1950年代の欧州風架空世界を舞台にしたファンタジー小説です。
ちょいレトロ風味の魔法譚。
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「実は、息子の教育のことですの。そのう、息子にはいろんな物が‘見えて’しまうというか、妙な癖がございまして」
「というと?」
「有り得ない事ですけど! パイの中身当てから始まって、コートの毛皮になった動物がどんな顔だったとか、まだ読んでもない本が怖いとか、気味の悪いことばかり言いますのよ。そんなことは言っちゃいけません、と何度叱っても、答えはいつも同じ……」
「‘だって見えてしまうんだもの’」
オーリはまるで自分の事のようにさらりと言葉を継いだ。
「え? ええ、その通りですわ」
ミレイユは怪訝そうな顔をしたが、構わずオーリは話を促した。
「いつからです?」
「さあ……いつからでしたかしら。最初は空想遊びかと思っていたもので――ほら、子供はよく空想と現実をごちゃまぜにしますでしょ? だからさほど気にもしていなかったんです。それが」
ミレイユは言葉を区切ると、ゴクリとお茶を飲んで続けた。
「ある日、取引先のお客様が古い剣を持っていらしたんです。なんでも由緒有るお屋敷のものとかで、オスカーの骨董好きを知って、まあご自慢にいらしたんですわね。ところがまだ包装も解かないうちに、ステファンがじっと見て言うのです、‘外は年寄り、中は他所の子’って。実際、オスカーが見てみると剣と鞘は別の時代のものでした――というより、真っ赤な偽物だったのですわ」
「ハッハハハハハ」
オーリは手に持ったお茶を揺らして、さも愉快そうに笑った。
「笑い事じゃありませんのよ! お客様は恥じ入るやら、気味悪がるやらで、もうどんなに困ったことか」
「で、そういうことが頻繁に?」
「ええ、学校でも気味悪がられて、試験の時など別室に移される程ですの。そのう、カンニングが簡単にできてしまうので」
「是非お会いしたいですね、その才能あるご子息に」
含み笑いをしながら、オーリはカップを置いた。
「さ、才能ですって?」
「ええ、芸術の才、弁舌の才などよりもっと稀有な才能です」
ミレイユは疑わしげな眼を向けた。
「何だか知りませんけど。ステファンには、もっとしっかりした子で居てもらいませんと。もっと賢くて、もっと常識的な……そのためには、こんな田舎ではなくて、ちゃんとした処で教育を受けさせることが大事ですわ、そう思いません?」
「オスカーには、ご相談なさらなかったのですか?」
「相談もなにも、ろくに家にいませんものね、あの人は! やはり育ちが違うといいますか――いえ、今でこそこういう田舎暮らしですけどね、もともとあたくしの父方は名家の親戚筋ですのよ。世が世なら……」
「お察ししますよ、ペリエリ夫人」
オーリは相づちを打ったかに見えるが、明らかにこの話題を中断させたがっている。
「あたくし、この姓が嫌いですの!」
カチャン、と音を立ててティーカップを皿に置いたミレイユは、咳払いをすると、眼鏡をハンカチで拭き始めた。
「いずれ息子にはあたくしの旧姓‘リーズ’を名乗らせるつもりです。ほら、折角‘ステファン’という響きの良い名に‘ペリエリ’ではあまりにも、ねぇ」
ミレイユは細い眉を寄せて、拭きあげた眼鏡を透かし見ながら一人でしゃべり続けた。
「ご存知のように、あたくし達は今、裁判で争っている最中でしょう? ああ、離婚はもう決定してますの。あとは財産の分割と、息子の親権のことで。そういう環境が、あの子をおかしくしてしまったのかもしれませんわ……ああ可愛そうなステファン!」
ハンカチで目を押さえたミレイユの様子には目を向けず、さっきからオーリは客間のドアを注視している。
「大丈夫、おかしくなんてないですよ。なんならわたしも‘当てっこ’をしてみましょうか?」
オーリはいたずらっっぽい笑みを浮かべて呼びかけた。
「ステファン、そんな所で困ってないで、入っておいで!」
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「というと?」
「有り得ない事ですけど! パイの中身当てから始まって、コートの毛皮になった動物がどんな顔だったとか、まだ読んでもない本が怖いとか、気味の悪いことばかり言いますのよ。そんなことは言っちゃいけません、と何度叱っても、答えはいつも同じ……」
「‘だって見えてしまうんだもの’」
オーリはまるで自分の事のようにさらりと言葉を継いだ。
「え? ええ、その通りですわ」
ミレイユは怪訝そうな顔をしたが、構わずオーリは話を促した。
「いつからです?」
「さあ……いつからでしたかしら。最初は空想遊びかと思っていたもので――ほら、子供はよく空想と現実をごちゃまぜにしますでしょ? だからさほど気にもしていなかったんです。それが」
ミレイユは言葉を区切ると、ゴクリとお茶を飲んで続けた。
「ある日、取引先のお客様が古い剣を持っていらしたんです。なんでも由緒有るお屋敷のものとかで、オスカーの骨董好きを知って、まあご自慢にいらしたんですわね。ところがまだ包装も解かないうちに、ステファンがじっと見て言うのです、‘外は年寄り、中は他所の子’って。実際、オスカーが見てみると剣と鞘は別の時代のものでした――というより、真っ赤な偽物だったのですわ」
「ハッハハハハハ」
オーリは手に持ったお茶を揺らして、さも愉快そうに笑った。
「笑い事じゃありませんのよ! お客様は恥じ入るやら、気味悪がるやらで、もうどんなに困ったことか」
「で、そういうことが頻繁に?」
「ええ、学校でも気味悪がられて、試験の時など別室に移される程ですの。そのう、カンニングが簡単にできてしまうので」
「是非お会いしたいですね、その才能あるご子息に」
含み笑いをしながら、オーリはカップを置いた。
「さ、才能ですって?」
「ええ、芸術の才、弁舌の才などよりもっと稀有な才能です」
ミレイユは疑わしげな眼を向けた。
「何だか知りませんけど。ステファンには、もっとしっかりした子で居てもらいませんと。もっと賢くて、もっと常識的な……そのためには、こんな田舎ではなくて、ちゃんとした処で教育を受けさせることが大事ですわ、そう思いません?」
「オスカーには、ご相談なさらなかったのですか?」
「相談もなにも、ろくに家にいませんものね、あの人は! やはり育ちが違うといいますか――いえ、今でこそこういう田舎暮らしですけどね、もともとあたくしの父方は名家の親戚筋ですのよ。世が世なら……」
「お察ししますよ、ペリエリ夫人」
オーリは相づちを打ったかに見えるが、明らかにこの話題を中断させたがっている。
「あたくし、この姓が嫌いですの!」
カチャン、と音を立ててティーカップを皿に置いたミレイユは、咳払いをすると、眼鏡をハンカチで拭き始めた。
「いずれ息子にはあたくしの旧姓‘リーズ’を名乗らせるつもりです。ほら、折角‘ステファン’という響きの良い名に‘ペリエリ’ではあまりにも、ねぇ」
ミレイユは細い眉を寄せて、拭きあげた眼鏡を透かし見ながら一人でしゃべり続けた。
「ご存知のように、あたくし達は今、裁判で争っている最中でしょう? ああ、離婚はもう決定してますの。あとは財産の分割と、息子の親権のことで。そういう環境が、あの子をおかしくしてしまったのかもしれませんわ……ああ可愛そうなステファン!」
ハンカチで目を押さえたミレイユの様子には目を向けず、さっきからオーリは客間のドアを注視している。
「大丈夫、おかしくなんてないですよ。なんならわたしも‘当てっこ’をしてみましょうか?」
オーリはいたずらっっぽい笑みを浮かべて呼びかけた。
「ステファン、そんな所で困ってないで、入っておいで!」
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ステファン君の母、こわいミレイユかーさんにはモデルが居ます。
わたしが子供の頃見た友人の母上。
さすがに「あたくし」口調ではなかったけど、「世が世ならお姫様」が口癖の、
キョーレツな印象の人でした。
当時はただこわい人、と思ってたけど、今なら少し、彼女の気持ちもわかります。
ステレオタイプの俗物みたいな描きかたしちゃってごめんなさい。
ミレイユさんも大変なんだよー。極端だけど決して悪い人じゃないんです。
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