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1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。 ちょいレトロ風味の魔法譚。
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 尖塔のある細長い建物の中は昼間だというのに薄暗かった。埃と煙と古い薬油の混じったようなにおいが漂っている。ゴトゴトと足音のする木の床を進んで正面の事務机に向かうと、長い灰色の髪をした魔女が顔を上げた。
「杖の申請者だね」
 オーリが口を開くよりも早く、魔女は丸い眼鏡をずりあげ、面倒くさそうに言って書類を広げる。
「ここにサインを。ああ、あんたもだよおチビさん」
 おチビと言われて少しムッとしながら、ステファンは魔女の枯れ木色の顔をなるべく見ないようにして几帳面な文字を書いた。
「なんだね、そんなにたっぷりインクをつけちゃ乾きにくくってしょうがない。お若いの、あんたが師匠だね。杖は後ろの棚にあるから、自分でお探し」
 魔女は書類にインクの吸い取り紙をぐりっと押し付けて、何やら記号を書いた紙片をオーリに渡した。
「随分と手続きが簡素になったもんですね」
 皮肉を込めたオーリの言葉など意に介さず、魔女は眼鏡の奥の黄色い眼を細めてため息をついた。
「今どきはこんなもんさね。ああ、昔は賑やかだったねえ。大勢の子が順番待ちで並んで、ちゃんと戴杖式なんてのもやったもんさ。あんたら若い者はそんなの知らないだろうね」
「いえ、わたしはギリギリ“戴杖式世代”ですよ――あった、これだ」
 オーリは棚の中から杖の箱を選び出すと、蓋を開けて中を確認した。
「ちょっと古くないですか?」
「文句をお言いでないよ。このごろは新しく魔法使いになろうなんて子は滅多に居やしないんだから、杖職人もあまり作らないんだよ。なあに、古くたって力は衰えてないさ」
「杖職人がそんなんじゃ困るな……ステフ、こっちへ」
 ステファンは促されるまま、部屋の中央で杖を捧げ持つオーリと向かい合った。

 薄暗い部屋には高い位置にある窓から光が射して、床に描かれた円形の文様を照らしている。黒いローブを着た銀髪の魔法使いは光の中で厳かな声で告げた。
「ステファン・ペリエリ、今よりこの杖の主となって己が魔法を極めんことを……以下省略!」
 ひやりとした感触の白い杖をステファンの手に載せると、オーリはいつもの顔に戻って片目をつぶった。

――これが、初めての杖。
 確かに、魔女の言う通り目に見えない力を感じるが、オーリのおかげで緊張がほぐれたせいか、恐いとは思わない。ステファンは手の中で呼吸を始めたような白い杖をしっかりと握り締めた。
 パン、パン、パン、と乾いた拍手音が部屋に響く。
「戴杖式の真似ごとってわけかい。さしずめあたしは立会人ってことかね。おめでとう、おチビさ……いや、ステファン・ペリエリ。今日からはあんたもお仲間ってわけだ」
「あ、ありがとうございます」
 ステファンは頬を紅潮させながら、改めて魔女の顔を正面から見た。枯れ木色の顔は不気味ではあるが、眼鏡の奥の黄色い眼は意外と人が良さそうに見えた。
「ただし、それはあくまでも“仮の杖”なんだからね。しっかり精進して、なるべく早く本物の杖を持つことだ、自分の稼ぎでね。それと、ローブだ。だいたいあんたもね、オーリなんとかさん。杖を受け取りに来るつもりならこの子のローブも用意してやるもんだ、気の利かない師匠だよまったく」
 魔女の機関銃のような台詞が終わらないうちに、オーリは肩をすくめてステファンを連れ、部屋を後にした。
 明るい表通りに出て行く二人の年若い魔法使いを見送りながら、魔女はため息をついた。
「もう、時代は魔法を必要としてないんだ。あの子たちは、“最後の世代”になるかもしれないねえ……」

*  *  *

 四日後の聖花火祭の夜。
 魔法使いも、竜人も、保管庫の中で眠っていたファントムも、この日ばかりは身分を偽らず、羽目を外して大騒ぎをする。川を挟んで対岸の村と花火を飛ばし合い、来るべき冬の前に一年に一度の馬鹿騒ぎが許される祭りなのだ。
 ステファンは自分の杖を使って小さな花火を飛ばした。初めての杖を使って最初に覚えたのがこんな過激な遊びだなんて、とエレインは呆れ顔だったが、オーリはステファン以上にはしゃいで、川の対岸に向けてガンガン花火を飛ばしまくった。当然、こちらにも花火は飛んでくる。川があるお陰で火事にこそならないが、時折火の粉が顔に散ってくる。それでも毎年たいした怪我人も出ないというのだから驚きだ。
 祭りが最高に盛り上がってきた頃、凍りそうな夜空に大きな花火が綺麗な孤を描いて飛び始めた。ユーリアンたち火を操る魔法使いが飛ばしているのだ。
 歓声をあげながら、ステファンの目に父オスカーの顔がふと浮かぶ。
 二年前、父はこんな花火を見ながら、オーリの元へ訪ねて来たのだろうか。
 
 ねえお父さん、と心で呼びかけてみる。ぼくは自分の杖を手にしたよ、早く見せてあげたい、と。

 
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今回ちょい短いです。お話の構成上、次話はテーマが違ってくるので……
「インクの吸い取り紙」ってわかります?
昭和30年代~もしかしたら40年代前半くらいまでは、事務員さんや学校の先生が使っていたはずなんだけど。
興味がある人はぐぐってみてください。

聖花火祭 : 花火ガンガン飛ばしあうなんて、どこが「聖」じゃ、って感じですが。もちろん架空の祭りですけど、モデルがあります。
 その1・英国のガイォークスデイとかボンファイヤーナイトとかいうやつ。だから日にちも合わせて11月5日ってことにしてます。
 モデルその2・テレビで見たギリシャのヒオス島の祭り。教会どうしで(!)ロケット花火を何万発も撃ち合ってましたから、まあそういう過激のもアリかなと。

次はエレインの話。7/22更新予定です。
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おはようございます!
ギリシャの聖火祭り、テレビで見ました!おお~楽しそうっ!って(^∇^)

最期の世代、魔法使いのおばあさんの言葉。どきりとしちゃいました。
ステフの選んだ道、お話で描かれるのか分からないけれど、大人になったステフがどんな風に生きていくのか。
すこしばかり妄想して、感慨に浸ってしまった~。
らんらら URL 2008/07/16(Wed)08:54: 編集
はい、妄想してください♪
お、ギリシャのお祭り見たのね。めっちゃ危ないけど、楽しそうだよね~!
お祭りってのは洋の東西を問わず、日常のモラルを取っ払ってバカ騒ぎしようぜい!ってノリがあるよね。

最後の世代。そう、50年代後半以降、大量消費バンザーイの時代(日本では高度成長期)に入っていくので、魔法なんてこの時代を最後に消えちゃったのかも……なんてね。
どっこい魔法使いはしぶとかった。21世紀になっても生きてるぜ、って展開も面白いんだけど。
大人になったステフ? ふふふ、本編のあとで明かすかもよ~
松果 URL 2008/07/16(Wed)09:15: 編集
時代とともに…
魔法は必要じゃなくなる…か。

なんか現代がそんな感じで、すごく刺さる言葉だったな~。

魔法使いじゃなくとも、人が元々持っている力を、便利さにかまけて無くして行ってるもの。

あたしは、最後の世代でいたいな…。
な~んて思ったりして(笑)

えへ。
ステフのあげた花火は輝いていたんだろうな~♪
ミナモ URL 2008/09/23(Tue)22:24: 編集
もういっちょ!
ダメ押し欠番レス。
そうそう、高度成長期いらい、現代人が失った「魔法」はあまりにも多いと思うの。
それを補うのが、想像力かなーなんて。
でも最後の世代なんて言わないで。
ミナモさんの魔法で、次の世代に夢見るパワーをいっぱい伝えて欲しいな♪
松果 2008/09/24(Wed)09:28: 編集
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趣味で始めたはずの小説にはまってしまった物書き初心者。ちょいレトロなものが好き。ラノベほど軽くはなく、けれど小学生も楽しめる文章を、と心がけています。
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