1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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小さな駅で降りると、乗り継ぎの列車を待つ人が数人いるばかり。
荷物のカートを押す少年が、最後尾の貨物車に向かっている。
煤けたレンガの壁と白い窓枠が可愛らしい駅舎では、大荷物をひっくり返した客が出口を塞いで駅員ともめていた。改札もない駅だし帰りを急ぐこともない。三人はじゃれあうように騒ぎながらのんびり待っていた。
その時だった。
「おいっ、竜人! 何をしている」
突然野太い声が背後から聞こえ、三人は凍りついた。
オーリはエレインを背でかばうように立って振り向いた。上着に手を掛け、いつでも懐から杖を取り出せるようにしている。
「お前が乗るのは貨物車だ、なぜ客車に乗ろうとする!」
声の主が怒鳴りつけているのは、さっき荷物を運んでいた黒髪の少年だった。
鼻から頭頂部にかけての骨格が平べったく、爬虫類を思わせる顔立ちだ。エレインとは違う種族のようだが、ひと目で人間でないことはわかった。
「僕は、荷物ではありませんから」
まだ十四、五であろう少年は、言葉少なく、しかしはっきりと答えた。
随分痩せている。上着越しでもわかる骨ばった肩が痛々しい。
くたびれた従僕の服は短く、袖から出た腕には幾すじもの傷跡が見える。
「ほう、荷物でないなら家畜か。丁度いい、鶏のカゴが積み込まれているそうだぞ。その隙間に乗るがいい」
傲慢な口調で見下ろす男は、口ひげを歪めて笑った。でっぷりと太った腹の上で、チョッキの金鎖が揺れる。少年は澄んだ金色の目を向けて冷ややかに返した。
「旦那様の犬は、客車でよろしいのですか?」
男の手に提げたバスケットが揺れた。ふわふわの白い毛と共に鼻を鳴らすような声が聞こえている。
「おお、エメリット、よしよし……当たり前だ、犬は家族だが竜人は家畜扱いと昔から決まっておろう。さっさと貨車に乗れ、汽車が出ちまうだろうが!」
エレインが靴の片方を脱いで手に持った。何をしようとしているのか察したステファンは、慌てて腕を押さえた。
「こらえろ、エレイン」
ほとんど口を開けずオーリが低い声で言った。
「何をこらえろって?」
エレインはオーリを押しのけようとして、何かに阻まれたように動きを止めた。
背中を向けたままのオーリから青い火花が散っている。目に見えない壁がエレインを取り囲んでいるのがステファンにも感じとれた。
「あの男は魔法使いだ。竜人の存在を公然と口に出しているところを見ると、役人か軍関係の奴だな……恥知らずめ」
髭の男を睨むオーリの奥歯がギリッと鳴った。
「僕は竜人です。荷物でも、家畜でもありません」
少年の毅然とした声が駅舎に響いた。が、次の瞬間、少年は壁に叩きつけられた。
「つまり、それ以下ということだ!」
男は黒い杖を少年向けて吼えた。
「おぞましい竜人め、 誰に生かされていると思っている! 誰が魔力を与えているんだ、ええ? お前らは竜ですらない化け物だろうが。仲間と共に剥製にされるところを拾ってやった恩を忘れたか!」
エレインが声にならない叫びをあげた。顔がみるみる蒼白になる。
頭を振って立ち上がろうとした少年は、何かに引っ張られたかのようにバランスを崩した。
その時になって初めてステファンは、少年の足が鎖を引きずっているのに気が付いた。おそらくは普通の人には見えない、魔力で作られた鎖だ。
背筋が寒くなった。周りで見ている人間は誰一人、少年を助けるどころか同情の目すら向けていない。
「竜人だってさ」
「おお、汚らわしい。さっさと管理区に行けばいいのに」
周りからさざ波のように声が聞こえる。エレインをこの場に居させてはいけない、そう思ったステファンは腕を引っ張った。
「わかったら、さっさと貨車に乗れ。生きる道も死ぬ道も、お前には選べん。契約に縛られている限りはな」
髭をひねり、薄笑いを浮かべた男を金色の瞳が睨んだ。少年の口元が動こうとする。
「――いけない!」
オーリがつぶやいた刹那、駅舎の天井に眩い光が走った。と共に髭男のすぐ脇で電燈が割れ、電線が一部切れて火花を散らしながら蛇のようにのたくった。
「お客さん、困りますよ! こんなところで魔法を使うなんて」
駅員らしき人が飛び出してきた。
「な、なにを、ヒイッ、ちがう、わしは、アチッ」
だがその手に杖が握られているのを見て、誰もが非難がましい声を浴びせた。髭男は電線の蛇から逃がれようとぶざまに飛び跳ねている。
いつの間にか出口を塞いでいた荷物がどかされ、ポカンとした客が事の成り行きを見ていた。
「行こう」
オーリは上着に杖をしまい、蒼白なエレインの肩を抱いて駅舎を出た。
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
荷物のカートを押す少年が、最後尾の貨物車に向かっている。
煤けたレンガの壁と白い窓枠が可愛らしい駅舎では、大荷物をひっくり返した客が出口を塞いで駅員ともめていた。改札もない駅だし帰りを急ぐこともない。三人はじゃれあうように騒ぎながらのんびり待っていた。
その時だった。
「おいっ、竜人! 何をしている」
突然野太い声が背後から聞こえ、三人は凍りついた。
オーリはエレインを背でかばうように立って振り向いた。上着に手を掛け、いつでも懐から杖を取り出せるようにしている。
「お前が乗るのは貨物車だ、なぜ客車に乗ろうとする!」
声の主が怒鳴りつけているのは、さっき荷物を運んでいた黒髪の少年だった。
鼻から頭頂部にかけての骨格が平べったく、爬虫類を思わせる顔立ちだ。エレインとは違う種族のようだが、ひと目で人間でないことはわかった。
「僕は、荷物ではありませんから」
まだ十四、五であろう少年は、言葉少なく、しかしはっきりと答えた。
随分痩せている。上着越しでもわかる骨ばった肩が痛々しい。
くたびれた従僕の服は短く、袖から出た腕には幾すじもの傷跡が見える。
「ほう、荷物でないなら家畜か。丁度いい、鶏のカゴが積み込まれているそうだぞ。その隙間に乗るがいい」
傲慢な口調で見下ろす男は、口ひげを歪めて笑った。でっぷりと太った腹の上で、チョッキの金鎖が揺れる。少年は澄んだ金色の目を向けて冷ややかに返した。
「旦那様の犬は、客車でよろしいのですか?」
男の手に提げたバスケットが揺れた。ふわふわの白い毛と共に鼻を鳴らすような声が聞こえている。
「おお、エメリット、よしよし……当たり前だ、犬は家族だが竜人は家畜扱いと昔から決まっておろう。さっさと貨車に乗れ、汽車が出ちまうだろうが!」
エレインが靴の片方を脱いで手に持った。何をしようとしているのか察したステファンは、慌てて腕を押さえた。
「こらえろ、エレイン」
ほとんど口を開けずオーリが低い声で言った。
「何をこらえろって?」
エレインはオーリを押しのけようとして、何かに阻まれたように動きを止めた。
背中を向けたままのオーリから青い火花が散っている。目に見えない壁がエレインを取り囲んでいるのがステファンにも感じとれた。
「あの男は魔法使いだ。竜人の存在を公然と口に出しているところを見ると、役人か軍関係の奴だな……恥知らずめ」
髭の男を睨むオーリの奥歯がギリッと鳴った。
「僕は竜人です。荷物でも、家畜でもありません」
少年の毅然とした声が駅舎に響いた。が、次の瞬間、少年は壁に叩きつけられた。
「つまり、それ以下ということだ!」
男は黒い杖を少年向けて吼えた。
「おぞましい竜人め、 誰に生かされていると思っている! 誰が魔力を与えているんだ、ええ? お前らは竜ですらない化け物だろうが。仲間と共に剥製にされるところを拾ってやった恩を忘れたか!」
エレインが声にならない叫びをあげた。顔がみるみる蒼白になる。
頭を振って立ち上がろうとした少年は、何かに引っ張られたかのようにバランスを崩した。
その時になって初めてステファンは、少年の足が鎖を引きずっているのに気が付いた。おそらくは普通の人には見えない、魔力で作られた鎖だ。
背筋が寒くなった。周りで見ている人間は誰一人、少年を助けるどころか同情の目すら向けていない。
「竜人だってさ」
「おお、汚らわしい。さっさと管理区に行けばいいのに」
周りからさざ波のように声が聞こえる。エレインをこの場に居させてはいけない、そう思ったステファンは腕を引っ張った。
「わかったら、さっさと貨車に乗れ。生きる道も死ぬ道も、お前には選べん。契約に縛られている限りはな」
髭をひねり、薄笑いを浮かべた男を金色の瞳が睨んだ。少年の口元が動こうとする。
「――いけない!」
オーリがつぶやいた刹那、駅舎の天井に眩い光が走った。と共に髭男のすぐ脇で電燈が割れ、電線が一部切れて火花を散らしながら蛇のようにのたくった。
「お客さん、困りますよ! こんなところで魔法を使うなんて」
駅員らしき人が飛び出してきた。
「な、なにを、ヒイッ、ちがう、わしは、アチッ」
だがその手に杖が握られているのを見て、誰もが非難がましい声を浴びせた。髭男は電線の蛇から逃がれようとぶざまに飛び跳ねている。
いつの間にか出口を塞いでいた荷物がどかされ、ポカンとした客が事の成り行きを見ていた。
「行こう」
オーリは上着に杖をしまい、蒼白なエレインの肩を抱いて駅舎を出た。
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Comment
く~く~!!
腹立つ!!ああ~もうっ!
オーリみたいな素敵な魔法使いもいれば…こんな奴もいる…。
悔しい~(基本、子供の味方ですから!)エレイン、荒れそうだな~。どきどき。
でもリアルです~。松果さん、さすがです!らんららも、もう少し怖い人とか危険な人とか。書けたらいいのに…。
でもって、そのキャラに竜人の男の子を助けに行かせるわけです。電線の蛇くらいじゃすましませんよ、うん。
オーリみたいな素敵な魔法使いもいれば…こんな奴もいる…。
悔しい~(基本、子供の味方ですから!)エレイン、荒れそうだな~。どきどき。
でもリアルです~。松果さん、さすがです!らんららも、もう少し怖い人とか危険な人とか。書けたらいいのに…。
でもって、そのキャラに竜人の男の子を助けに行かせるわけです。電線の蛇くらいじゃすましませんよ、うん。
らんららさんへ
鋭い!
そう、魔法使いにもいろいろ居るだろうなーと思って、憎たらしいおっさんを出しました。
リアル?ありがとう、悪役登場させると楽しくて(こら)
オーリの対応は、甘いですね。魔女ならもっと容赦しないオシオキをしたでしょうに、ね。
エレインは・・・荒れますよ~もちろん(-_-メ)
そらもう強烈に。ムフフ
そう、魔法使いにもいろいろ居るだろうなーと思って、憎たらしいおっさんを出しました。
リアル?ありがとう、悪役登場させると楽しくて(こら)
オーリの対応は、甘いですね。魔女ならもっと容赦しないオシオキをしたでしょうに、ね。
エレインは・・・荒れますよ~もちろん(-_-メ)
そらもう強烈に。ムフフ