1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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二棟続きの赤茶けたレンガの家は、左側がユーリアンの家になっており、隣は別の家族が住んでいるようだ。玄関のランプ飾りが魔女の形をしているのが可愛らしかった。きっと夜には、この魔女が灯りを抱いて出迎えてくれるのだろう。
「あなたがステファンね? ユーリアンがさんざん誉めてたわよ」
お腹の大きな女性に微笑みかけられて、うわ本物の魔女だ、とステファンは緊張した。黒い服など着ていなくてもわかる。切れ長の目と艶やかな黒髪は美しいが、どこか油断のならない恐さがある。
「順調そうでなによりだ、トーニャ。次も女の子なら、ユーリアンの立場はますます弱くなるな」
「その通り!」
快活に笑いながらユーリアンは三人を招き入れた。
「トーニャはオーリのいとこなのよ。この前の手紙でしゃべってた魔女の娘」
エレインに耳打ちされて、ああそうか、とステファンは思い出した。虚像伝言だったとはいえ、あの威圧感たっぷりの魔女の娘――どうりで恐いはずだ。
狭い玄関と廊下の先は、涼しい風が吹き抜けるダイニングに続いていた。
「狭いけどゆっくりしてってくれ。今は夏休みだから隣の悪ガキも居ないし、この辺りは静かなもんさ」
ダイニングの向こうは縦長い芝生の庭だ。庭の外れには林檎の木が、隣家との境には蔓バラが、目隠しのように植えられている。田舎にくらべると確かに狭いが、街中の家はこんなものなのだろうか。
「アーニャ、見るたびに大きくなるね。ほら、お土産だ」
オーリはユーリアンの腕の中に居る女の子の目の前でパチンと指を鳴らした。
どこから現れたのか、色とりどりのキャンディーが花びらのように宙を舞う。
女の子は歓声を上げると、小さな手を伸ばして全てのキャンディーを引き寄せて捕まえてしまった。
ステファンは茫然とそれを見つめた。あれはオスカーに教えてもらった遊びと同じだ。けれどステファンが小さいときは、吹けば飛びそうな軽い紙のハトを捕まえるのが精一杯だった。まだオムツがとれたばかりのようなニ、三歳の子が、キャンディーのような重みのあるものを、しかも複数同時に捕まえている――はっきり言って、この光景はショックだ。
「アーニャ、今日はひとつだけよ。オーリおじちゃまにありがとうは?」
トーニャに言われて、アーニャは床に飛び降り、オーリに駆け寄った。 おじちゃまと呼ばれてオーリは苦笑しながらも、頬に小さなアーニャのキスを受けて満足そうだ。
アーニャはエレインとステファンにも駆け寄って来る。勘弁してくれ、とステファンは首をすくめた。小さい子は苦手だ――思ったとおり、キスのついでに水っ鼻をつけられてしまった。
うへえ、と思って必死に頬をぬぐっているステファンをよそに、大人達は談笑を始めている。
さっさと辞書のことを聞けばいいのに。
オスカーの手紙の謎を解きに来たんじゃなかったのか。
バラの香を運ぶ涼しい風も、トーニャが出してくれた炭酸のジュースも、今のステファンにはちっとも楽しめない。ユーリアンが季節を問わず熱いお茶しか飲まないとか、トーニャのベビーがいつ生まれるかとか、エレインのスカート姿がどうしたとか、そんなことはどうだっていい。
じりじりしながらうつむくステファンの手に、ふいに柔らかいものが触れた。小さいアーニャの手だ。黒ぐろとした真ん丸い目を向けて、じーっと顔をのぞきこみに来る。
「な、なに?」
わざと不機嫌な声を出してステファンは追っ払おうとした。ところがアーニャは手を離すどころか、とろけるような笑顔を向けてきた。
なんて顔をするんだ、と思う。意味もわからず魔力を使うチビのくせに。水っ鼻をつけてるチビのくせに。けれどアーニャは、その邪気のない澄んだ目を向けたまま、舌ったらずの発音で呼びかける。
「あとぼー(遊ぼう)!」
大人達の会話は今や、エレインに化粧をさせるかどうかというくだらない話題で盛り上がっていた。
「トーニャ、うちの守護者には人間の価値観を押し付けないでくれないか……おや?」
オーリは庭に続く窓に目を向けた。アーニャに手を引かれたステファンが、どうしてよいかわからずうろたえている。
くくく、と笑ってオーリはエレインに耳打ちした。
「了解! トーニャ、靴脱いでいい?」
答えを待つ間もなくエレインは靴を放りだしていた。
「ま、待てエレイン! 何も裸足になれとは、おいっ」
オーリが焦って止める間にも、手袋と靴下までがポイポイと宙を舞った。
「“はしたない”って言うつもり? エレインには人間の価値観を押し付けないんじゃなかった?」
トーニャは面白そうにオーリの表情を眺めている。
その間にもエレインは裸足で庭に駆け出し、高々とスカートをたくし上げながらアーニャと追いかけっこを始めてしまった。
「ステーフ! ぼんやりしてないで一緒に遊ぶよ、ほらっ」
エレインに急きたてられて、ようやくステファンも追いかけっこに加わった。
「ま、いいんじゃないか? 裏庭なら通りから見えないし。あれだけあっけらかんと脚を出すんなら、こっちも気を使わずにおくさ」
ユーリアンはさっきから笑いすぎてティーカップをひっくり返しそうだ。
「面目ない。まったくうちの守護者は大人なんだか子供なんだか……」
ひとり、オーリだけが顔を赤くして頭を抱えている。
「童心だよオーり、“童心”。僕らの師匠が一番重んじたことだろ? エレインには充分それが残ってるってことさ」
「だから困るんだよ」
オーリはぼそりとつぶやいた。
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
「あなたがステファンね? ユーリアンがさんざん誉めてたわよ」
お腹の大きな女性に微笑みかけられて、うわ本物の魔女だ、とステファンは緊張した。黒い服など着ていなくてもわかる。切れ長の目と艶やかな黒髪は美しいが、どこか油断のならない恐さがある。
「順調そうでなによりだ、トーニャ。次も女の子なら、ユーリアンの立場はますます弱くなるな」
「その通り!」
快活に笑いながらユーリアンは三人を招き入れた。
「トーニャはオーリのいとこなのよ。この前の手紙でしゃべってた魔女の娘」
エレインに耳打ちされて、ああそうか、とステファンは思い出した。虚像伝言だったとはいえ、あの威圧感たっぷりの魔女の娘――どうりで恐いはずだ。
狭い玄関と廊下の先は、涼しい風が吹き抜けるダイニングに続いていた。
「狭いけどゆっくりしてってくれ。今は夏休みだから隣の悪ガキも居ないし、この辺りは静かなもんさ」
ダイニングの向こうは縦長い芝生の庭だ。庭の外れには林檎の木が、隣家との境には蔓バラが、目隠しのように植えられている。田舎にくらべると確かに狭いが、街中の家はこんなものなのだろうか。
「アーニャ、見るたびに大きくなるね。ほら、お土産だ」
オーリはユーリアンの腕の中に居る女の子の目の前でパチンと指を鳴らした。
どこから現れたのか、色とりどりのキャンディーが花びらのように宙を舞う。
女の子は歓声を上げると、小さな手を伸ばして全てのキャンディーを引き寄せて捕まえてしまった。
ステファンは茫然とそれを見つめた。あれはオスカーに教えてもらった遊びと同じだ。けれどステファンが小さいときは、吹けば飛びそうな軽い紙のハトを捕まえるのが精一杯だった。まだオムツがとれたばかりのようなニ、三歳の子が、キャンディーのような重みのあるものを、しかも複数同時に捕まえている――はっきり言って、この光景はショックだ。
「アーニャ、今日はひとつだけよ。オーリおじちゃまにありがとうは?」
トーニャに言われて、アーニャは床に飛び降り、オーリに駆け寄った。 おじちゃまと呼ばれてオーリは苦笑しながらも、頬に小さなアーニャのキスを受けて満足そうだ。
アーニャはエレインとステファンにも駆け寄って来る。勘弁してくれ、とステファンは首をすくめた。小さい子は苦手だ――思ったとおり、キスのついでに水っ鼻をつけられてしまった。
うへえ、と思って必死に頬をぬぐっているステファンをよそに、大人達は談笑を始めている。
さっさと辞書のことを聞けばいいのに。
オスカーの手紙の謎を解きに来たんじゃなかったのか。
バラの香を運ぶ涼しい風も、トーニャが出してくれた炭酸のジュースも、今のステファンにはちっとも楽しめない。ユーリアンが季節を問わず熱いお茶しか飲まないとか、トーニャのベビーがいつ生まれるかとか、エレインのスカート姿がどうしたとか、そんなことはどうだっていい。
じりじりしながらうつむくステファンの手に、ふいに柔らかいものが触れた。小さいアーニャの手だ。黒ぐろとした真ん丸い目を向けて、じーっと顔をのぞきこみに来る。
「な、なに?」
わざと不機嫌な声を出してステファンは追っ払おうとした。ところがアーニャは手を離すどころか、とろけるような笑顔を向けてきた。
なんて顔をするんだ、と思う。意味もわからず魔力を使うチビのくせに。水っ鼻をつけてるチビのくせに。けれどアーニャは、その邪気のない澄んだ目を向けたまま、舌ったらずの発音で呼びかける。
「あとぼー(遊ぼう)!」
大人達の会話は今や、エレインに化粧をさせるかどうかというくだらない話題で盛り上がっていた。
「トーニャ、うちの守護者には人間の価値観を押し付けないでくれないか……おや?」
オーリは庭に続く窓に目を向けた。アーニャに手を引かれたステファンが、どうしてよいかわからずうろたえている。
くくく、と笑ってオーリはエレインに耳打ちした。
「了解! トーニャ、靴脱いでいい?」
答えを待つ間もなくエレインは靴を放りだしていた。
「ま、待てエレイン! 何も裸足になれとは、おいっ」
オーリが焦って止める間にも、手袋と靴下までがポイポイと宙を舞った。
「“はしたない”って言うつもり? エレインには人間の価値観を押し付けないんじゃなかった?」
トーニャは面白そうにオーリの表情を眺めている。
その間にもエレインは裸足で庭に駆け出し、高々とスカートをたくし上げながらアーニャと追いかけっこを始めてしまった。
「ステーフ! ぼんやりしてないで一緒に遊ぶよ、ほらっ」
エレインに急きたてられて、ようやくステファンも追いかけっこに加わった。
「ま、いいんじゃないか? 裏庭なら通りから見えないし。あれだけあっけらかんと脚を出すんなら、こっちも気を使わずにおくさ」
ユーリアンはさっきから笑いすぎてティーカップをひっくり返しそうだ。
「面目ない。まったくうちの守護者は大人なんだか子供なんだか……」
ひとり、オーリだけが顔を赤くして頭を抱えている。
「童心だよオーり、“童心”。僕らの師匠が一番重んじたことだろ? エレインには充分それが残ってるってことさ」
「だから困るんだよ」
オーリはぼそりとつぶやいた。
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Comment
すごいなぁ。
アーニャはこんなに小さくて、魔法が使えるんだ。
かわいい魔女♪
そうそう。エレインはやっぱ、こうじゃなきゃね(笑)
オシャレしてかしこまってるよりも、元気に走り回ってる方がいい!!オーリは複雑みたいだけどね。ふふふ。
エレインに振り回されるオーリってのも、結構魅力的なんだよね~♪(私の趣味なのか???)
かわいい魔女♪
そうそう。エレインはやっぱ、こうじゃなきゃね(笑)
オシャレしてかしこまってるよりも、元気に走り回ってる方がいい!!オーリは複雑みたいだけどね。ふふふ。
エレインに振り回されるオーリってのも、結構魅力的なんだよね~♪(私の趣味なのか???)
ふっふー
アーニャは、魔法使いを父に、魔女を母に持つ子供ですからねー。その力を目の当たりにしたステフ、ちょっとジェラシー?
エレインがお行儀よくしてると、わたしのほうがストレス溜まるんですよf^_^;
やっぱりこれくらいオテンバでなくちゃね!
オーリはきっとこれからも振り回されますよ(ニヤリ)
エレインがお行儀よくしてると、わたしのほうがストレス溜まるんですよf^_^;
やっぱりこれくらいオテンバでなくちゃね!
オーリはきっとこれからも振り回されますよ(ニヤリ)