1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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眠りに付いたイーゴリ大叔父を見やって、ユーリアンが老師匠を気遣った。
「師匠も少しお休みになったほうが……」
「そうだな。では今日最後の講義だ。座りなさい、弟子たちよ」
ソロフの言葉に全員が居ずまいを正してソファに座った。
「オーレグ、お前が指摘したようにオスカーは今、過去でも未来でもなく、我々と同じ時間の上に居る。だがその一方でこうも言っていた。“ここには時間が流れていない”とな。さて、これがどういうことか判る者?」
一同が戸惑って顔を見合わせる中、オーリが口を開いた。
「以前オスカーと議論したことがあります。時間とは静かに流れる川の水のようなものだ。けれどそこに舟を浮かべ、さらにその中に水を張ったら? 中の水は“川と共に流れている”が、“舟の中で同じ状態を留めている”とも言える。つまり――そういうことですか?」
「おおむねその考え方で正しい。オスカーの息子、言っていることが判るか?」
「わかんない」
ステファンは正直に答えた。
「ではもっとはっきり言おう。オスカーはおそらく、時間を自由に行き来する能力があったのだろう。“水を張った舟”に守られたまま、川を遡ったり下ったりするようなものだ」
「まさか!」
ステファンが叫ぶ隣で、オーリが眉を寄せた。
「いや。うすうすわたしもそう思ってはいた。彼は時々過去の事象を実際に見てきたように克明に話していたからな。それに、思い出してごらんステフ。オスカーが実際に魔法を使ったのは十一月六日、つまり彼が姿を消した日だ。けれど手紙をガーゴイルが運んだのは十二月。このタイムラグをどう説明すればいいか、ずっと考えていたんだ」
「おいおい! 大変なことをさらっと言うなよ」
ユーリアンが頭を抱えた。
「過去を観る能力を持つ者は確かに居るよ。けどそれは同調魔法に近い力だ。観ることはできても、過去の事象に干渉するのはタブーだろう。オスカーはそのタブーを犯して十二月から十一月に戻って魔法を使ったとでも言うのか?」
「おそらくはね。もしそうだとしたら、彼がああなったのは辞書のせいばかりじゃないな……」
沈痛な空気が流れる中、パン、パン、と手を叩く音が響いた。
「ふふ、時の試練とは面白いものよ」
ソロフは疲れた顔をしながらも誇らしげに弟子達を見回している。
「手のかかるヒヨッコも一人前にものを考えられるようになったな。大丈夫、オスカーは戻ってくるとも。それを信じて待つのもまた“試練”だ。わかるかな」
皺だらけの大きな手がステファンの肩に置かれた。
「でも、いつまで?」
「はっきりとは断言できぬが、そう遠い未来ではなかろう。さっき彼の意識と繋がった時、戻ろうとする明確な意思を感じたからな。これは一種の時限魔法かも知れぬ。オスカーのことだ、無鉄砲な若造のような魔法は使うまい。何らかの条件を付けてこちら側に戻る方法は確保しているはずだ」
「そう、信じたいです」
オーリが沈痛な顔でうなずいた。
「ときに、オーレグよ。お前の父シャーウンとオスカーは、似たところがあるな。お前はオスカーに自分の父親を重ねて見ていたのではあるまいな?」
「それはないです、ソロフ先生」
オーリは苦笑した。
「確かに共通点はあります、魅いられたように遺跡の研究に没頭して、家庭を顧みないところとかね。ですがわたしの父はただの壁画絵師です。東洋人ということもあって祖父や大叔父には随分嫌われていた。オスカーのように魔力でもあれば受け入れてもらえたのでしょうが」
「え、先生のお父さんって魔法使いじゃなかったの?」
驚くステファンに、オーリは悲しげな目を向けた。
「ああ。絵が描けるという以外これといって特別な力の無い、ただの男だよ。わたしが五歳の時にこの国を追われたというから、あまり覚えてないんだけどね」
「それについては少し訂正しておこう」
ソロフが手を挙げた。
「お前は自分の家族が離散することになった原因を、イーゴリのせいと思っているようだがな。あの絵師の才能を惜しんだゆえに国外に脱出させたのは、お前の母オリガだ。お前も知っておろう、二十年前に魔法使いがどういう扱いを受けていたか。魔力を持たぬ彼にまで我々と同じ荷を負わせるわけにはいかぬと、オリガは考えたのだ」
「母が? そうなのですか?」
「私は覚えているわよ、オーリ」
トーニャが口を開いた。
「叔母様は言っていたわ。“シャーウンは壁に心を刻み、私は息子に心を遺す。いつか時が満ちる日、オーレグは全てをわかってくれるはず”とね」
「時が満ちる日……」
オーリは唇を噛んで自分の手を見つめた。ソロフがうなずきながら、歌うように言う。
「時の試練とはまことに、不可思議で面白いものよ。あたかも巨大樹の成長を見守るがごとし。時代は変わった。魔女も、魔法使いも、これからは魔力だけに頼るのではなく、どう生きてゆくかが問われることとなろう。さあ、弟子たちよ、私の講義は終わりだ。あとは各々が自分の進むべき方向を見誤らないことだ」
語り終えると、満足そうにソロフは目を閉じた。
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
「師匠も少しお休みになったほうが……」
「そうだな。では今日最後の講義だ。座りなさい、弟子たちよ」
ソロフの言葉に全員が居ずまいを正してソファに座った。
「オーレグ、お前が指摘したようにオスカーは今、過去でも未来でもなく、我々と同じ時間の上に居る。だがその一方でこうも言っていた。“ここには時間が流れていない”とな。さて、これがどういうことか判る者?」
一同が戸惑って顔を見合わせる中、オーリが口を開いた。
「以前オスカーと議論したことがあります。時間とは静かに流れる川の水のようなものだ。けれどそこに舟を浮かべ、さらにその中に水を張ったら? 中の水は“川と共に流れている”が、“舟の中で同じ状態を留めている”とも言える。つまり――そういうことですか?」
「おおむねその考え方で正しい。オスカーの息子、言っていることが判るか?」
「わかんない」
ステファンは正直に答えた。
「ではもっとはっきり言おう。オスカーはおそらく、時間を自由に行き来する能力があったのだろう。“水を張った舟”に守られたまま、川を遡ったり下ったりするようなものだ」
「まさか!」
ステファンが叫ぶ隣で、オーリが眉を寄せた。
「いや。うすうすわたしもそう思ってはいた。彼は時々過去の事象を実際に見てきたように克明に話していたからな。それに、思い出してごらんステフ。オスカーが実際に魔法を使ったのは十一月六日、つまり彼が姿を消した日だ。けれど手紙をガーゴイルが運んだのは十二月。このタイムラグをどう説明すればいいか、ずっと考えていたんだ」
「おいおい! 大変なことをさらっと言うなよ」
ユーリアンが頭を抱えた。
「過去を観る能力を持つ者は確かに居るよ。けどそれは同調魔法に近い力だ。観ることはできても、過去の事象に干渉するのはタブーだろう。オスカーはそのタブーを犯して十二月から十一月に戻って魔法を使ったとでも言うのか?」
「おそらくはね。もしそうだとしたら、彼がああなったのは辞書のせいばかりじゃないな……」
沈痛な空気が流れる中、パン、パン、と手を叩く音が響いた。
「ふふ、時の試練とは面白いものよ」
ソロフは疲れた顔をしながらも誇らしげに弟子達を見回している。
「手のかかるヒヨッコも一人前にものを考えられるようになったな。大丈夫、オスカーは戻ってくるとも。それを信じて待つのもまた“試練”だ。わかるかな」
皺だらけの大きな手がステファンの肩に置かれた。
「でも、いつまで?」
「はっきりとは断言できぬが、そう遠い未来ではなかろう。さっき彼の意識と繋がった時、戻ろうとする明確な意思を感じたからな。これは一種の時限魔法かも知れぬ。オスカーのことだ、無鉄砲な若造のような魔法は使うまい。何らかの条件を付けてこちら側に戻る方法は確保しているはずだ」
「そう、信じたいです」
オーリが沈痛な顔でうなずいた。
「ときに、オーレグよ。お前の父シャーウンとオスカーは、似たところがあるな。お前はオスカーに自分の父親を重ねて見ていたのではあるまいな?」
「それはないです、ソロフ先生」
オーリは苦笑した。
「確かに共通点はあります、魅いられたように遺跡の研究に没頭して、家庭を顧みないところとかね。ですがわたしの父はただの壁画絵師です。東洋人ということもあって祖父や大叔父には随分嫌われていた。オスカーのように魔力でもあれば受け入れてもらえたのでしょうが」
「え、先生のお父さんって魔法使いじゃなかったの?」
驚くステファンに、オーリは悲しげな目を向けた。
「ああ。絵が描けるという以外これといって特別な力の無い、ただの男だよ。わたしが五歳の時にこの国を追われたというから、あまり覚えてないんだけどね」
「それについては少し訂正しておこう」
ソロフが手を挙げた。
「お前は自分の家族が離散することになった原因を、イーゴリのせいと思っているようだがな。あの絵師の才能を惜しんだゆえに国外に脱出させたのは、お前の母オリガだ。お前も知っておろう、二十年前に魔法使いがどういう扱いを受けていたか。魔力を持たぬ彼にまで我々と同じ荷を負わせるわけにはいかぬと、オリガは考えたのだ」
「母が? そうなのですか?」
「私は覚えているわよ、オーリ」
トーニャが口を開いた。
「叔母様は言っていたわ。“シャーウンは壁に心を刻み、私は息子に心を遺す。いつか時が満ちる日、オーレグは全てをわかってくれるはず”とね」
「時が満ちる日……」
オーリは唇を噛んで自分の手を見つめた。ソロフがうなずきながら、歌うように言う。
「時の試練とはまことに、不可思議で面白いものよ。あたかも巨大樹の成長を見守るがごとし。時代は変わった。魔女も、魔法使いも、これからは魔力だけに頼るのではなく、どう生きてゆくかが問われることとなろう。さあ、弟子たちよ、私の講義は終わりだ。あとは各々が自分の進むべき方向を見誤らないことだ」
語り終えると、満足そうにソロフは目を閉じた。
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更新頻度について
えー、四月はがんばって週二回の投稿ができてたんですが、ちょっとこのところ忙しくて、五月は週一になりそうです。その分一回ずつを丁寧に推敲してからUPしようかと。んなわけで、次話は20日(火)に更新予定です。
更新頻度について
えー、四月はがんばって週二回の投稿ができてたんですが、ちょっとこのところ忙しくて、五月は週一になりそうです。その分一回ずつを丁寧に推敲してからUPしようかと。んなわけで、次話は20日(火)に更新予定です。
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Comment
らんららさんへ
いつもありがとうございます。
GW以来忙しくて、こちらの更新も、お友達作品を読むのも、頻度が落ちちゃって……なかなかコメント書きにいけません。ごめんねー!
オーリが大叔父様に反発する理由、ちょこっと書きました。そう、何事も表裏があるもの。立場が違えば意味合いが180度変わることもありますね。
そのあたりを冷静に捉えているトーニャのほうがやっぱり大人だな。
「時の試練」便利なキーワードです(笑)
GW以来忙しくて、こちらの更新も、お友達作品を読むのも、頻度が落ちちゃって……なかなかコメント書きにいけません。ごめんねー!
オーリが大叔父様に反発する理由、ちょこっと書きました。そう、何事も表裏があるもの。立場が違えば意味合いが180度変わることもありますね。
そのあたりを冷静に捉えているトーニャのほうがやっぱり大人だな。
「時の試練」便利なキーワードです(笑)