1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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部屋の中がしんとしてしまった。聞こえるのは、陽射しの中で遊ぶアーニャの無邪気な声ばかりだ。
沈黙を破って、ステファンがおずおずと訊ねた。
「ぼくのお母さんて……不幸なの?」
「あ、いや。オスカーがそう言っただけで、実際にそうだとは……」
「不幸って何? ぼくがこんな力を持っちゃったってこと?」
ステファンはオーリの袖を引っ張って真剣な顔を向けた。
「ばかな」
オーリは驚きながらたしなめるように首を振った。
「君のことじゃないよ。そんな心配をするなら、この話はやめよう。こら、離しなさい」
だがステファンは鳶色の目を真っ直ぐオーリに向けて食い下がった。
「言いかけた話を途中で止めるのは男らしくないってお父さん言ってたよ。
それにぼくのお母さんのことなんだから、ちゃんと知りたい!
手紙のことだって変だよ。封筒は? 一緒に焼けたんじゃないんだね?
消印がどうの、って前に言ってたけど、なぜ一度も見せてくれないの?」
たたみかけるように質問を浴びせるステファンの顔を、オーリはまじまじと見ていたが、やがて顔をしかめて銀髪をかきむしった。
「ああもう、そんなオスカーみたいな目をするな! わかったよ、順を追って話すから! まったく君ら親子ときたら……」
「確かにオスカーとそっくりだ。いい弟子を持ったな、オーリ」
茶々を入れるユーリアンをひと睨みして、オーリは目の前の冷めたお茶を一気に飲み干した。
「いいかステフ、まず謝っておこう。封筒なんて最初から無い。だから消印の話もでたらめだ。あの手紙は、オスカーがこっそり飼ってたガーゴイルが運んで来たんだよ」
「ええ?」
すっ頓狂なステファンの声に、ユーリアンが身を乗り出した。
「じゃ、差出人の住所の話は?」
「それは本当にわからないんだ。少なくとも自宅近くからじゃない。オスカーと連絡を取れなくなって何週間も経って届いたし、ガーゴイルの足にあの近辺にはない泥が付いてたからね。だけど“使い魔” だの “ガーゴイル” だの、一般人に言って通じるかい? 納得させようと思ったら、ああいう言い方をするしかなかったんだ」
それはそうだろう、とステファンも思った。特に、ミレイユが相手では。
「先生、その手紙を運んだガーゴイルって、 今も居る?」
「居るには居るけど、もうなにも教えてはくれないよ。手紙を置いた途端にこと切れたんでね。ほら、うちの庭でウロウロしてるやつ」
庭でウロウロ――“男爵”のことだ。ステファンは姿が消えたり見えたりするガーゴイルを思い出してぞっとした。まさか、幽霊だったとは……
「それからお母さんのことだが。む……」
オーリは言いよどんだが、相変わらずのステファンの目に急かされるように言葉を継いだ。
「ステフ、亡くなった六人の伯父さんたちのことを聞いたことがあるかな」
「ええと確か、戦争とか、病気とかで次々に死んじゃったって」
「そう。だが一人だけ、屋根からの墜落事故で亡くなった人が居る。ウルリクという人だ」
オーリは窓の外に目を向け、苦い表情をした。
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沈黙を破って、ステファンがおずおずと訊ねた。
「ぼくのお母さんて……不幸なの?」
「あ、いや。オスカーがそう言っただけで、実際にそうだとは……」
「不幸って何? ぼくがこんな力を持っちゃったってこと?」
ステファンはオーリの袖を引っ張って真剣な顔を向けた。
「ばかな」
オーリは驚きながらたしなめるように首を振った。
「君のことじゃないよ。そんな心配をするなら、この話はやめよう。こら、離しなさい」
だがステファンは鳶色の目を真っ直ぐオーリに向けて食い下がった。
「言いかけた話を途中で止めるのは男らしくないってお父さん言ってたよ。
それにぼくのお母さんのことなんだから、ちゃんと知りたい!
手紙のことだって変だよ。封筒は? 一緒に焼けたんじゃないんだね?
消印がどうの、って前に言ってたけど、なぜ一度も見せてくれないの?」
たたみかけるように質問を浴びせるステファンの顔を、オーリはまじまじと見ていたが、やがて顔をしかめて銀髪をかきむしった。
「ああもう、そんなオスカーみたいな目をするな! わかったよ、順を追って話すから! まったく君ら親子ときたら……」
「確かにオスカーとそっくりだ。いい弟子を持ったな、オーリ」
茶々を入れるユーリアンをひと睨みして、オーリは目の前の冷めたお茶を一気に飲み干した。
「いいかステフ、まず謝っておこう。封筒なんて最初から無い。だから消印の話もでたらめだ。あの手紙は、オスカーがこっそり飼ってたガーゴイルが運んで来たんだよ」
「ええ?」
すっ頓狂なステファンの声に、ユーリアンが身を乗り出した。
「じゃ、差出人の住所の話は?」
「それは本当にわからないんだ。少なくとも自宅近くからじゃない。オスカーと連絡を取れなくなって何週間も経って届いたし、ガーゴイルの足にあの近辺にはない泥が付いてたからね。だけど“使い魔” だの “ガーゴイル” だの、一般人に言って通じるかい? 納得させようと思ったら、ああいう言い方をするしかなかったんだ」
それはそうだろう、とステファンも思った。特に、ミレイユが相手では。
「先生、その手紙を運んだガーゴイルって、 今も居る?」
「居るには居るけど、もうなにも教えてはくれないよ。手紙を置いた途端にこと切れたんでね。ほら、うちの庭でウロウロしてるやつ」
庭でウロウロ――“男爵”のことだ。ステファンは姿が消えたり見えたりするガーゴイルを思い出してぞっとした。まさか、幽霊だったとは……
「それからお母さんのことだが。む……」
オーリは言いよどんだが、相変わらずのステファンの目に急かされるように言葉を継いだ。
「ステフ、亡くなった六人の伯父さんたちのことを聞いたことがあるかな」
「ええと確か、戦争とか、病気とかで次々に死んじゃったって」
「そう。だが一人だけ、屋根からの墜落事故で亡くなった人が居る。ウルリクという人だ」
オーリは窓の外に目を向け、苦い表情をした。
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