1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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ややあって、遠慮がちに部屋に入ってきたのは、小がらで茶色い髪の男の子だった。
「ステファン、ご挨拶なさい」
母親に促されて、少年は上目遣いに、
「こ、こんにちは……ステファンといいます」
とほとんど聞き取れないくらいの声で名乗った。
「もっと大きな声で、はきはきと。いつも言っているでしょう? まったく十歳にもなって……こちらはお父様のお友達、画家で……魔法使い……の、オーリローリ・ガルバイヤンさん」
ややこしい名前よりも「魔法使い」と発音するほうが難かしい事でもあるかのように、ミレイユは紹介した。
「やあステファン、目元がお父さんにそっくりだね」
ミレイユがピク、と眉を吊り上げたが、オーリは無視してつかつかと少年に近づくと、次の瞬間には力強く右手を握っていた。まるで旧知の友人同士のように握手されて、少年は鳶色の目をまん丸くした。
「君は、目が凄く良いんだって?」
「え……ええと」
言われた言葉の意味がわからず、戸惑いながら、ステファンは目の前の背の高い紳士を見上げた。
オーリローリ・ガルバイヤンの名なら、父から何度も聞いていた。魔法使いにして画家であり、古魔法道具の蒐集家。あんな面白い男は居ないよ、と父はよく語っていた。
でも魔法使いというからには、もっと神秘的で威厳が有り、絵本で見るような長い髭の年寄りなのでは、と勝手に想像していた。まさかこんなに若いとは思わなかった。
確かに、東洋人みたいな顔つきは不思議な雰囲気だし、背中まである長い髪は魔法使いらしいといえばらしいが、それにしても会った途端に、なんと親しげな人か。なにより、この目は? 澄んだ水面を思わせるような目が、まるで子供のように無防備に、まっすぐステファンを見ている。
「火花、スパーク……羽根」
ステファンは無意識につぶやいた。
「失礼ですよ、ステファン!」
母の声にびくっとして我に返った少年は、
「ご、ごめんなさいっ」
と首をすくめて後ずさった。
「素晴らしい!」
オーリは顔を輝かせた。
「わたしの魔法の基本はスパーク、まさに火花なんだ。それに毎日羽根ペンたちに急かされて仕事をしている。よく見えたね!」
「お茶を入れなおしますわ。ステファン、お座りなさい」
不機嫌そうなミレイユのことは無視して、オーリは矢継ぎ早に質問してきた。
いつから「見える」ようになった? どんな風に? 相手が生き物の時は? 他にも「変なこと」は起こっている?
「あ、あのう……」
さっきから、今にもティーポットを取り落とすのではないかと思うくらいイライラしている様子の母を気にしながら、ステファンは遠慮がちに言った。
「母は、こういう非科学的な話が嫌いで……」
「非科学的? とんでもない!」
オーリの語気が強まった。
「こういうことが、心霊現象だの、何かオカルティックな現象だと誤解している人間が何て多いんだろう! きっと科学の方が追いついていないだけですよ。
いずれ誰にも納得できるように、ちゃんと解明される時代が来るでしょう。その為に魔法使いと、魔法に依らない人間の協力が必要だというのに!」
オーリは明らかに、ステファンにではなく母親に熱弁をふるっている。
「お茶をどうぞ、オーリ先生」
ミレイユは新しいお茶を置いたが、「先生」という呼称に精一杯の嫌味を込めているのがわかる。ステファンは身の縮む思いがした。
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「ステファン、ご挨拶なさい」
母親に促されて、少年は上目遣いに、
「こ、こんにちは……ステファンといいます」
とほとんど聞き取れないくらいの声で名乗った。
「もっと大きな声で、はきはきと。いつも言っているでしょう? まったく十歳にもなって……こちらはお父様のお友達、画家で……魔法使い……の、オーリローリ・ガルバイヤンさん」
ややこしい名前よりも「魔法使い」と発音するほうが難かしい事でもあるかのように、ミレイユは紹介した。
「やあステファン、目元がお父さんにそっくりだね」
ミレイユがピク、と眉を吊り上げたが、オーリは無視してつかつかと少年に近づくと、次の瞬間には力強く右手を握っていた。まるで旧知の友人同士のように握手されて、少年は鳶色の目をまん丸くした。
「君は、目が凄く良いんだって?」
「え……ええと」
言われた言葉の意味がわからず、戸惑いながら、ステファンは目の前の背の高い紳士を見上げた。
オーリローリ・ガルバイヤンの名なら、父から何度も聞いていた。魔法使いにして画家であり、古魔法道具の蒐集家。あんな面白い男は居ないよ、と父はよく語っていた。
でも魔法使いというからには、もっと神秘的で威厳が有り、絵本で見るような長い髭の年寄りなのでは、と勝手に想像していた。まさかこんなに若いとは思わなかった。
確かに、東洋人みたいな顔つきは不思議な雰囲気だし、背中まである長い髪は魔法使いらしいといえばらしいが、それにしても会った途端に、なんと親しげな人か。なにより、この目は? 澄んだ水面を思わせるような目が、まるで子供のように無防備に、まっすぐステファンを見ている。
「火花、スパーク……羽根」
ステファンは無意識につぶやいた。
「失礼ですよ、ステファン!」
母の声にびくっとして我に返った少年は、
「ご、ごめんなさいっ」
と首をすくめて後ずさった。
「素晴らしい!」
オーリは顔を輝かせた。
「わたしの魔法の基本はスパーク、まさに火花なんだ。それに毎日羽根ペンたちに急かされて仕事をしている。よく見えたね!」
「お茶を入れなおしますわ。ステファン、お座りなさい」
不機嫌そうなミレイユのことは無視して、オーリは矢継ぎ早に質問してきた。
いつから「見える」ようになった? どんな風に? 相手が生き物の時は? 他にも「変なこと」は起こっている?
「あ、あのう……」
さっきから、今にもティーポットを取り落とすのではないかと思うくらいイライラしている様子の母を気にしながら、ステファンは遠慮がちに言った。
「母は、こういう非科学的な話が嫌いで……」
「非科学的? とんでもない!」
オーリの語気が強まった。
「こういうことが、心霊現象だの、何かオカルティックな現象だと誤解している人間が何て多いんだろう! きっと科学の方が追いついていないだけですよ。
いずれ誰にも納得できるように、ちゃんと解明される時代が来るでしょう。その為に魔法使いと、魔法に依らない人間の協力が必要だというのに!」
オーリは明らかに、ステファンにではなく母親に熱弁をふるっている。
「お茶をどうぞ、オーリ先生」
ミレイユは新しいお茶を置いたが、「先生」という呼称に精一杯の嫌味を込めているのがわかる。ステファンは身の縮む思いがした。
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