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保管庫で見たオスカーの記憶の中で、ミレイユが“決定的”なひと言を告げたのは、あれは確かステファンが八歳の秋だった。暖炉の薪がはじけた音まで覚えている。
「あんまり思い出したくないな……でも間違いない。あの時、お母さんは魔法なんて存在しない、って言ったんだ」
「逆に言えば、二年前まではステフの力が何なのかを認識してたってわけだ」
オーリは居間の中を行ったり来たりしながら独り言のようにつぶやいた。
「二年前……オスカーが行方知れずになったのはその後か。十一月の聖花火祭の夜、ひょっこりうちに訪ねて来たのが最後だったな」
「お父さん、ここへ来たの?」
「ああ。わたしのコレクションを借りたい、と言ってね」
オーリは悔しそうにコツ、と自分の額を叩いた。
「“忘却の辞書”という魔道具だよ。昔の魔女や魔法使いが忘却魔法で相手から奪い去った記憶が文字で記されている。知っての通り、オスカーは遺跡を研究していたからてっきり古文書の解読にでも使うのかと思っていたんだ。まさか彼が辞書本来の力を使えるなんて、それも自分の家族に魔法を掛けるなんて思いもしなかった。もしもあれを使ったとすれば……」
そこまで言って、オーリは急に難しい顔をして黙り込んでしまった。
「使うと、何かまずいことでも起こるの?」
「まずいさ。辞書というのは、言葉の海だ。言葉には人の思いが込められている。まして忘却魔法で奪わなくてはならないような記憶なんて、どんな強い力を持っているか知れやしない――ステフ!」
オーリは急に顔を上げた。
「オスカーは君と同じように“同調魔法”を使えはしなかったか?」
「ええ?」
ステファンは驚き、首を振った。
「まさか。お父さんは僕の力を使う遊びをいろいろ教えてくれたけど、自分で魔法を使うところなんて見たことないよ。先生だって言ったじゃないか、独力では魔法を使えなかったって。だから魔道具なんてコレクションを……」
コレクション? 二人は同時に顔を見合わせ、同時に居間を飛び出した。
「ステフ、保管庫の中にあの辞書があるなんて、まさか思っていないだろうな?」
「先生だって! お父さんがぼくみたいに意識を取り込まれたとか、思ってるんじゃないの?」
二階に上がるだけの短い階段が、こんなにまだるっこしかったことはない。書庫の前に来るや否や、オーリはドアノブに触れるだけでバチッと大きな火花を散らし、鍵を開けてしまった。
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