1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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一緒に庭を振り返ったトーニャが、突然顔をひきつらせて叫んだ。
「アーニャ! だめ!」
庭先では、小さいアーニャがロバの縫いぐるみにまたがってフワフワと飛んでいる。まるで風船のようにたよりなく、それは屋根の高さに届こうとしている。
ユーリアンは庭に飛び出し、豹のように高くジャンプして縫いぐるみごとアーニャを捕まえた。
「こーら、オテンバめ。ロバさんを飛ばしていいのはお家の中だけだって言ったろう」
「や! や! もっととぶの!」
アーニャはそっくり反って暴れ、縮れっ毛の頭から帽子を振り落とした。
「ああごめん、あたしがちょっと目を離した隙にあんなに高く……でも魔女なんだから飛ぶのは普通でしょ? いけないの?」
「街ではいけないのよ。電線もあるし、先月なんか隣の男の子にパチンコ玉で狙い撃ちされたんだから」
小さな娘をユーリアンから受け取って抱きしめるトーニャは、微かに震えている。
「アーニャ、パパはね、今にオーリおじちゃまみたいに田舎に家を構えるよ。そしたら好きなだけ飛んでいいから、それまではちょっとガマンだ。ごめんな」
ユーリアンは膝を屈めて、自分に似た縮れっ毛の頭をなでた。けれどアーニャは口をとがらせていやいやをするばかりだ。
せっかく飛ぶ力を持っているのに……ステファンはアーニャの中のはちきれそうな思いが見える気がした。
帽子を拾って小さな頭に乗せてやると、アーニャはきょとんとして黒ブドウのような目を向ける。つまんないよね、とステファンは心の中でつぶやいた。するとアーニャはそれが聞こえたかのようにぱあっと表情を明るくし、トーニャの腕をすり抜けて、ステファンの手を引っ張った。
「アーニャ、おにいたんとあとぶ……」
ステファンは思わず笑った。
「うああ変わり身の早いやつめ。パパと、じゃなくて“おにいたん”とかよ。よし、じゃ一緒に遊ぼう」
四人が庭でボールを転がし始めたのを見て、トーニャはホッと息をつき、庭の見える位置に腰掛けた。
「あの様子じゃ、パーティの日のシッターを雇うのも一苦労だわ」
「まったくだ。おかげでこっちはユーリアンのおせっかいから逃げられたけど」
オーリはトーニャのすぐ隣に立って苦笑いをした。
「魔女もいろいろ大変だな。人の心は平気で操作できるくせに」
「あら、なんのことかしら」
トーニャは元の落ち着いた顔に戻って、しらっとして答えた。
「まあ、お陰でふんぎりがついたけどね、策士だな。さっきの手鏡だってタイミングが良すぎるよ。事前にミレイユの行動を調べていたとしか思えない」
「ふふ、どうだか。オーリこそ、人づてに聞いた話にしてはミレイユの記憶を随分細かく覚えてたのね。まるで自分が直接見てきたみたいに」
ぐ、と言葉に詰まって、オーリは眉を寄せた。
「お察しの通り、オスカーに頼まれて直接、記憶を読み取ったんだよ。仕方がないだろう、オスカーにはそこまでの力は無かったんだから。親友の頼みでなけりゃ、あんな愚痴と悔恨だらけの記憶を読むなんて二度とゴメンだね。ステフがよく歪まずに育ったもんだ」
「子供はもともと、真っ直ぐに育とうとする力をもっているのよ。あとは関わる人しだい。自分もそうだったでしょ」
トーニャは自分の隣に立つ背の高い従弟を見上げた。
「家族を失って泣いてばかりだった痩せっぽちの子が、今やガルバイヤン画伯、だものね。二十年前に誰が今のオーリを想像できて?」
「“画伯”ってのは嫌味か?」
オーリは横目でトーニャを睨んだが、すぐに表情を和ませた。
「ああ、トーニャの両親にも、ソロフ師匠にも感謝しているよ。親代わりに守ってくれたし、鍛えてもくれた。おかげでオスカーやユーリアンのような親友にも出会えたんだ。だけど僕がステフに同じものを与えられるかどうかは――甚だ自信ない。正直、弟子なんて一生要らない、と思ってたからな」
「よく言うわ。うぬぼれ屋のくせに」
「うぬぼれてるって? 僕が?」
「そうよ。保管庫の件も、辞書の件にしてもそう。魔法使い以外の人間が高度な魔法を使えるなんて思ってもみなかったでしょ。ステファンやオスカーの魔力を甘く見てたせいで、騒動を起こしたんだって自覚してる?」
容赦ない従姉の言葉にオーリは反論しようと振り返った。
「そうは言っても……いや、たしかに……あ、そうかもな。そういえばアガーシャが脱走した時も……」
次第に小声になり、叱られた子供のようにしゅんとしてしまった。
「まあそれが悪いとは言わないわ。魔法使いは自信過剰くらいがちょうどいいのよ。少なくともステファンの前では堂々としてなさい“オーリ先生”」
バシッと背中を叩かれて、オーリは目をしばたたき、改めてトーニャを見た。
「かなわないな、トーニャ姉さん。魔女ってのはどうしてこうたくましいんだろ」
オーリは庭に出て、エレインに帰る時間が来たことを告げた。リンゴの葉陰で向かい合うオーリの銀髪とエレインの赤毛が綺麗なコントラストを描きながら風に揺れる。
「“姉さん”か。実の弟なら、お尻を蹴飛ばしてやるわよ。もっとしっかりしろって」
トーニャはつぶやくと、まだ遊びたそうなアーニャの手を引いて部屋に戻った。
↑読んでいただいてありがとうございます。応援していただけると励みになります。
「アーニャ! だめ!」
庭先では、小さいアーニャがロバの縫いぐるみにまたがってフワフワと飛んでいる。まるで風船のようにたよりなく、それは屋根の高さに届こうとしている。
ユーリアンは庭に飛び出し、豹のように高くジャンプして縫いぐるみごとアーニャを捕まえた。
「こーら、オテンバめ。ロバさんを飛ばしていいのはお家の中だけだって言ったろう」
「や! や! もっととぶの!」
アーニャはそっくり反って暴れ、縮れっ毛の頭から帽子を振り落とした。
「ああごめん、あたしがちょっと目を離した隙にあんなに高く……でも魔女なんだから飛ぶのは普通でしょ? いけないの?」
「街ではいけないのよ。電線もあるし、先月なんか隣の男の子にパチンコ玉で狙い撃ちされたんだから」
小さな娘をユーリアンから受け取って抱きしめるトーニャは、微かに震えている。
「アーニャ、パパはね、今にオーリおじちゃまみたいに田舎に家を構えるよ。そしたら好きなだけ飛んでいいから、それまではちょっとガマンだ。ごめんな」
ユーリアンは膝を屈めて、自分に似た縮れっ毛の頭をなでた。けれどアーニャは口をとがらせていやいやをするばかりだ。
せっかく飛ぶ力を持っているのに……ステファンはアーニャの中のはちきれそうな思いが見える気がした。
帽子を拾って小さな頭に乗せてやると、アーニャはきょとんとして黒ブドウのような目を向ける。つまんないよね、とステファンは心の中でつぶやいた。するとアーニャはそれが聞こえたかのようにぱあっと表情を明るくし、トーニャの腕をすり抜けて、ステファンの手を引っ張った。
「アーニャ、おにいたんとあとぶ……」
ステファンは思わず笑った。
「うああ変わり身の早いやつめ。パパと、じゃなくて“おにいたん”とかよ。よし、じゃ一緒に遊ぼう」
四人が庭でボールを転がし始めたのを見て、トーニャはホッと息をつき、庭の見える位置に腰掛けた。
「あの様子じゃ、パーティの日のシッターを雇うのも一苦労だわ」
「まったくだ。おかげでこっちはユーリアンのおせっかいから逃げられたけど」
オーリはトーニャのすぐ隣に立って苦笑いをした。
「魔女もいろいろ大変だな。人の心は平気で操作できるくせに」
「あら、なんのことかしら」
トーニャは元の落ち着いた顔に戻って、しらっとして答えた。
「まあ、お陰でふんぎりがついたけどね、策士だな。さっきの手鏡だってタイミングが良すぎるよ。事前にミレイユの行動を調べていたとしか思えない」
「ふふ、どうだか。オーリこそ、人づてに聞いた話にしてはミレイユの記憶を随分細かく覚えてたのね。まるで自分が直接見てきたみたいに」
ぐ、と言葉に詰まって、オーリは眉を寄せた。
「お察しの通り、オスカーに頼まれて直接、記憶を読み取ったんだよ。仕方がないだろう、オスカーにはそこまでの力は無かったんだから。親友の頼みでなけりゃ、あんな愚痴と悔恨だらけの記憶を読むなんて二度とゴメンだね。ステフがよく歪まずに育ったもんだ」
「子供はもともと、真っ直ぐに育とうとする力をもっているのよ。あとは関わる人しだい。自分もそうだったでしょ」
トーニャは自分の隣に立つ背の高い従弟を見上げた。
「家族を失って泣いてばかりだった痩せっぽちの子が、今やガルバイヤン画伯、だものね。二十年前に誰が今のオーリを想像できて?」
「“画伯”ってのは嫌味か?」
オーリは横目でトーニャを睨んだが、すぐに表情を和ませた。
「ああ、トーニャの両親にも、ソロフ師匠にも感謝しているよ。親代わりに守ってくれたし、鍛えてもくれた。おかげでオスカーやユーリアンのような親友にも出会えたんだ。だけど僕がステフに同じものを与えられるかどうかは――甚だ自信ない。正直、弟子なんて一生要らない、と思ってたからな」
「よく言うわ。うぬぼれ屋のくせに」
「うぬぼれてるって? 僕が?」
「そうよ。保管庫の件も、辞書の件にしてもそう。魔法使い以外の人間が高度な魔法を使えるなんて思ってもみなかったでしょ。ステファンやオスカーの魔力を甘く見てたせいで、騒動を起こしたんだって自覚してる?」
容赦ない従姉の言葉にオーリは反論しようと振り返った。
「そうは言っても……いや、たしかに……あ、そうかもな。そういえばアガーシャが脱走した時も……」
次第に小声になり、叱られた子供のようにしゅんとしてしまった。
「まあそれが悪いとは言わないわ。魔法使いは自信過剰くらいがちょうどいいのよ。少なくともステファンの前では堂々としてなさい“オーリ先生”」
バシッと背中を叩かれて、オーリは目をしばたたき、改めてトーニャを見た。
「かなわないな、トーニャ姉さん。魔女ってのはどうしてこうたくましいんだろ」
オーリは庭に出て、エレインに帰る時間が来たことを告げた。リンゴの葉陰で向かい合うオーリの銀髪とエレインの赤毛が綺麗なコントラストを描きながら風に揺れる。
「“姉さん”か。実の弟なら、お尻を蹴飛ばしてやるわよ。もっとしっかりしろって」
トーニャはつぶやくと、まだ遊びたそうなアーニャの手を引いて部屋に戻った。
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さて~、オーリの生い立ちにちょこっと触れたところで、ここまでの主な登場人物の整理を兼ねて年齢の一覧を書いてみましょうか。
ステファン 10歳
父 オスカー 37歳
母 ミレイユ 32歳
オーリ 25歳
エレイン ???
マーシャ 58歳
ユーリアン 27歳
トーニャ 28歳
アーニャ 2歳と8ヶ月
アトラス ???
あらまあ、オーリとオスカーって、一回りも年齢差があったんですね。
だけど「親友」なんです。
ユーリアンがオーリを「お前」と呼び、トーニャがお姉さん口調でオーリを叱ってるのは、
この一覧で納得してもらえるでしょうか。
で、エレインはというと・・・・・・舎弟(?)のアトラスともども、まったく不明。
多分、人間と竜人では年を取るスピードや年齢の数え方が違うでしょうしね。
大酒飲んでケロッとしてるんだから、子供ってわけじゃないだろうけど……
稚気溢れる言動の端はしから想像してもらうしかないです。
さて~、オーリの生い立ちにちょこっと触れたところで、ここまでの主な登場人物の整理を兼ねて年齢の一覧を書いてみましょうか。
ステファン 10歳
父 オスカー 37歳
母 ミレイユ 32歳
オーリ 25歳
エレイン ???
マーシャ 58歳
ユーリアン 27歳
トーニャ 28歳
アーニャ 2歳と8ヶ月
アトラス ???
あらまあ、オーリとオスカーって、一回りも年齢差があったんですね。
だけど「親友」なんです。
ユーリアンがオーリを「お前」と呼び、トーニャがお姉さん口調でオーリを叱ってるのは、
この一覧で納得してもらえるでしょうか。
で、エレインはというと・・・・・・舎弟(?)のアトラスともども、まったく不明。
多分、人間と竜人では年を取るスピードや年齢の数え方が違うでしょうしね。
大酒飲んでケロッとしてるんだから、子供ってわけじゃないだろうけど……
稚気溢れる言動の端はしから想像してもらうしかないです。
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Comment
オーリが身近に♪
トーニャやユーリアンに囲まれるとオーリ師匠も可愛らしい~♪
魔法が使えるからと言って万能じゃない。
人なんだからいろいろとあるわけですよね~♪なんだか、オーリが可愛く見えてきた~!!オーリとオスカーが一回り以上違うってことは、二人が出会ったときはきっと今のオーリとステフみたいな感じだったのかもしれない~。にやにや…(←?)
魔法が使えるからと言って万能じゃない。
人なんだからいろいろとあるわけですよね~♪なんだか、オーリが可愛く見えてきた~!!オーリとオスカーが一回り以上違うってことは、二人が出会ったときはきっと今のオーリとステフみたいな感じだったのかもしれない~。にやにや…(←?)
らんららさんへ
でしょでしょ~♪
トーニャ姉ちゃんの前ではオーリもつい「僕」口調がポロッと出て可愛いくなってしまう。ユーリアンなんて完全におちょくってますもん。
魔法使いも魔女も人間、普通に社会生活してたらいろいろあるはず…ってとこを書いてみました。
オーリとオスカーが出会った時?さぁ~どうでしょう(笑)
トーニャ姉ちゃんの前ではオーリもつい「僕」口調がポロッと出て可愛いくなってしまう。ユーリアンなんて完全におちょくってますもん。
魔法使いも魔女も人間、普通に社会生活してたらいろいろあるはず…ってとこを書いてみました。
オーリとオスカーが出会った時?さぁ~どうでしょう(笑)