最終話には大団円になる…予定ですから。
松果 2008/05/07(Wed)10:19: 編集
ソロフ! かっこいい~!!
なんか、すっごくいいシーンでした。
このソロフの頑張りで、ステフはまた一段と大人になったような♪

それにしても、大叔父様。
イイ味だしてるわぁ~。
きっと、ギリギリまで頑張って見届けてたのね~♪
ミナモ URL 2008/09/23(Tue)20:56: 編集
おっさん頑張りました
えへへ。松果のおっさんキャラ好きがモロに出た話でしたね。ソロフはなんたってオーリの先生ですから。ちょっと無理してでもカッコいいとこ見せてもらわないとねー(笑
大叔父様、いいでしょ?
憎まれ役を敢えて引き受けながら、ちゃんと愛を持ってる人です。オーリも、もう少し年を重ねれば大叔父様の心が分かると思うんだけど…

松果 2008/09/23(Tue)23:32: 編集
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
最新記事
最古記事
ブログ内検索
プロフィール
HN:
松果
HP:
性別:
女性
職業:
兼業主婦
趣味:
読書・ネット徘徊
自己紹介:
趣味で始めたはずの小説にはまってしまった物書き初心者。ちょいレトロなものが好き。ラノベほど軽くはなく、けれど小学生も楽しめる文章を、と心がけています。
バーコード
最新コメント
[09/24 松果]
[09/24 松果]
[09/24 松果]
[09/24 ミナモ]
[09/24 松果]
カウンター
アクセス解析
フリーエリア
最新トラックバック
忍者ブログ [PR]