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天井の照明に頭をぶつけそうになりながら、ステファンは訊いた。
「ぼくのこと知ってるの? それにお父さんのことも」
「おお知っているとも。ははは、ここで会えるとは!」
低く響く弦楽器のような声だ。高々と差し上げる腕の力強さに圧倒される。
オーリや父の印象が青空ならば、この人物はさらにもっと高みに有る、そう、星々の界にまで続く広い天空だ。艶を無くした白髪は幾分薄いけれど、老人という感じではない。アゴ鬚と髪が一続きになって顔を縁取る様は獅子のたてがみを思わせるし、深く皺の刻まれた額の下、銀色の炎のような目は若々しくさえ見える。
けれどステファンはすぐに我に帰った。いくら痩せっぽちでも、もうじき十一歳になろうとしている身でこんな風に“高い高い”をされたまま話をするのはカッコ悪すぎる。
「降ろしてください!」
じたばたと足をもがいて、絨毯の上に飛び降りた。
「窓から入ったりしてごめんなさい。ぼく、ステファン・ペリエリです。大叔父様にどうしても聞かなくちゃならないことがあって来ました」
早口で言いながら水晶を首から外し、オーリから託された辞書の紐を解こうとしたステファンは、ふと多くの視線に気付いて手を止めた。広間で見た美女たちは居なかったが、壁の一面が大きな水槽になっており、群青色の水妖が何体か、漂いながらこちらを見ている。さらに天井の隅には、翼を折りたたんだハーピーがくつくつと喉を鳴らして様子を伺っている。その不気味な視線に、ぞわぁと全身が総毛立つのを覚えた。
「控えよ」
さっと右手を挙げて白髪の男が命ずると、水妖もハーピーもどこかへ姿を消した。
この人物はきっと強い力を持つ魔法使いなのだろう、とステファンは思った。
オスカーのことを知っているようだし大叔父イーゴリとも懇意のようだが、何者だろう。ここで手紙のことなど訊いて良いものだろうか。
大きな暖炉の前でゆったりと揺れる革張りの椅子、その上で絹に包まれた茶色い物体がモゴモゴと口を開けた。
「訊くがよい、全て答えよう。この男も力を貸してくれようぞ。ただ待て、もうじき客人が揃うはずじゃ」
客人とは、オーリたちのことだろうか。白髪の魔法使いはイーゴリにうなずいてみせると、自分は肘掛け椅子に深く座り、ステファンにも椅子を勧めた。
ステファンは居心地悪い思いで腰を下ろし、目の前の人物を改めて見て、不思議な思いに囚われた。
――誰かに似ている。
襟の高い黒い服……そういえば、さっきの少年も同じような服を着ていた。
あの時は庭が暗くて少年の目の色までは判らなかったが、この人物と似通った雰囲気があった。
もしかしてあの子のおじいさんだろうか。
「なるほど、お前の目には子供の姿が見えたか」
ステファンの心を読んだように呟いて、銀色の目がいたずらっぽく光った。
「“杖なんて本当は必要ないかもしれないよ。要は、自分が何をしたいかってことさ”」
あ、とステファンは息を呑んだ。さっき聞いた少年の声だ。けれど発声したのは、確かに目の前にいる白髪の人物だ。わははは、と大きな声が響く。
「お前と庭で話したのは、私の“童心”だ。いや、なかなか面白かったぞ」
「童心? あなたが子供に変身してたってことですか?」
「いいや違う。私はここから一歩も動いてはいない。心の一部だけを飛ばしてみせたのだ。お前は見事にそれを受け止めて姿を見、会話さえした。たいしたものだ」
「心の一部だけを飛ばす? そんなこと……」
ステファンはさっきの少年とのやりとりを思い出した。
「嘘だ。だってあの子、ぼくの腕をつかんだんです。確かに人間の手の感覚だった。それにガーゴイルのところまで飛ばした時だって、すごい力だったし」
「なるほど、触感までイメージできたとは、鋭いな。なのにお前は、自分の力で飛んだ自覚が無いのか?」
「自分の力って……ええっ?」
そんな自覚は、もちろん無い。目まいがしそうだ。
「ふむ、二ヶ月にもなるのに初歩の魔法も教えていないのか。銀髪のヒヨッコめ、相変わらず呑気な奴だ」
ヒヨッコ、というのはオーリを指すのか。ステファンはむっとして言い返した。
「ぼくがまだ魔法を教わってないのは、その、いろいろあったからです。オーリ先生は立派な魔法使いです」
「ほう?」
銀色の目が面白そうに覗き込む。からかわれているような気がして、ステファンはむきになった。
「だいたいおじさん、誰? ぼくのことやお父さんのこと知ってるくせに、自分は名乗らないなんて、ずるいよ。それに先生のことヒヨッコなんて、失礼だ。
オーリ先生は尊敬できる人だから、ぼくは弟子になったんです」
「ほほう」
「それにお父さんの、オスカー・ペリエリの親友だもの。それに、ええと……そう、ソロフっていう偉大な魔法使いの弟子でもあるし」
白髪の男は吹き出した。
「ソロフを偉大というか。お前は会った事があるのか?」
「いいえ。でも、ええと、ええと」
顔を赤くして、ステファンは懸命に言葉を継いだ。
「オーリ先生を見ていれば、わかります。落ち込んでいる時だってソロフって師匠のことを話すと、すごく元気になるんだ。先生みたいな立派な人を育てたんだから、きっと偉大な魔法使いに決まってる!」
「カーッカカカカ」
今度は茶色い物体が妙な笑い声を立てた。
「よう言うた、オスカーの息子よ。さあ、時は来たり。客人を迎えようぞ」
言い終わらないうちに、ドアをせわしなく叩く音が聞こえた。
「遅いぞ、オーレグ」
肘掛け椅子で頬杖をついたまま、白髪の男が声を掛けた。
勢いよくドアが開き、挨拶もそこそこに飛び込んで来た者が居る。
「失礼、わたしの弟子が……ステファン! どうやって?」
慌てて立ち上がったステファンが事情を説明しようとする間もなく、オーリの手に思い切り引き寄せられてしまった。上着のボタンが鼻に当たって痛い。
「悪かった、窓のトラップのこと、わたしは知らなかったんだ。慌てて庭を探したら靴が落ちているし、ガーゴイルは居なくなっているし、何があったかと……」
階段を駆け上がってきたのか、心臓がおそろしく速く鳴っている。手にはステファンの落とした靴がしっかりと握られたままだ。
「トラップは去年のパーティに出ておれば判ったはずだ。ガーゴイルもしかり。つまり、事前に確認しておかないお前のミスだな。にも関わらず、この坊主はちゃんと自力でここまで来た。お前のようなヒヨッコには勿体無い弟子だぞ、オーレグ」
白髪の男の言葉にオーリは居ずまいを正し、最敬礼した。
「ありがとうございます、ソロフ先生」
「ソロフって……ええ? じゃあ、この人が?」
慌てて振り向き、恐縮して頭を下げるステファンを見て、ソロフと大叔父イーゴリが再び大笑いする。
遅れて到着したユーリアン夫妻は、部屋の中でなぜ魔法使いたちが笑っているのかわからず、しばらく戸惑うことになった。
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いい子だわ♪向きになってオーリのことを褒める当たり♪オーリに変わってぎゅっとしてあげたい!!
それに、そう、大叔父様がソロフ師匠!?
なるほど~!
あの少年が師匠の「童心」とはびっくりでしたけど♪ほんと、ある意味友達になれそうですね♪
心配したオーリも可愛いし(笑
さて、続き行きます~!!
大叔父様=イーゴリ(茶色い物体)、
ソロフ=「童心を飛ばした」と言ってる白髪の男ね。別の人間です。
このあたりの会話、ごっちゃに入り乱れてるから誤解を招いたのね、すみません。もういっぺん推敲して分かりやすくしなくちゃ(汗)
てか、わたしの文章がわかりにくかったの。直しましたから、ええ。
でも自分で書いておいてなんだけど、「茶色い物体」って表現もなあ~。バッチイもの連想してしまいそう(笑)大叔父様、ごめんね。