1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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「実家に行ったのか。戦闘開始というわけだ。やるじゃないか、ミレイユ母さん」
オーリもまた手鏡を覗き込んで、ニヤッと笑った。
「戦闘って?」
「前に言ったろう、ステフ。誰だって辛い事を抱えている、けど自分で解決するしかないって。君のお母さんは八歳の時の記憶に立ち向かいにいったんだよ」
ステファンは手鏡を見つめた。館の中から出てきたのは、母が一番恐れる、ステファンの一番嫌いな伯母だ。久しぶりに訪ねてきた妹を抱きしめもせず、相変わらず意地悪な目つきで見下ろしている。けれどミレイユは臆することなく細い顎を上げて真っ直ぐに階段を昇り、館の中に消えていった。
「お母さん、大丈夫かなあ」
心配そうなステファンの肩をオーリがポン、と叩いた。
「あの様子なら心配ないよ。ステフ、優しいのはいいけど、君はそろそろお母さんから離れなくちゃ」
「え、今離れてるでしょう?」
「住む場所のことじゃないよ」
オーリは笑ったが、ステファンは首を傾げるばかりだ。
お茶のお代わりを、とトーニャが立ち上がりかけたが、ユーリアンはそれを止めて自分でポットを持ってきた。
「オスカーが辞書を使った目的は、おそらくオーリの言うとおりだろう。辞書に書き込めるのは一人一項目に限られている。オスカーは何にも優先して“魔法”に関するミレイユさんの悲しい記憶を消したかったわけだ。けどわからないのはこの手紙だ。文面からすると、自分が帰れなくなることを予測しているようじゃないか」
慣れた手付きでお茶を淹れるユーリアンに、オーリはうなずいた。
「正直、この手紙を受け取った時は焦ったよ。オスカーの身に何があったのかと。あちこちに協力を求めて探索魔法も……ガーゴイルの足に付いていた粘土も調べてもらったよな?」
「百遍も調べたよ。でもオスカーにはつながらない。お手上げだ」
「あのう……」
ステファンが顔を上げた。
「警察に探してもらうとか、しないんですか?」
大人たちは互いに顔を見合わせ、笑いをこらえるような、悲しいような表情をした。
「ああ、一般の人なら当然そうすべきだろうな。でもできない理由がふたつある。
まずミレイユさんが望まない。意地になってるのかもしれないな。
そしてもうひとつ、オスカーの手掛かりを探すとなると、どうしても“魔法”がらみになる。ほら、この辞書も。でも“魔法”も“魔法使い”も表向きは存在しないことになってるんだから、そんなややこしいことには警察もタッチしたくないだろうね」
「我々の探索魔法のほうがが早い、とはっきり言っていいんじゃない? オーリ」
トーニャが手鏡を爪で弾いた。ミレイユの映像は消え、変わりにゆらゆらと青白い光が踊り始める。
「さあ、じゃ時間を追って整理してみましょうか。オーリ、オスカーが辞書を借りに来たのは二年前の聖花火祭の夜、そうね?」
「ああ、間違いない」
「で、ステファン。オスカーが家を出たのは?」
ステファンは無言でうつむいた。思い出したくない。けど、思い出さなければいけない。
「翌日だよ、十一月の六日。ぼくの九歳の誕生日だったから、忘れようがないもん」
部屋の中が、また微妙な空気になってしまった。ステファンは慌てて顔を上げた。
「あ、でもお父さんはちゃんと誕生パーティをやってくれたよ。プレゼントもくれたんだ。大きな靴! 大きすぎてすぐには履けないって、お母さんが文句言って、それから……」
それから。きっと夜遅くに一人、オスカーは出かけたのだ。愛用のトランクも持たず、家族にも何も言わず。翌日ミレイユは、玄関扉が開いたことすらわからなかったとこぼしていた。
「それから……」
「ステフ、もういい」
オーリの手が肩に置かれた。あたたかい。ステファンはふと泣きそうになったが、息を吸い込むと、腹に力を込め、奥歯をかみしめた。もう泣き虫はいやだ。“かわいそう”なんて思われたくないし、だいいち保管庫の中でさんざん大泣きしたことは、オーリに――もしかしたらトーニャにも――知られている。両親のことを思い出すたびにメソメソ泣く情けない奴だとは思われたくない。
「まあ、なんだ、ステファン。考えようによっちゃ、オスカーは二年分まとめてプレゼントをくれたようなものさ。ミレイユさんはもう余計な不安に悩まされなくなったし、君はオーリに弟子入りできたんだから」
かなり苦しいフォローだ。けれどユーリアンの言葉は嬉しかった。
「それで、手紙が届いたのが十二月ね。それ以降一切連絡は取れていない」
トーニャの声はあくまで冷静だ。オーリは息をついて、ああ、とだけ答えた。
「さて、どこかに糸口はあるかしら」
紅い爪がひらひらと踊る。鏡の光がいっそう明るくなると、トーニャは首にかけていた水晶のペンダントを掲げた。光は一本の筋となり、ペンダントの水晶に吸い込まれていく。
「ハイ、じゃあこれ。今まで集めた情報が全部入ってるから」
トーニャはペンダントを外し、オーリに手渡した。
「なんだよ、分析してくれないのか? それをあてにして来たのに」
「甘えるのもいいかげんにしなさい。それに今のわたしじゃこれが限界。お腹のベビーの魔力が干渉して、難しい魔法は使えないの」
「え、お腹の中、って。生まれる前から魔力があるんですか?」
「当たり前よ。小さい子ほど魔力が強いの。それに子供は親とつながってるけど、人格は別。だから魔力のタイプが違うと、ぶつかって大変なのよ」
不満そうにペンダントを見るオーリを赤い爪が指差した。
「ここから先は、私よりも適役が居るでしょう、辞書の前の持ち主が。逃げずに頼んでごらんなさい」
オーリは観念したようにため息をついた。
「どうしても会わなきゃいけないか――大叔父様に」
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
オーリもまた手鏡を覗き込んで、ニヤッと笑った。
「戦闘って?」
「前に言ったろう、ステフ。誰だって辛い事を抱えている、けど自分で解決するしかないって。君のお母さんは八歳の時の記憶に立ち向かいにいったんだよ」
ステファンは手鏡を見つめた。館の中から出てきたのは、母が一番恐れる、ステファンの一番嫌いな伯母だ。久しぶりに訪ねてきた妹を抱きしめもせず、相変わらず意地悪な目つきで見下ろしている。けれどミレイユは臆することなく細い顎を上げて真っ直ぐに階段を昇り、館の中に消えていった。
「お母さん、大丈夫かなあ」
心配そうなステファンの肩をオーリがポン、と叩いた。
「あの様子なら心配ないよ。ステフ、優しいのはいいけど、君はそろそろお母さんから離れなくちゃ」
「え、今離れてるでしょう?」
「住む場所のことじゃないよ」
オーリは笑ったが、ステファンは首を傾げるばかりだ。
お茶のお代わりを、とトーニャが立ち上がりかけたが、ユーリアンはそれを止めて自分でポットを持ってきた。
「オスカーが辞書を使った目的は、おそらくオーリの言うとおりだろう。辞書に書き込めるのは一人一項目に限られている。オスカーは何にも優先して“魔法”に関するミレイユさんの悲しい記憶を消したかったわけだ。けどわからないのはこの手紙だ。文面からすると、自分が帰れなくなることを予測しているようじゃないか」
慣れた手付きでお茶を淹れるユーリアンに、オーリはうなずいた。
「正直、この手紙を受け取った時は焦ったよ。オスカーの身に何があったのかと。あちこちに協力を求めて探索魔法も……ガーゴイルの足に付いていた粘土も調べてもらったよな?」
「百遍も調べたよ。でもオスカーにはつながらない。お手上げだ」
「あのう……」
ステファンが顔を上げた。
「警察に探してもらうとか、しないんですか?」
大人たちは互いに顔を見合わせ、笑いをこらえるような、悲しいような表情をした。
「ああ、一般の人なら当然そうすべきだろうな。でもできない理由がふたつある。
まずミレイユさんが望まない。意地になってるのかもしれないな。
そしてもうひとつ、オスカーの手掛かりを探すとなると、どうしても“魔法”がらみになる。ほら、この辞書も。でも“魔法”も“魔法使い”も表向きは存在しないことになってるんだから、そんなややこしいことには警察もタッチしたくないだろうね」
「我々の探索魔法のほうがが早い、とはっきり言っていいんじゃない? オーリ」
トーニャが手鏡を爪で弾いた。ミレイユの映像は消え、変わりにゆらゆらと青白い光が踊り始める。
「さあ、じゃ時間を追って整理してみましょうか。オーリ、オスカーが辞書を借りに来たのは二年前の聖花火祭の夜、そうね?」
「ああ、間違いない」
「で、ステファン。オスカーが家を出たのは?」
ステファンは無言でうつむいた。思い出したくない。けど、思い出さなければいけない。
「翌日だよ、十一月の六日。ぼくの九歳の誕生日だったから、忘れようがないもん」
部屋の中が、また微妙な空気になってしまった。ステファンは慌てて顔を上げた。
「あ、でもお父さんはちゃんと誕生パーティをやってくれたよ。プレゼントもくれたんだ。大きな靴! 大きすぎてすぐには履けないって、お母さんが文句言って、それから……」
それから。きっと夜遅くに一人、オスカーは出かけたのだ。愛用のトランクも持たず、家族にも何も言わず。翌日ミレイユは、玄関扉が開いたことすらわからなかったとこぼしていた。
「それから……」
「ステフ、もういい」
オーリの手が肩に置かれた。あたたかい。ステファンはふと泣きそうになったが、息を吸い込むと、腹に力を込め、奥歯をかみしめた。もう泣き虫はいやだ。“かわいそう”なんて思われたくないし、だいいち保管庫の中でさんざん大泣きしたことは、オーリに――もしかしたらトーニャにも――知られている。両親のことを思い出すたびにメソメソ泣く情けない奴だとは思われたくない。
「まあ、なんだ、ステファン。考えようによっちゃ、オスカーは二年分まとめてプレゼントをくれたようなものさ。ミレイユさんはもう余計な不安に悩まされなくなったし、君はオーリに弟子入りできたんだから」
かなり苦しいフォローだ。けれどユーリアンの言葉は嬉しかった。
「それで、手紙が届いたのが十二月ね。それ以降一切連絡は取れていない」
トーニャの声はあくまで冷静だ。オーリは息をついて、ああ、とだけ答えた。
「さて、どこかに糸口はあるかしら」
紅い爪がひらひらと踊る。鏡の光がいっそう明るくなると、トーニャは首にかけていた水晶のペンダントを掲げた。光は一本の筋となり、ペンダントの水晶に吸い込まれていく。
「ハイ、じゃあこれ。今まで集めた情報が全部入ってるから」
トーニャはペンダントを外し、オーリに手渡した。
「なんだよ、分析してくれないのか? それをあてにして来たのに」
「甘えるのもいいかげんにしなさい。それに今のわたしじゃこれが限界。お腹のベビーの魔力が干渉して、難しい魔法は使えないの」
「え、お腹の中、って。生まれる前から魔力があるんですか?」
「当たり前よ。小さい子ほど魔力が強いの。それに子供は親とつながってるけど、人格は別。だから魔力のタイプが違うと、ぶつかって大変なのよ」
不満そうにペンダントを見るオーリを赤い爪が指差した。
「ここから先は、私よりも適役が居るでしょう、辞書の前の持ち主が。逃げずに頼んでごらんなさい」
オーリは観念したようにため息をついた。
「どうしても会わなきゃいけないか――大叔父様に」
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
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Comment
こちらも対決!?
オーリも対決なんですね!苦手な親戚…身内だけになんだか~ですよね!辞書の持ち主…。
どんな人だろう~!
お母さんから離れる。
う~ん。すぐには無理ですよね~。オーリってば。いいじゃないですか、お母さんに優しい男の子は好きです。
そうですよ、オーリだってまだエレインと、ねえ、ちゃんとしてないし~(笑)
どんな人だろう~!
お母さんから離れる。
う~ん。すぐには無理ですよね~。オーリってば。いいじゃないですか、お母さんに優しい男の子は好きです。
そうですよ、オーリだってまだエレインと、ねえ、ちゃんとしてないし~(笑)
そっかそっか。
お腹のベビーの魔力が干渉して…って、
このくだり、なんだかホントに妊娠中に漠然と感じてた、あの感覚をおもいだしたなぁ。
小さい子ほど魔力が強い。
うんうん。
決してうちの子どもたちは、魔法の力は持ってないだろうけど(笑)それに近いものはありますよね~。
トーニャのセリフは、説得力あります。
でも、オーリやステフには、この感覚分かるかな???(笑)
オーリの苦手な大叔父さまって、どんな人??
このくだり、なんだかホントに妊娠中に漠然と感じてた、あの感覚をおもいだしたなぁ。
小さい子ほど魔力が強い。
うんうん。
決してうちの子どもたちは、魔法の力は持ってないだろうけど(笑)それに近いものはありますよね~。
トーニャのセリフは、説得力あります。
でも、オーリやステフには、この感覚分かるかな???(笑)
オーリの苦手な大叔父さまって、どんな人??